第11話 西園寺 白百合 / 女中頭 セツ

【白百合視点】


 ――蓮お兄様が、すごく変わりました。


 どう変わったかというと、ものすごく優しくなったのです。


 おかあさまが天国に行ってしまう前は「お前におかあさまをとられた」とか、「ぐず」「むのう」と言っては私にいじわるをしたり、、嫌なことばかりをずっと言われていました。


 おかあさまが天国に行ってしまった後は「おまえのせいでおかあさまが死んだんだ」と、会うたびに嫌がらせをされました。


 あの時は本当に、わたしのせいでおかあさまが天国に行ってしまったのだと思って、毎日泣きながら神様にごめんなさいをしていました。


 わたしのせいでおかあさまが死んでしまったから、お兄さまも私に、意地悪をしてくるのだと。

 

 でも。


 ある日突然、なぜだかわからないけど、お兄様がすごく優しくなって。

 一緒に遊んでくれるようになったり、頭を撫でてくれたり、おやつを作ってくれるようになりました。


 それから、新しいおかあさまという人と、菊華ちゃんという妹もやってきて。

 新しいおかあさまと妹ができると聞いた時は、わたしはすごく嬉しかったのです。

 だって、おかあさまというのは優しい方で、妹というのは可愛いものだとおもっていましたから。


 でも、実際に二人に会った時には、なんだか怖いなって思いました。


 たぶん、その時くらいからです。

 お兄さまがわたしに、優しくしてくださるようになったのは。


 お兄さまは、わたしが菊華ちゃんと新しいお母さまに意地悪されているところを助けてくれたし、いつもわたしを守ってくれます。

 

 最初は、菊華ちゃんにも意地悪をされたりしていたのですが、お兄さまのおかげで今では菊華ちゃんともなかよしになりました。


 ある日、お兄さまに思い切って「本当のおかあさまが、わたしのせいで天国に行ってしまったから、お兄さまはずっと怒っていたんですよね?」と聞いてみた。

 そうしたらお兄さまは「そんなことないよ。お母様が天国に行ったのは白百合のせいじゃないし、僕も白百合のこと怒ってなんかいないよ」と言いました。


 お兄さまにそう言ってもらって。

 わたしはその後、部屋に戻ってこっそりひとりでたくさん泣きました。


 だってずっと、おかあさまが天国に行ってしまったのは、私のせいだと思っていたから。

 お兄さまに悲しいことを言われるのも、菊華ちゃんに意地悪をされるのも、天罰なのだと思っていたから。


 お母さま以外に誰もわたしの味方がいなかったこの家に、お兄さまが優しくなるという奇跡が起きたのです。


 だから、それからわたしは「これからはお兄さまのためになるように努力をしていこう。お兄さまのお役に立てるように頑張ろう」と思うようになりました。



 ――わたしは、今年から初等部生になります。



 新しいお母さまが「お前みたいなむのうりょくしゃが、かおうがくえんにいくなんてはじらずもいいところだ」と私のことを怖い顔で見ましたが、そのことについても、お兄さまが新しいお母さまを説得してくれたのだと、女中頭のセツさんから聞きました。


 今のお兄さまは、本当に優しいし、かっこいいし、わたしの大好きなお兄さまです。


 初等部に入っても、お兄さまの名に恥じぬよう、努力をしていこうと思います。



 

【女中頭・セツ視点】


 ――お優しかった奥様が亡くなられて、わたくしはずっと、この家の未来を憂いておりました。


 それは主に、この家の方々の人格に起因するものですので、あまり大っぴらにいうのもはばかられることなのですが……。


 今の旦那様の亡くなられた奥方様、かすみ様は、本当にお優しい方でした。

 かすみ様がご存命の時は、奥様を中心に家が回っていると言っても過言ではないほどに、家の中でかすがい的な役割を強くなされた、強く優しいお方でした。


 対する旦那さまは、立派な御方ではありましたが、いわゆるよく見る『上流階級の旦那様』といった尊大なお方で、霞様のことは大切に思っていらっしゃるご様子ではありましたが、女遊びは上流紳士の甲斐性だとお思いになっていらっしゃるような節がございました。

 

 そうして、西園寺家の後継者であり嫡男の蓮様は。

 父君の血を濃く受け継がれたのでしょうか――どこか他者を見下すようなところが強くあるお人柄でした。

 この国の頂点に近しい華族の嫡子として生まれ、何不自由なく育ってきた蓮様。

 幼い頃からどこか我のお強い印象はありましたが、それは妹君の白百合様がお生まれになってからはまたより一層顕著になり。


 大好きだったお母上である霞様を、妹の白百合様に取られたとお思いになるようになったのでしょう。

 

 思い通りにならないうっぷんを、我々使用人に当たり散らす――。

 そんな蓮様でしたから、当時の屋敷内では、蓮様をあまりよく思わない者も少なくはありませんでした。

 

 最後に、その蓮様の後にお生まれになった、妹君の白百合様。

 白百合様は、幼少の頃からとても寡黙で、物静かなお嬢様でした。

 我々からしても、その物静かさは、華族生まれであるが故の達観したものなのか――、失礼ながら、どこか発育に問題があるのか、どちらなのだろうと囁き合っていたほどでした。


 尊大なご当主様。

 暴君の兆しの見えるご長男。

 どこか危なげなご息女様。


 この家は、この先一体どうなってゆくのか――。


 そんな不安を抱えながらも、少しでも改善する日が来るよう願い、来る日も来る日も務めてまいりました。


 そんなある日のことです。

 

 私どもの思いが天に届いたのか、ある日突然、蓮様が人が変わられたかのように優しくおなりになりました。


 ちょうど、ご当主様が余所で作られたというお嬢様と、その母君をお迎えになられた頃です。


 それまで、白百合様や屋敷の使用人に対して見下すような態度をとっておられた蓮様が、周囲の人間に気遣いの言葉をかけ、労りを持って接してくださるようになったのです。


 そうして、我々の目から見てもあからさまに、亡き奥様に取って変わろうとしていた早苗様を退け、蓮様ご自身が妹様達を庇護ひごし教育すると仰ったのです。


 これからの西園寺家を背負って立つ、次期当主として――。

 

 それからの蓮様は、見違えるように立派な立ち居振る舞いができるようになり、その面構つらがまえも毅然きぜんとして凛々しいものに変わり。

 それまでは、いつもどこか忌々しそうにしかめていた表情も柔らかくなって、もともとのお顔立ちの美しさが、内面から輝くようになりました。


 今では私たちも、この先、蓮様がご当主になられるのであれば、西園寺家の未来は安泰だと皆胸を撫で下ろしております。


 

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