第16話 とある女生徒のつぶやき

 ――私たちの学苑には現在、二大巨頭と影でひそやかに囁かれているふたりがいる。


 おふたりとも、四大華族の一角を担う、華族の中でも下位の私たちからすると、殿上人のようなふたりだ。

 

 東条蒼梧様と、西園寺蓮様。


 東条様は四大華族の筆頭家のご嫡男。

 西園寺様は幼くして【天授の力】を顕現させ、守護獣まで召喚させたお方だ。


 この学苑にいて、あのふたりを知らないものなどいないと言っても過言ではない。


 また、おふたりとも揃って非常に見目麗しいこともあり、ご本人たちの知らないところで『ふあんくらぶ』なるものが発足されていた。

 おひとりだけでもお美しいのに、ふたりならぶとより一層、まるで一幅の絵のような神々しさを放っており、その光景が耽美派の女生徒たちの心を強く掴んでいるのだ。


 そうして私はあろうことか、初等部5年生のクラスになった時、その二大巨頭と同じクラスになるという現実に遭遇することになる。


 あの時、クラスの発表板を見た女生徒たちの中で、あまりの衝撃にバタバタと卒倒する者が多数いたと噂に聞いた。


 初等部は2年ごとにクラス替えが行われるため、ここから中等部までは2年間同じクラスだ。


「どれだけでもお金を出すからクラスを代わってほしい」


 と懇願されることもあったが、そんなことを言われても、クラスを譲れる権限など私にはない。


 初等部4年の時からどことなく仲の良さを伺わせていたおふたりだったが、5年になり同じクラスになるとそのご様子が顕著に見られるようになった。

 ふたり同時に紫雲亭からお声がけがかかったこともあるのだと思う。


 いち観賞者からの意見を言わせてもらえば、どことなく人を寄せ付け難い印象を持つ東条様が【冬】だとすれば、どこか優しげで親しみやすい印象を持つ西園寺様が【春】だ。


 凍てついた冬のような東条様が、暖かく安らかな春に照らされて、ふと緩む表情をみることができるのは、確かに同じクラスであるが故の眼福だとは思った。


「あっ……」

「ちょっと! ぼけっと突っ立っていないでくださる?」


 ふと教室でおふたりに目を奪われていた私に、おそらくは悪気はないのであろうと思われるクラスメイトの女生徒がたまたまぶつかってきたところで、私は手に持っていた筆箱を取り落とし、中身をバラバラと床に散らばらせてしまった。


「大丈夫?」


 そこに、たまたま足元に転がっていった鉛筆を拾ってくださった西園寺様が、わざわざ私のところまで持ってきてくださり、お優しいことに私たちのことまで気遣ってくださったのだ!


「あ、申し訳ありません……、西園寺様にわざわざ」

「いいよ。クラスメイトなのに畏まらなくて」


 そう言って、にこりと微笑んでくるその笑顔が神々しすぎて、私はてっきり後光でもさしているのかと思った。


「君も怪我はない? 机と机の間は人とぶつかりやすいから気をつけてね。大事なお嬢さんに怪我でもあったら大変だから」


 私にぶつかってきたお相手のご令嬢も、西園寺様に直視してそう言われたことで、おもわず顔を赤らめて「はい……」と答えていた。


 そうして「じゃあ」と言って離れていった西園寺様に、東條様が「お前よくあんな臭いセリフを吐けるな」と声をかけていらっしゃったのが聞こえましたが、「え? そう?」と西園寺様は何を言われているのかわからないとけろりとしたご様子で。


「…………」

「……あの、ぶつかって、申し訳ありませんでしたわ」


 言われて振り向くと、私にぶつかってきた女子が、モジモジしながら私にそう言って謝罪の言葉を告げてきて。


 それをきっかけに彼女と仲良くなり、どうやら私にぶつかった時は家で色々とあって心がささくれていたのだという話を聞き、その後は西園寺様の素晴らしさについてふたりで語り倒したのですが。


 ささくれた女性の心も癒すお力を持つ西園寺蓮様。


 その後、低学年に在籍していらっしゃるという妹君とおふたりで歩いている姿をお見かけしましたが、普段クラスでは見せるものとはまた少し違う、優しい笑みを浮かべていらして、あんな方の妹君に生まれつけるなど一体前世でどれだけの徳を積んだのだろうと思ったものだ。


 東條派と西園寺派で争う女生徒たちもいるようですが、私としてはふたり揃ってこその魅力なのだと、ひっそりと言わせていただきたいと思います。

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