第13話 紫雲亭

 華桜学苑の敷地内には、紫雲亭しうんてい、と呼ばれる建物がある。


 それは華桜学苑の中でも選ばれたものしか入ることが許されない、いわゆるエリート専用サロンだ。


 正式に所属となるのは中等部から。


 ただしそのメンバーは、初等部高学年の段階から選別の対象となり、ふるいにかけられていく。

 そんな中で、数年に何人かは初等部高学年になった段階でスカウトされるものもいるのだそうだ。


 そして、そこに所属しているエリート集団のことを、その建物の名にあやかり【紫雲亭】と呼ばれている。


「まあ、お前は確実に紫雲亭メンバーに内定してるだろうな」

「そんなこと言うなら蒼梧だってそうだろ」

「まあな」


 昼食後、学校の敷地内にある庭園の片隅で蒼梧がびゃくを撫でながらそんな話題を切り出してきた。


 4年の時は隣のクラスで、それでもしょっちゅう、ちょっかいをかけに俺のところに来ていたのに、5年になって同じクラスになってからはまるで連れ合いかというくらい一緒にいることが多くなった。


「紫雲亭か……」


 紫雲亭に所属したメンバーは、大体そのまま宮内庁の要職に就くケースが多い。

 選りすぐりの優秀な能力者が集まるわけだから、当然そこでスカウトがかかるわけで。

 しかし、俺や蒼梧のような上位華族の跡取り息子ともなると話はまた別だ。


 大きな事件があった場合に、時折【協力要請】という形で能力者としての協力を仰がれることはあっても、基本的に宮内庁に入庁するのは中〜下位の華族の子息。上位華族で入庁するとしても次男以下もしくは優秀な子女だ。


 なので、どちらかというと俺たちが紫雲亭入りしてしなければならないことというのは、将来のための人脈作りである。


 そんなことを話していたからだろうか。

 噂をすればという言わんばかりに、その日の放課後、高等部に所属する紫雲亭所属者からお声がかかった。


「東条蒼梧様、西園寺蓮様。明日の授業の後、少しお時間をいただけないでしょうか」


 そう言って俺たちに声をかけてきたのは、どこか神秘的で清楚な印象の、高等部の女生徒だった。


 俺も蒼梧も、明日であれば構わないと承諾すると「では明日、またこのお時間に迎えに参りますね」とふわりと笑って言い残し、軽やかに去っていった。


「きゃぁ……! 今のって、高等部の綾小路あやのこうじ様ですわよね……!」

「あんなに華奢でお優しそうなのに、とてつもない【天授の力】をお持ちだとか……」

「というか、東条様と西園寺様、もう紫雲亭からお声がかかったってことか……!?」

「うおお……! さすがだぜ! おふたりとも、能力の高さがずば抜けてるもんなあ!」


 【綾小路】と呼ばれた女性が教室から立ち去った後、状況を見ていた同級生たちが口々に騒ぎ出す。


「……」


 それを、どこか冷めた目で見つめていた蒼梧が鞄を手に取り立ち上がったので、俺も後に続くようにと席を立つ。


 去り際に、一応教室のみんなに釘を刺しておくことも忘れずに。


「……まだそうだと決まったわけじゃないから。みんな、くれぐれも内密にね」


 そう言って、口元に人差し指を立て、沈黙を守るようにと示すと「行くぞ、蓮」と蒼梧が急かしてくるので、「はいはいわかったよ」と言って教室を後にした。


 明らかに、何かを不機嫌に思っているような表情で先を行く蒼梧だったが。


 ――こいつ、自分がクソほど努力しているせいもあって、他人の意識の低い発言を聞くのが嫌なんだよな……。


『やっぱり、四大華族の人間は違うな!』とか。

『俺たちじゃ東條様と西園寺様の足元にも及ばないよ』とか。


 先ほどのクラスの人間たちの発言、全部が全部そうだったわけではないし、「意識が低い発言はやめろ」とか「努力が足りないからだ」とか、そう言ってクラスメイトにぶつけることも違うとわかっているから、そっと席を立つ。


 これはこれで、蒼梧なりの優しさであり自己防衛ではあるのだが。


 ――ほんと、不器用だよなあ。


 つれない態度でいることが多いので他人には気付かれにくいが、実際には俺なんかよりも蒼梧の方がよっぽど人間的に優しいと思う。


 原作の『しらゆりの花嫁』でも、敵対してくる他人には辛辣だが、身内にはこの上なく優しい人物として描かれていたのだ。


 姿を消して着いてきていたびゃくがするりと蒼梧の足元に身を寄せようとする動きが見えたので、さっと周りを見、誰も見ていないことを確認して具現化させる。


「なぁ〜〜ん」

「ん、なんだびゃく


 そう言って蒼梧が、足元に擦り寄ってくるびゃくを抱き上げる。


 そうして蒼梧が、どういうことだ? と言いたげな目線でこちらを見たので「……びゃくがお前の足元をうろちょろしてるのが危なかったから、具現化させただけだ」とだけ答えた。



 その日はふたりとも、そのままどこに寄り道することもなくまっすぐに帰宅し。


 翌日、呼ばれた通りの時間に、ふたりで紫雲亭に顔を出した。



 ◇



「まあ、ここに呼ばれたことで察してはいるだろうが。初等部でも有能だと名高い君達を、早く声がけしてほしいと希望する声が多くてね」


 そう言って、紫雲亭に顔を出した俺と蒼梧の前で語り出したのは、現紫雲亭会長である北大路きたおおじ 幸村ゆきむら先輩だ。

 北大路家は苗字からも察せられる通り、俺たち四大華族のひとつで、今目の前にいるこの先輩は、確か北大路家の次男坊だったと記憶していた。


 俺たちは今、紫雲亭にある部屋の一室で北大路先輩を前に、綾小路先輩が出してくれたお茶を前にしながら、蒼梧と二人並んで座らされていた。


「僕もそうだが。我々高等部の2年生以上のメンバーは、君らが中等部に上がるのを待っていたら君達と接点なく学苑生活を終えることになってしまうからね」


 そんな理由もあって、俺たちを早く紫雲亭に呼び入れたいという要望が多かったのだと北大路先輩が述べた。


「どうだろう? もちろん、君達の予定もあるだろうから毎日とは言わないし、時々顔を出して在籍メンバーと交流を深めてもらうなり、紫雲亭のサロンを有効利用してもらうなり、活用してもらえたらと思うのだが」


 と北大路先輩が、ソファに腰掛けながら人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて俺たちに言う。


 紫雲亭サロンは、西洋風インテリアで贅を尽くした装飾が施されており、そこでは常に常駐している給仕係がお茶やお菓子を提供してくれたりするらしい。


 ――というのを、原作の『しらゆりの花嫁』で書かれていたのを覚えている。


 確か原作では、もともと菊華が紫雲亭メンバーだったんだけど、悪役令嬢ムーブをして追放された後、能力を顕現させた白百合が所属するという話だった。


「ありがとうございます北大路先輩。僕は、早く入亭にゅうていさせていただけることに特に異論はありません」

「俺もです。むしろ先輩方から学ばせていただける機会を得られるなら、ありがたいばかりです」


 俺の答えに続くように、蒼梧も答えを重ねてくる。


「じゃあ、決まりだな。さっそく、紫雲亭のメンバーにはその旨伝えさせていただくよ」


 いやあ、久しぶりの早期入亭者だ、これは楽しくなりそうだ――。


 と。


 何が楽しくなるのだか、俺たちにはさっぱりわからないまま。

 北大路先輩が、面白そうにからからと笑ったのだった。

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