第4話 初めてのプリン

 翌日。

 幼稚園から帰ってきた菊華を僕の部屋に呼び出し、ふたり正座で向かい合う。


「菊華。これからは僕が、君の教育を見ることになった」

「ふぁい……!」

「とは言っても、勉強を教えるだけじゃない。僕はね、西園寺家としての心構えを、君に学んでもらいたいんだ」


 俺の言葉に、菊華は神妙な面持ちでふんふんと首を縦に振る。


「わからないことや、疑問に思ったことはすぐに聞いてくれていい。必要だったら勉強も僕が見る」


 菊華に「返事は?」と聞くと、緊張した様子で「ふぁい!」と返事する。

 この頃の菊華はまだ、西園寺家にも慣れていないし、この家でうまくやっていこうとしている時期だ。

 根幹からの思考形成をするなら今……!

 今しかない……!

 

 そう思って改めて菊華と向かい合ってみると、当たり前だけどまだ、あどけない普通の4歳の女の子なわけで。

 悪役令嬢の『あ』の字もない。

 

 先日も言ったが、通常、異能の力が覚醒するのは10歳前後。

 菊華は確か、8歳で能力を開花させたのだったと思う。

 そこからだ。原作での菊華の、白百合への態度がエスカレートしていったのは。

 異能の力に目覚めた自分に対して、いつまでも顕現する気配のない姉を、年を重ねるごとに虐げるようになる。

 

 差し当たっての目標は、それまでに姉妹仲を良好な状態へと持っていくこと!

 理想としては、白百合に異能が顕現しなくても、菊華が白百合をちゃんと思いやり、姉を労われる優しい子になってくれること!


 ラブ、アンド、ピース!

 ラブ、アンド、シスター!


 美しい姉妹愛は我が家を、ひいては俺の未来を救うのである!

 そんなことを思っていたら、トントンと、誰かが俺の部屋をノックする音がした。


「はい」

「……白百合です」

「ありがとう白百合。入っていいよ」

 

 来たか。

 俺が入室を促すと、お茶とおやつを乗せたお盆を持った白百合が、しずしずと室内に入ってくる。

 白百合の乱入に、菊華は微かに抵抗のようなものを見せる。


 まあね……、そうだよね。

 まだ今の菊華は、継母に『義姉を排除しろ』って刷り込みされてる時だもんね……。


 だがしかし。

 俺の手前もあるのだろう。

 菊華は白百合が室内に入ってきても、特段何も言葉を発することなく、黙ってことの成り行きを見ているようだった。


「お菓子とお茶はテーブルに置いて。それから、白百合もここに座って」

「……」


 そう言われた白百合は、俺が指し示した、ちょうどこちらの向かい側――、つまり、菊華の隣に並ぶようにして座った。


「菊華。今日僕が教えることはね、三人で仲良くおやつを食べることだ」

「え……」


 俺の言葉に、菊華が小さく声を漏らす。

 おやつをたべることのなにが、おしえになるの――?

 という疑問が頭を渦巻いているのだろう。

 多分。


「これはね、僕のとっておきのおやつだ」


 言いながら、二人の前に、白百合に持って来てもらったおやつをずい、と差し出す。


「僕が作った」

 

 ――お手製の、カスタードプリン。


 厨房に行って、西園寺家お抱えの料理人に頼んで台所を貸してもらい、昨日の夜のうちに仕込んでおいた。

 前世でもよく、妹が俺が作るお菓子が好きで、よく作ってくれとせがまれたものだ。

 その中でもこのカスタードプリンは、特に妹がお気に入りで、よく作らされたものだった。


「えっと……。別に、ただおやつを食べるだけだったら、僕が作る必要もないし、うちの料理人が作ったものを各々が食べればいいだけなんだけど」

「……」

「でも僕はそうしなかった。なんでだと思う?」


 俺の質問に、菊華と白百合は互いにちら、と顔を見合わせ、やがておずおずと菊華が口を開く。


「……いっしょにたべたほうが、おいちいから?」

「そうだね、それもある」


 でもね――と。

 俺は様子を伺っている菊華と、よくわからないという顔をしている白百合に向かって、にこにこと言葉を続けた。


「でも、それだけじゃない。僕はふたりに、僕が美味しいって思うものを食べさせてあげたかったし、そのために、ふたりのために作ってあげたいなって思って作った。それは、僕が白百合と菊華のことが好きだからだよ」


