第18話 西園寺家の姉と妹

 そうして俺が菊華の部屋を出て、父たちの元へ戻ろうとすると。


「……白百合」

 

 そこには、暗い廊下でじっと俺を待つ白百合がいた。


「どうしたの。……もしかして、待ってた?」

 

 心配して近づいてみると、こちらはこちらで、またどこか暗い表情を浮かべていたので。


「お兄様……」

「ん?」


 白百合が、一度口に出そうとし、でも躊躇ちゅうちょして――。

 最終的に決意を決めたのか、俺に向かって「私、菊華ちゃんに、余計なことを言ってしまったんでしょうか……」と言い出した。


 …………そうか。


 どうやら白百合は、自分が菊華に真実を教えてしまったことで、菊華を泣かせてしまったのだと落ち込んでいたらしい。

 自分も今にも泣き出しそうなのをぐっとこらえながら、不安に揺れる瞳を俺に向けてくる。


「……白百合が、そう思ってしまうのもわかるし、そうやって自分の行動が誰かを傷つけたかもと振り返ることができるのはとてもいいことだと思う。でも今回のことに限っては、白百合だけのせいじゃないよ」


 白百合がそれを口にする前に、今言うべきか否か、躊躇してしまったのは俺だ。

 そして、白百合が口にするのを止められなかったのも。


 まあそれに、それを言うなら父もそうなんだけど。


「兄様も父様も同罪だ。だから、白百合だけが悪いわけじゃないよ」


 それに、いつかは知らなきゃいけないことだったしね、と白百合に向かって笑って見せる。


「……菊華ちゃん、大丈夫でしょうか」

「うん。疲れて寝ちゃったみたい。起こしちゃ可哀想だから、静かに母屋に戻ろう」

「……はい」


 そう言って、白百合に向かって手を差し出す。

 白百合はそれをおずおずと掴むと、ふたりでならんで母屋に向かって歩き出した。


 ――まだ何か、思い悩んでいるような顔してるなあ……。


 これがきっかけで、ふたりの仲が険悪にならなければいいんだけど……。




 ◇



 しかし、そんな心配をよそに、翌日からはまた菊華はいつもどおりの元気な様子を見せた。


 ……まあ、言ってもまだ6歳だし、子供だもんな。

 変に引きずってこじらせてしまったらどうしようと心配していたけど、子供の切り替えの速さに、感心しつつもほっとした。


 それはそれとして。

 俺にはもう一つ、懸念案件が生まれていた。

 あの時、泣きじゃくる菊華の部屋に向かう途中、びゃくが俺に教えてくれたこと。


 ――継母の悪行に関してだ。


 何と言うか、あの原作、本当の悪は継母だったんじゃないかという画策ぶりだよ。

 子供を見ると親がわかるとはよく言ったもので、まあ確かにあの母親を見て育ったら悪役令嬢にはなるよなあと言った性格の悪さだ。


 お父様、なんであの人をうちにいれたんですか……? とつくづく思う。


 確かに、美人ではあるけどね……。


 ところで、その継母はというと。

 最近では例の女中に向かって「本当に毒を入れているの? これだけ入れ続けているのにあんなにピンピンしているなんておかしくない?」とねちねち探りを入れてくるらしい。

 それに対して「そんなにご心配ならご自分で味見でもして試してみられますか?」と本物の薬をちらつかせたら、継母も黙ったらしいが。


 あっちはあっちで、そろそろ納めどきかなあ。



 ◇



 ――そうして、季節は冬になり。


 白百合は、初等部1年の中でも、学年トップ3に入るほどの成績を収めていた。


 いやあ、そっかそっか!

 原作での白百合はちゃんと学ばせてもらえる環境にいなかったから、実際のところどうなるだろうと少し心配に思っていたけど。

 環境が整えばやっぱりヒロイン、優秀なんだなあ。


 白百合から成績のことを教えてもらった俺は、そのことについて白百合を褒めちぎると「お兄様の妹として、恥ずかしい成績は残せませんから……」とはにかんで言われた。


 くうっ……。

 いじらしいなあほんと……。


 でもって、そう言う俺はと言うと、今回も学年1位は蒼梧に持って行かれてしまったので、残念ながら学年2位だ。


「さすがだね」


 と素直に感嘆の意を伝えると、

 

「……初等部の異能序列1位に言われたくない」

 

 と「ふん」と返された。


「これでお前に学力テストの学年1位まで持っていかれたら俺の立つ背がないだろう」


 と。


 四大華族筆頭の東條家としてのプライドなんだそうな。

 大変だね……。

 まあ、俺も人のこと言えないけどさ。


 そんなこんなで、蒼梧とも特に何も問題なくつるみながら学園生活を送ってきたわけだが。


 ――当然のことながら、1年の授業時間と5年の授業時間は全く違う。

 

 1年生の授業はだいたい長くても5限までしかない。

 それに対して5年生の授業はほとんど毎日6限までだ。

 それ故に、俺は朝は白百合とほぼ毎日一緒に登校していたが(それも送迎の車に乗せてもらってだ)帰りは白百合と一緒になることはあまりなかったのだが。


 この日はちょうど、年末の冬休みに入る前の最後の登校日で、授業もなく終業式を終えて帰ろうとしたところに、白百合が俺を迎えに教室までやってきた。


「お兄様」

「白百合」


 突然の美少女の登場に、周囲がざわりとざわめく。


「なんだ、お前の妹か」

「あ、ああ」


 ――まずい。

 

 これまで、なんやかやとこのふたりを鉢合わせないようにしてきたのに、まさかここでエンカウントさせてしまうとは!


 運命の出会いとかいって、突然恋とか芽生えたりしないよなあ……!?

 いや、言ってもまだ、白百合は小学校一年生だぞ!?

 でも、低学年がかっこいい高学年の先輩に憧れるとかあるし……!?

 と、俺が瞬間的に思考を巡らせている横で。


「はじめまして。西園寺白百合と申します。お兄様がいつもお世話になっております」


 白百合が蒼梧に向かって、家で教えられた行儀作法通りの丁寧なお辞儀をする。


「……東条蒼梧だ。こちらこそ、君の兄上にはいつもお世話になっている」


 そう言って蒼梧の方も、白百合に向かって華族らしい丁重な礼を返した。

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