第14話 毒をもられる

 それは、ある日の夕餉ゆうげの後のことだった。


「今日ね、美味しいお茶を見つけたのよ。これからは食後はこのお茶に変えようと思って」


 と、継母が言い出し。

 継母が指示を出した使用人が家族全員に注いだお茶を置いた時だ。


 ガタガタガタガタガタ……!


 と、突然家が激しく揺れた。


「きゃぁっ……!」

「これは……、地震か……!?」


 そう言って、各々地震に身構える者、テーブルの下に隠れようとする者、怯えて俺にしがみついてくる妹たちと。

 長く続くかと思ったその揺れは、実際には時間にすると10秒もなかったと思う。


「収まった……か……?」


 父が自分にしがみついてきた継母を抱き止めながら、そう言って周囲を見回した。

 以降、特に余震が起こることもなく、一時的な揺れで落ち着いたのだとみなした父は、使用人に倒れた煎茶茶碗を片づけ、茶を淹れ直すように指示したのだが。

 

『蓮。あれは毒にゃ』


 にゃー、と子猫姿のびゃくが俺にしか聞き取れない言葉で告げてくる。


 ――毒?


 言われて、倒れた煎茶茶碗と、テーブルの上にこぼれたお茶を目に留める。


 ――早苗さんか。


 継母が用意した茶の中に、毒が仕込まれていたのだと、直感的にそう思った。

 そう言われて見ると、目の前で俺の茶碗を片付ける使用人の顔が、どことなく青ざめて見える。


「ちょっと、外の様子を見てきます」


 そう言って俺が席を外そうとすると、「蓮兄さま……」と菊華が不安げに手を握ってくるので、かわいそうだとは思いつつも「ごめんね、すぐ戻るから。白百合、菊華をお願い」と言って、部屋から出た。


『止めようがなかったから咄嗟に地震を起こしたにゃが。驚かせて悪かったにゃあ……』

「いや、いいよ。助けてくれてありがとう」


 突然のことで驚きはしたが、びゃくの言う通り、そうでもしなければ誰かは口をつけていたかもしれない。


『入っていたのは、蓮と白百合の分だけにゃ。致死量じゃあなさそうだったから、多分じわじわと毒で弱らせようとしたんだと思うにゃ』


 …………………………。

 ………………………はあ?

 とんっでもないなあ! あの継母!


 俺が目障りで、自分の思い通りに行かないから、手っ取り早く片付けようと思ったわけだ……!

 しかも、俺だけならまだしも、白百合にまで手を出してくるとは……。


 と、ふとそこで、先ほど目についた青ざめた表情で片付けをしていた女中さんが通りがかったので、すかさず声をかける。


「あの」

「……は、はい」

「ちょっと、いいですか?」

「……はい」


 そう言うと、周りに人がいないのを確認して、更に人気のない部屋にさっと身をすべらせる。

 そうして、改めてまじまじと対峙してようやく気付いたが、目の前で不安そうな表情をするこの女中さんは、確か継母付きで色々と世話をしてくれている女性だったということを思い出した。


「何を入れたんですか?」

「……!」


 俺の質問に、驚愕した表情を浮かべる女中さんは(名前を覚えていなくてごめんなさい……)、目を見開き、どう答えたものかと目を泳がせた。


「早苗さんの指示ですよね」

「あ、あの……」

「悪いようにはしません。困っていることがあるのであれば、力になります」

「…………」


 その言葉に、言うべきか否か、迷うような表情を見せる。

 もはやその時点で、早苗さんが黒であることはほぼ確実なのだが、だからと言って彼女をそのままにしておくわけにもいかない。


「……わ、私は、詳しいことはわかりません……。ただ、言われた通りにしないと、家族がひどい目に遭うと言われたので……!」


 申し訳ありませんでした……! と謝ってくる彼女に対して「顔をあげてください」と俺が言う。


「あなたが謝ることではありません。この家で働く者を守るのも、僕の役目ですから」


 むしろ、それほどに思い詰めるまでに辛い思いをさせてしまって申し訳ない、と言葉を告げると、彼女はそれまでに張り詰めていた思いが決壊したかのようにぽろぽろと泣き出した。


 しかし、ほんっとダメだあの継母……。

 何が西園寺家の権威だ。

 使用人脅すとか最低じゃんか。

 自ら権威を落とすような真似をしてよくいけしゃあしゃあと権威とか言えるなあ。


 でもまあ、そこまで継母を追い詰めてしまったのも俺だし。

 監督不行届で彼女をこんなにも苦しめてしまった責任の一端は俺にもある。


 どうすべきか。

 父に報告すべきだろうか。

 でも、父が継母を擁護しないとも言い切れないし。

 そもそもあの二人の関係値も謎なんだよなあ……。


 継母は明らかに父に擦り寄ろうとしているが、正直父の方がどう考えているのかよくわからない。


 とりあえず、しばらくの間は波風を立てないことにして、女中の彼女には毒の代わりに粉糖を差し替えて入れるよう頼んだ。

 そうすることで、彼女はちゃんとやるべきことを全うしていると見せられるし、その間に今後の対処について考えようと思った。

 

 彼女のことは女中頭とも共有し、継母から酷い目にあっていそうだったらそれとなく助け舟を出してもらえるようお願いし。

 

 こうして俺は、図らずも継母がわの情報を教えてもらえるスパイの存在を得たのだった。

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