第5話 継母の暗躍を阻止する
それは、ある休日のことだった。
廊下を歩いていた俺は、パシン! と言う、何かを叩くような音を聞きつけ、何事だと思い、音のする方に向かって歩いていった。
するとそこには、頬を押さえた白百合と、それに向かい合うように並び立つ、菊華と継母の姿があった。
「何事ですか?」
すかさず立ち入り、俺がそこにいる三人に向かって尋ねると。
継母が「蓮様……!」と俺の登場に
継母は普段、俺のことを『蓮様』と呼ぶ。
俺は嫡男だし、西園寺家の後継者で。
しかも白虎を召喚した天才少年だ。
この先、父に何かあった時、この家の全権はほぼ間違いなく俺に渡る。
そういうことも理由のひとつなのだろうが、継母の俺に対する態度はいつも、どこか媚びているような印象が見え隠れしているなあとひっそりと思っていた。
「白百合。何があったの?」
「……」
そう言って、答えようとしない継母と菊華を一旦無視して、俺は赤らめた頬を抑える白百合に尋ねたが。
尋ねられた白百合の方はというと、俺と継母を交互に見て、そのまま気弱そうに口を
白百合が答えないことを見て、継母は、彼女を愚鈍な娘だと思ったのだろう。
自分に分があると言わんばかりに、しれっとした様子で俺に言葉を返してきた。
「白百合が……、菊華と遊んでいましたので、
確かに、見ると足元には人形遊びをしていた形跡があった。
「……
「西園寺家の者として、遊んでいる暇があったら勉強なさいと言ったのです。ですが白百合が、遊びも勉強になるから、と口答えしたので……」
「白百合に遊びも勉強になると教えたのは僕です。それで、僕の教えを守っている白百合を早苗さんが叱責するのは、筋が通っていないのではないですか?」
「……!」
早苗さん、と言うのは継母の名である。
子供は、遊ぶことで感受性や想像力が磨かれると俺は思っている。
勉強も大事だが、勉強だけでは得られないものが遊びにはある。
それに、菊華と白百合が遊びを通じて仲良くなってくれれば、それに越したことはないと思っていた。
だから俺は、二人には「自由時間にはふたりで遊んでごらん。ふたりで楽しめるようにね」と日頃から教えていたのだ。
「ふたりの教育係は僕です。少なくとも、早苗さんが直に叱責する前に、僕に相談してもらいたかったですね」
それに、僕らは西園寺家直系の人間ですが、あなたは違いますよね――?
と。
少々言い過ぎかとは思ったが、その為に俺は、父に【妹たちの教育係】という立場を認めさせたわけだし、俺の意向を無視して早苗さんが制裁を加えるのは越権行為だ。
そして重ねていった通り、俺たちは西園寺家直系の血筋だが、早苗さんはそうじゃない。
継母にとっての実の娘である菊華を叱責するだけならまだしも、僕の実の妹である白百合にまで手を出すのなら、僕も黙っていませんよ――、と。
無言の圧力をかける。
そうして。
数秒の緊迫した時間の後に。
悔しそうに顔を歪めた継母が「……出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでしたわ」と言って去っていった。
去り際に「チッ……!」と小さく、聞こえるか聞こえないかの舌打ちをしながら。
いやー! バッチリ聞こえたけどね!
わー! こわーい!
ザ・継母って感じだね!
◇
とまあ、そんなやりとりがあった後。
その後、早苗さんが白百合と菊華のことについて口を挟んでくることは無くなったのだが。
白百合にも「もし早苗さんから何か嫌なことをされたりしたら、黙っていないでまず僕に教えてね」と保険をかけておき、今のところは特に白百合からは何も報告は受けていないので、とりあえずのところは大人しくしているのだろうと思っていた。
しかしなあ……。
最近、ちょっと心配なのは。
継母の、菊華に対する負の刷り込みである。
現状、日中目の届く時間は、菊華を近くに置いて様子を見ることもできるし、「おや?」と思ったことは
菊華と共に
……うーん……。
と、そう、いろいろ考え抜いた後。
「
そう言ってある夜、一応念の為と思い、白虎に姿を消させてふたりの様子を見に行かせたのだが。
『いやあー、アレはダメにゃあね……』
一体、なんの呪いをかけてるのかと思ったにゃあ、と。
白虎がドン引きしながら帰ってきたので、あ、これはほんとにダメなやつだと思った。
聞くと、やっぱり俺が心配していた通り、どうやら継母は夜毎菊華に向かって【白百合を蹴落とし、俺を
その話を聞いた俺は、手間賃として白虎に昼間作っておいた手作りのささみジャーキーを与えながら『早いうちになんとか手を打たなければ』と思ったのだった。
◇
「――子供部屋を離れに?」
「はい」
翌日、
「僕も白百合も個室を与えられていますし、どうせなのでこの機に離れの空き部屋を子供部屋として、三人で移れたらと」
西園寺家の
主に客間として使われていたその部屋を、子供部屋として使わせてもらえないかと父に頼み出たのだ。
「まあ……。蓮様の意識の高さには感服いたしますけれど……、菊華はまだ4歳ですのに」
そう言って継母が、いかにも幼い娘と離されるのは寂しくてしょうがない、という表情を作って見せるが『いやそもそもコレ、
「菊華がどうしても寂しいと言うなら、夜中でも僕が早苗さんのところまで送って差し上げますよ。でもまずは、自立するということを徐々に覚えていく事が大切だと思いますので」
そう言って、俺は継母に向かってにっこりと笑いかけた後、「菊華も、もし辛いと思ったら無理しなくていいからね」と菊華に向かっても安心させるように微笑みかける。
「はい……」
と答えた姿が、どこかほっとしたように見えたのは、僕の邪推なのだろうか。
視界の端で、継母が面白くなさそうに顔を
「どうでしょうか、お父様」
「うむ。蓮がそこまで言うのなら」
子供たちの自主性に、任せてみようか――と。
父からの承諾の意を受け取り。
あーよかった!
勝利! 勝利! 大勝利!!
父の隣で早苗さんが悔しそうな顔をしていたが、公の場だったのですぐに取り繕い「……さすがは蓮様ですわね」と賛同するような言葉をかけてみせた。
はー、とりあえずこれで、菊華に余計な入れ知恵をされる心配は少し減ったかな……。
と、そう思ったのだが。
◇
想定外の出来事が起こったのは、その夜のことだ。
「れんにいさま……」
きっか、ひとりでねうのがこあくて、いっちょにねてもいい――? と。
ぬいぐるみを抱えた菊華が、僕の部屋に静かに訪れたのだった。
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