第19話 初めての邂逅
あわわわわわわわ……!
突然、蒼梧が屈み出して白百合の手の甲に口づけとかし出したらどうしよう!
とか勝手な妄想でヤキモキしていたが、そんなことが起こることもなく。
「あの、お兄様申し訳ありません。お迎えの車にお父様もいらして、せっかくだから3人で食事をして帰ろうとおっしゃっていたので……」
お兄様をお迎えに来たのです、と白百合がそう事情を説明してくれた。
あ、なるほどね!
白百合の説明に、なぜ白百合がわざわざ、高学年の5年生の教室までやってきたのかの合点がいった。
「そうか。それで白百合が迎えに来てくれたんだね。ありがとう」
それじゃあお父様を待たせるわけにはいかないね、と白百合に言って、既にほとんど帰り支度が終わっていた俺は、カバンを持って席を立った。
「じゃあ、蒼梧。良いお年を」
「ああ。お前もな」
俺がそう言うと、
「みんなも、今年一年お世話になりました。良いお年を」
教室を出る間際に、クラスにいたみんなにもそう言って手を振ると「きゃぁ……!」と黄色い歓声の後に「蓮様も! 良いお年をお迎えくださいませ!」「来年もよろしくお願いいたします!」と次々に挨拶をされて、結局教室を出るのに思ったよりも時間を要してしまった。
「お待たせ白百合。さ、行こうか」
そう言って、俺から白百合に手を差し伸べると、白百合はほっとした表情を見せて差し出した手を握り返してきた。
そうだよな。
普通に考えて、1年生がひとりで5年生の教室まで来るのは、結構な勇気がいっただろうに。
怖かったけど、父を待たせても悪いと思って勇気を振り絞って来てくれたんだろうな、と思うと少し申し訳ない気持ちになった。
そんな風に俺が、白百合のことを
えっ……!?
あれ……!?
もしかして、今のでフラグ立っちゃった……!?
恋が芽生えちゃったりしたの!?
原作よりも相当早い段階で、なにかが産まれた瞬間に立ち会ってしまった!?
とドキドキなのだかヒヤヒヤなのだかよくわからない謎のソワソワ感に襲われている俺に向かって、白百合が言葉を続けてくる。
「1年生のクラスでも有名ですから。あの方とお兄様のことは」
学苑の女子で、ふたりに憧れない子はいないと。
東条派、西園寺派なんて言う言葉もあるんですよ、と。
白百合が微笑しながら、しかし特になんの感慨もなさそうにそう言った。
「……その。白百合もやっぱり、蒼梧を見てかっこいいなとか思う?」
なんとなく、探りを入れるわけではなかったが、どうなんだろうと気になって訪ねてみる。
すると、
「私にとって、お兄様よりもかっこいい男性なんていませんから」
と。
そう、はにかんで答えられた。
……いや。
そう言われて、嬉しくない兄がいると思います?
いないでしょうよ!?
まあ、白百合の中で、本来原作だったら今の時点で悪い立ち位置に立たされていたであろう自分を救ってくれた補正、というのもかかっているかもしれない。
ある種の刷り込みみたいなものかもしれないし。
しかしなあ……。
蒼梧か。
今のところは特に、お互いに何も感じていなさそうな気はするけど、この先ふたりが結ばれるような展開がやっぱり起こってくるのだろうか?
原作はさておき、ここまで一緒に暮らしてきて妹に愛着を抱いてしまっている兄としては、原作がどうだろうがヒーローだろうが、妹には幸せな相手と結婚してほしいと思うわけで。
――まあ、しばらくは様子見かな。
藪を突いて蛇を出すのもよろしくない。
しばらくは静観が正解だな、と思いながら。
白百合と共に、父の待つ車へと向かったのだった。
◇
それから、冬休みに入り。
クリスマスには、使用人たちを労うためにクッキーを焼いて配って歩いた。
中には、「蓮様のクッキー……!? 一生大事にします! 家宝に!」と言う者もいたが、いやいや、食べてください。腐っちゃいますから、と言いながら渡して歩いた。
それにしても、この時代ですでにクリスマスという風習があることにもびっくりもした。
父に聞くと、ここ数十年で時節物として取り入れるところが増えたらしい。
我が家にも、使用人が飾り付けてくれたクリスマスツリーが室内に飾ってあるし。
まあ、そんなことができるのは一部の富裕層だけではあるみたいだけれど。
そんなこんなであっという間に正月を迎え。
晴れ着を着せてもらった白百合と菊華もまた、大層可愛かった。
……兄馬鹿と言われても仕方あるまい。
可愛いものは可愛いのだ!
家族で新年の挨拶をした後、父はお上――いわゆる天皇陛下への新年の挨拶のためにと早々に出かけていった。
「もう少し大きくなったら、いつかお前も同行させてやろう」と言われたが、正直面倒くさい……。
元来、どちらかというとのんびりしたい性分な俺は、正月は家で寝正月していたい派なのだ。
そんなことを思いながらも正月も開け、また通常通りに日々に戻っていくのかなと思っていたところで。
――事件は起こったのだった。
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