第12話 新しい季節

 白百合の初等部入学式のあった日。


 学校が終わり、俺は学苑の前につけられた迎えの車に乗り込むと、そのまま菊華を迎えに幼稚舎に向かった。


「…………」

「菊華」

「…………」


 べっとりと。

 すっかり機嫌を損ねて、ふくれっ面した菊華が、車の中で俺にがっちりしがみついて離れなかった。


 『不満はある! しかし好きだからくっつくがなにか……!?』とでも言いたげに……。


 ……なんというか。


 まあ、確かに菊華は、ちょっと我が強くて聞き分けがないところもあるけれども。

 こうしてべったりと懐かれると、やっぱり兄として可愛いと思うもんなんだな……。


 そんなことを思いながら車に揺られていると、あっという間に邸宅に着いてしまった。


「菊華、ほら降りるよ」

「ふぁい……」


 まだどこか不機嫌さの残る菊華と手を繋いで邸内に入ると、中では白百合の入学記念を記録するために呼んだ写真屋が待ち構えていた。


 俺たちが帰ったことを、使用人が父に知らせに行くと、父と継母が連れ立ってやってくる。


 そうして、まずは父と白百合と俺で一枚。

 その後に、継母と菊華も加えて家族で一枚。


「……びゃくは、写真には写らないのですか?」


 ふと白百合が、具現化したびゃくがあたりをちょろちょろとしているのを目に留め、俺に向かってそんなことを聞いてくる。


「……びゃく

『写真は、魂が抜かれるから嫌にゃあ〜』


 ……いやそれ、この時代よりももっと前の話では?

 

 前世で何かの本で読んだ覚えがあるが、幕末や明治初期の頃は、写真を撮るのに2分くらい身動きをとらずに(なんなら息も止めて)いないといけなかったらしい。

 それで長時間じっとしていることで写される側の人間が疲れちゃって、「写真を撮ると魂抜かれる」って話ができたとか聞いたことあるけど……。


 こいつ、神獣のくせにそんな迷信真に受けてるのか、と思いつつも。


「……びゃくは、今日はやめとくって」


 と、俺以外には「にゃーお」としか聞き取れないびゃくの言葉をざっくりかいつまんで白百合に説明してやると、白百合は少し残念そうな顔をしたが、聞き分けのいい妹は「そうですか……」と素直に納得してくれたのだった。




 ◇



 

 学苑の運動場に、ボールが的に当たる、パァン! という音が響く。


 毎年恒例の、学年初めの異能試験テストだ。


 念力使いとして登録されている俺は、渡された野球ボールを、異能の力で次々と的に当てていく。

 ひとつ投げると、少し後ろに下がって距離を取ってからまた投げる。

 それを繰り返しながら、コントロール能力を測定されるのだ。


 ちなみに、俺の隣でも蒼梧が似たように的当てをしている。

 蒼梧の能力は、【念力発火能力者パイロキネシス】。

 自分の意思で火や雷を発生させ、それを風力を使って任意の方向へ拡散、発射することができる。


 蒼梧の試験は、俺みたいに固形物を的当てするのではなく、自らが生み出した火や雷を的に向かって当てていく。


 ……正直、かっこいいよな。

 

 生み出した炎で敵を焼く、とか。

 雷撃をレーザービームみたいに打ち出す、とかさ。


 かたやこっちは野球ボールだ。

 こういう、能力のエフェクトがかっこいいのもメインヒーロー仕様なのだろうか。


 まあいいんだけど……。


 なんとなく敗北感のようなものを感じながら、次の試験に移動する。

 コントロール能力測定の後は、力の強さを測定する試験だ。

 俺の場合は、どれくらいの重さのものまでを念力で動かすことができるか、という試験。


 正直、あんまり意味ないんだけどね。

 なぜかと言うと、実のところ『浮け』と念じればなんでも浮くし、『動け』と念じればなんでも動くからだ。

 色々と検証した結果、有機物には効きにくいが、無機物は割と際限なくいける。


 問題なのは、その後のコントロールが難しいくらいで。


 だからこの試験も正直「このくらいが妥当かなあ……」というところで、「ちょっと無理ですね」と答えることにしている。


 だって……、怖いじゃん……。

 あんまり能力さらしすぎて、脅威判定されるの……。


 そんな理由もあって、昔から白虎の教えを受けて、能力をコントロールするということを中心的に鍛錬を積んでいる。

 日常的に、歩行するときに常に履いている靴を浮かせて空中浮遊の真似事してみるとか、こっそりとそんな鍛錬を続けていたら、いつのまにかマルチタスクで能力が使えるようになった。



「……ちっ。今年もまたお前が一位か」


 試験後。

 張り出された上位能力者の順位を見て、蒼梧が悔しそうに呟く。

 

 張り出された結果の順位は、一位が俺、二位が蒼梧だ。


「俺は、守護獣の加護なしであれだけ能力ぶちかませるお前の方が怖いわ」


 そう思うのは、お世辞ではなく本当のことなので、何の気なしにサラリと蒼梧に告げる。

 いやだって。

 この人、本気でやると多分この運動場まるっと消し飛ばせるだけの力はあるからね!

 コントロールについてはいまのところ俺に分があるけど。

 力任せにドカンとやるって話になると守護獣なしでの蒼梧の能力はちょっと規格外だ。


 そう言いながら、蒼梧とふたり並んで歩くと、最近はたいてい周囲の女子にきゃあきゃあ言われる。

 かつて普通の一般市民、フツメンを生きていた身としては、「これが……、イケメンの視界……!」って感じだ。


 しかし、そんなことを全く気にも留めず、動じることもない隣の相方を見ていると、慣れているのか単に鈍いのかわからないが、これがメインヒーロー特性なのかとも思った。


 

 イケメンって大変ですね……。

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