第10話 白百合の入学

 さて、そんなこんなをしているうちに、季節もあっという間に巡り――。


 白百合と菊華の仲は、傍目で見ててもだいぶ良好なのでは?

 と思えるようになってきていた。

 ふと見ると二人で遊んでいることもあるし、どうやら白百合がちゃんとお姉ちゃんをしようとしているように見えた。


 やっぱり、継母と離したのが功を奏したなあ。


「ねえねえれんにいさま、ごほんよんで!」

 無邪気に俺にまとわりついてくる菊華と。


「私も、隣で一緒に聴いてもいいですか?」

 遠慮がちに、それでも少しずつ主張ができるようになってきた白百合。


 情操教育って大事ですよね――、とつくづく思いながら。


 次の事件は、そう遠くない未来に起こったのだった。

 


 ◇



「――異能の力がない娘を華桜学苑に入学させるのは、わたくしは賛成できませんわ」



 ただの家名汚しにしかならないじゃありませんの――と義母が言う。

 どうやら今日行われた華桜学苑の次年度の入学試験で、白百合の異能値が測定できなかったらしい。


 ――まあね、原作通りだとそうなるでしょうよ。


 ちなみに原作では、入学試験を受けた白百合は異能値が測定できず、継母に連れられていった菊華がたまたま測らせてもらったら、平均よりも高い異能値が測定された、というオチで。


 それによって更に、継母と義妹による白百合ヒロインいじめはエスカレートするわけだが。


 今回は俺の方で先手を打ち、菊華は今日は継母には付き添わせず、幼稚舎へ行かせることを優先させた。

 更に白百合の方に関しても、義母はあくまで【保護者】として付いていってもらう形にし、白百合の付き添いには彼女も懐いている女中頭に付いていってもらった。


 異能値が測定できないことで、継母が白百合を衆目の前で貶めるのを防ぐためだ。


 継母が、女中頭のセツさんを苦手に思っていたのを俺は知っていて。

 事前に俺が「白百合のことを頼みます」とセツさんに直々に頼んだのだ。


 西園寺家の使用人の中でもほぼ最古参に近いセツさんは、ぽっと出の後妻に動じることなどなく。


 まして、西園寺家嫡男である俺から頼まれたという後ろ盾と、責任もある。


 帰宅後、セツさんに様子を聞きに行くと「セツは、坊っちゃまとの約束をきちんと果たしましたよ」と頼もしく笑っていた。


 俺が白虎を呼び出し、かつ学苑内での成績も上位をキープし続けていることで、期待の後継者としての評価を高めており。

 そんな、屋敷内での評判も高い後継者が可愛がっている妹たちを貶めようとするものなどまあおらず。


 あー、継母くらいか。

 隙あらば白百合を貶めようとしてくるのは。


 そんな俺と継母の、どちらの発言権が強いかと言うと――。

 まあ、言わずもがなである。


「でも早苗さん。異能の力が測定できないというのは、異能がない、ということとは言い切れませんよ」


 そう言って、俺は早苗さんを牽制する。

 そもそも、白百合たちの教育係の責務を負っているのは俺であって、早苗さんではないのだ。

 西園寺家の格が、というでやりこめようという作戦なんだろうが。


「【天授の力】の顕現は10歳前後。その前に異能の片鱗が見えなかったとしても、才能がないと決めるのは早計なのではないでしょうか」

「……!」


 俺の言葉に、継母は唇の隙間からギリリと音が聞こえてきそうなほどにぐっと口を引き結ぶ。


 ――ここでちょっとややこしいのが、異能と【天授の力】の関係だ。


 超ざっくり、RPGゲームで例えると、異能の測定値がMPだとしたら【天授の力】が魔法の種類のことだと思えばいい。


 えーと、確か。


 原作を読んだのも最早実質10年以上前になるからだいぶうろ覚えになってきているが、確か白百合の能力はその稀有けうさと難しさゆえに幼少期に母親に封印されたのだったと思う。

 

 確か、母親の血筋が精神感応系の能力者の血筋で(よくある設定だ。どっかで聞いたことあってもおかしくない)、自らの死期を悟った母は、教え導く者がいないことで娘の精神に影響を与えることを恐れ(よくある設定以下略)、然るべき指導者が現れるまで力を封印したとか云々かんぬん。


 つまりは白百合は、適切な指導者さえ見つけられれば能力を顕現することができる! と言うわけだ。

 ……そういう解釈でいいよね?