 お菓子を前に滔々とうとうと語る俺の言葉を、二人は神妙な面持ちでうなづきながら聞いてくれる。


「そうして、いつか二人にも好きな食べ物とか、おいしいって思うものが見つかった時、僕に教えてくれたら嬉しいな。そうしたら、一人で探すよりたくさんのものを見つけることができるだろう? 僕はそうやって、おやつのことだけじゃ無く、兄妹三人でいろんなことを教え合い分かち合って、この西園寺家を支えて行けたらいいなって思ってるんだ」


 持っているものを奪い合う兄弟ではなく、各々が得たものを分けあい、分かち合うことで発展させていきたい――。

 なぜならば、俺たちが本当に戦わなければいけないのは、家の内ではなく外にあるのだ。

 とは言えこれは、西園寺家の考え方、と言うより俺の願望なんだけど。


 まあ、西園寺家の教えとかその辺についてはおいおいでいいだろう。

 それよりも先に、この妹たちの関係性を良好にしないと、西園寺家自体がなくなっちゃうからね!


「今すぐに全部わかってとは言わない。でもそれが、僕がふたりにのぞむことだよ」


 ――と。

 わかった? と俺が尋ねたことに対して「あい……」「はい、兄様」と、各々が俺に向かって答えを返してくる。


「よし。それじゃあ今日は、とりあえず三人でおやつを食べよう」


 いつまでも話ばかりしていても、お茶が冷めてしまうし。

 いい加減なところで話を切り上げて、俺は白百合が持って来てくれたお茶とおやつを二人に配った。


 たどたどしい手つきでスプーンを握る菊華を見ながら、俺が「菊華、美味しい?」と聞くと、「はい、すごくおいちい、です!」とにっこりと笑った。


 うんうん。

 やはり。悪役令嬢は1日にして成らずなのだ。

 日々蓄積されたものがあったがゆえの悪役令嬢そしてドアマットヒロインなのだ。

 子供の頃はこんなに純心で可愛いのに、原作者の無慈悲な境遇設定により、歪められた人生を歩み歪んだ未来へと進んでいってしまうのだ……。(涙)


 そんなことを思いながら、三人で仲良くおやつを平らげて。

 

 ――そうして、今日の一番の変化は。

 その後、白百合が菊華に歩み寄ったことだった。


 隣でおやつをぱくぱくと食べる菊華を見ていた白百合が、どこか意を結した様子で「……菊華ちゃん、おてて、つないでいい?」と切り出したのだ。

「……なんで?」と切り返した菊華に、白百合は「……妹ができて嬉しいし、菊華ちゃんとなかよくなりたいから……」と。


 ……は?

 ……なん? これ? 可愛すぎんか?


 幼女二人が歩み寄ろうとしているのを目の当たりにした俺は(別に幼女趣味とかはないつもりだ!)、そのやりとりの可愛さに内心で悶絶した。


 やがて「……あい」と、自分と手を繋ぐことを白百合に許可した菊華だったが、嬉しそうに手を繋いだ後、ちょっと調子に乗って菊華をなでなでしはじめた白百合と。


 それをまんざらでもなさそうな、でも素直に嬉しいと表情に出せない菊華のやりとりが。


 俺的には「はい! 可愛い! 尊み深い!」だったことは言うまでもない。


 繰り返し言うが、断じて少女趣味などないのだ。

 絶対に、ないんだからな……!!

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