第15話 ホットケーキ焼こう!
――新しい学年にもだいぶ慣れてきて。
紫雲亭にも、週に2、3回は顔を出す時間を持つようになった。
それに伴い俺の帰宅時間が遅くなる時もあり、菊華が寂しがる様子を見せることも増えたので。
週末の土日は、妹たちのためにと時間をとることにした。
日中は二人の勉強を見て、おやつの時間になったらみんなでホットケーキを焼くのだ。
ホットケーキなら、混ぜるだけだし包丁も使わないから怪我をする心配もない。
材料も、小麦粉、卵、砂糖、牛乳と単純。
ベーキングパウダーがないのでは……と心配したが、それもシェフに頼んで取り寄せてもらった。
「ふたりとも。厨房はシェフの仕事場だから、入らせてもらうのは今日みたいに特別な時だけだよ。わかった?」
「「はい!」」
この間のシュークリームは子供部屋に持って行って仕上げを手伝ってもらっただけだから、二人が厨房に入るのは初めてだ。
あまり厨房に立ち入るのに慣れすぎて、シェフの仕事の邪魔をしてしまうようになっても良くないし、厨房は刃物や火元といった子供には危ないものも多いから「ここは特別な場所なんだよ」と言って釘を刺す。
正直、未就学児の菊華にはまだ早いかな、と思ったけど、慣れない場所で緊張しているのか、思ったよりも大人しくしてくれていることにほっとする。
そして何より、白百合と菊華のエプロン姿が可愛い……!
いや!!
兄バカというなかれ。
誰だって、小さい女の子が二人並んで白いひらひらのエプロンをしているのを見たら、絶対に可愛いって思うはずだ!
しかも自分の妹だぞ!
未来のヒロインと悪役令嬢だぞ!
これは、変態的な目線では断じてないと言わせてもらう……!
可愛いものは可愛い!
可愛いは正義なのだ!
と。
思わず妹たちの可愛らしさに取り乱してしまったが、今日の本題はそっちじゃない。
ホットケーキだ。
ホットケーキ作り。
前回と違って、今回はゼロから一緒に作るのだ。
材料だけは事前に測っておいたけれど、ボウルに順番に混ぜていく指示をする以外は基本的に二人に任せてみることにした。
最初は、白百合に泡立て器で材料を混ぜさせていたが、それを見ていた菊華が「私も! 私もやりたいです!」と言い出し、二人で順番交代でやろうねと仲良く譲り合っていた。
美しい姉妹愛……!
二人が仲良くなってくれてお兄ちゃんは嬉しいよ……。ううっ。
しかしそれにしても、子供の時ってなんであんなに泡立て器で混ぜるのを楽しそうって思うんだろう。
料理している感が強いからだろうか。
おままごとに近い感じ……?
そんなことを思いながら、フライパンに油を引いてホットケーキを焼く準備を始めた。
「火は危ないから、ふたりは今日は見てるだけだよ」
そうやって注意を
二人が作ってくれたタネを、熱したフライパンにゆっくりと流し込む。
ホットケーキを食べたことがない二人は、これから何ができるのか興味津々な様子でフライパンの中のタネを見つめていた。
「「ふわぁ……!」」
段々と、厨房中にいい匂いが漂ってきて、表面が乾いたホットケーキにぷつぷつと穴が空いてくる。
「この穴が、ひっくり返すタイミングだからね」
そう言うと俺は、フライ返しで一度ホットケーキをフライパンから軽くはがした後、「よっ、と」と言ってフライパンを大きく振って、スパンと綺麗にパンケーキをひっくり返した。
……流石に、小学生に鉄のフライパンは重かったから、ちょっとだけ異能を使ったのは内緒だ。
「「ふわああ!」」
しかし、そんなこちらの都合をよそに、くるりと宙を舞ったホットケーキが綺麗な茶色い焼き色をつけて、ふっくらと膨らんだ姿で再びフライパンに着地したのを見て、妹二人は感激したように声を上げた。
「菊華も! 菊華もやりたいです!」
「流石に菊華にこれはまだ無理だよ」
俺に向かって両手を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねてくる菊華に苦笑しながら、「もう少し大きくなったらね」と言い聞かせる。
そうして、ふわふわに焼けたホットケーキの上にバターを乗せて、上からメープルシロップをとろりとかけて。
行儀が悪いとは思いつつも、二人にどうしても焼き立てを食べさせたかったから、その場ですぐ切り分けたものを、フォークで刺して口に運んであげた。
「…………!!!」
「ふぉいひぃ……!!」
くちのなかを、ホットケーキいっぱいにして、ふたりが目をキラキラと輝かせる。
うんうん、よかったよかった。
美味しそうにホットケーキを頬張るふたりを見ながら、俺もひとくちぱくりと口の中に放り込む。
――そうだよなあ。やっぱりメープルシロップだよなあ。
ホットケーキといえばはちみつという人種も多いが、俺は断然メープル派だ。
くちあたりも優しいし、コクがあって、バターの塩気ともよく合う。
正直、はちみつの方が断然手に入りやすかったが、ホットケーキを作ると決めた時から、もうどうしても舌がメープルシロップになってしまって、けっこう頑張って入手してもらった。
一瞬「あれ……? この時代、まだ無い……?」とか思ったが、そんなことない! 赤毛のアンだってメープルシロップを使ってたんだ! ないわけない!
と思ってシェフと出入りの小売業者に聞きまくってようやく手に入れたのがこのメープルシロップだ。
最近ではシェフから「坊ちゃんは博識ですね……」と尊敬の眼差しを向けられるようになった。
そのうち師匠とか言われそうで怖い。
ま、流石にそんなことはないか。
結局その日は、3人でホットケーキを作り、ふわふわあつあつにバターとメープルシロップをたっぷりかけて食べたら、いつもより夕食があまり入らなくなって少しシェフに申し訳ない気持ちになった。
でも、白百合も菊華も楽しそうにしていたし、まあいっか。
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