 

 白百合は今6歳。


 原作では、白百合がヒーローのピンチ(つまり蒼梧のピンチってことだが)を救うために、17歳で能力を目覚めさせると言う設定なのだが、そこまでどうやって繋ぐべきか。

 いや、繋がなくてもいいのかなあ……?


 そもそも、蒼梧が俺になついてきている時点でだいぶ原作から乖離かいりしてきているしなあ。


 ………………。

 ま、なんとかなるか!


 最終的に、「妹たちの教育を任されているのは僕ですし、次期当主として次代を築いていくのも僕です。早苗さん、ここは僕の意見を飲んでくださいませんか?」とニコリと笑って黙らせるに終わった。


 去り際に、バシン! とわざと大きな音を立て襖を閉めて去って行ったが。

 おーこわ!



 ◇

 


 そんなこんなで。

 色々ありつつも、白百合も無事、華桜学苑への入学式を迎えられることとなったわけなのだが。


「うやだああああああ! きっかも行くううううううううう!」

「菊華が行くのは来年からだから……」

「やだああああ! 行くううううううう!」


 どうやら、兄と姉の二人が学校というものに通う、ということを認知した菊華のなかで、学校行きたいムーブが起こったらしい。


「菊華ちゃん……」

「ねーね! やーだー!!」


 ああ……、白百合がなだめすかそうとしても、いやいやをして全然言うこと聞かないやこりゃ。


「菊華。僕はー、ちゃんと静かなお姫さまができない女の子は嫌だなあ」

「ゔゔ……、ゔああああああああああ!」


 あ、力技で行こうと思ったけどダメだった。

 まあ子供って、理屈で説得しようとしても結局感情が勝っちゃうからこうなるともう仕方ない。


「じゃあ、すみませんけど後のことはお願いします……!」

「はい、坊っちゃま。いってらっしゃいませ……!」


 後のことはベテラン女中頭のセツさんに任せて、とりあえず白百合を連れて家を出ることにした。

 ひとまず、元凶の俺たちがいなくなれば、しばらくしたら少しは落ち着くだろう! うん!


 可哀想だと思わなくはないけど、子供ってそんなもんだよね!



 ◇



 ――そして、所変わって。

 

 華桜学苑初等部の制服に袖を通し、花びらの舞い落ちる桜並木を凜として歩く白百合は、誰が見ても目を引くほどのかわいらしさだった。


 まあそうだよな……。

 原作では不遇な幼少期を送ってはいたが、言うてメインヒロインだぞ……。

 可愛くないわけがなかろう!


 俺が先導しながら白百合と学苑内を歩くと、周囲を取り囲む人たちがひそひそと囁き合うのが耳に入る。


「あれが西園寺家の……」

「素敵……! まるで騎士ナイトみたい……!」

「御兄妹揃って麗しすぎる……!」


 ………………。

 あれ? こんなに目立つつもりなかったんだけど……。


 まあいいか。

 これで俺にとっての白百合が庇護対象だってわかれば、そうそう変なちょっかいかけてくる奴もいなくなるだろ!


 そうして、各々のクラスに向かうために白百合とは途中で別れて、新学年である5年のクラスに行ったところで、見知った顔が俺を待ち受けていた。


「蓮。お前すごい目立ってたな」


 …………。

 白百合のことばっか考えてて蒼梧のこと忘れてたわー……。

 どうやら今学年は、蒼梧と同じクラスになるらしいです。


 どうしよ。

 原作のエピソード前に、この二人、エンカウントさせちゃっていいの?

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