第21話 何かを変えたいと思っているから、
「そして、私はそれ以降、中学校に一度も行くことはなくそのまま中学校を卒業した」
日向は最後にそう付け足して過去に同じように倒れた話を月島にし終えた。
「高校でもそんなことがあったの」
「別に高校ではこんなことはなかった。でも、無意識のうちに視線とか声とかを感じちゃって、やっぱり高校にいっても何も変わらなかった」
「そっか・・・。でも、そんな中で何で僕なんかに告白なんてしたの」
「『僕なんて』って、相変わらず卑屈だな~。君を初めて見たのは新学期の四月。いつものように保健室から帰ろうとしたら、実力テストの順位表を見ている君がいた。周りの皆はお互いの順位でも盛り上がってる中、君は一番右に書かれた一番とその下に書かれた名前を見てすぐに立ち去っていった。その時、すごく変だと思った。」
「変・・・ね・・・」
「何かごめんね。別に変な意味はないよ」
「その他に意味はないと思うけど・・・」
「それと同時に思ったの。この人は私とどこか似ているって」
「似ている?」
「そう。だから、私が告白すれば簡単にOKの返事がもらえて、私の中にある寂しさを埋めてくれるって。たぶんこの寂しさが私の胸の痛みの原因。そして、これが、私が君に告白した理由。最低だよね」
月島は、日向の説明を聞いて何も返すことができなかった。
確かに彼女が言ってるように彼女の行いは決して褒められてものではないだろう。でも、それだけでは片付けられることではない。彼女にとって誰かのとの時間は必要なものであったし。月島にとっても彼女との時間はかけがえのないものであった。
「だからさ、もう私たち会うのは止めよう」
「それとこれは関係ないんじゃ」
「関係大ありだよ。君にとっても、私にとっても一緒にいるメリットがないよ。君は、私みたいな最低な女に会わない方がいいよ」
「・・・」
月島はまたしても何も言葉を返すことができなかった。
「ごめんね。私ってやっぱり最低だね。これまでたくさん付き合ってもらったのに。」
二人の間に沈黙が流れる。そして、しばらくして彼女が口を開いた」
「でも、きっと大丈夫だよ。君には面白い友達がたくさんいるし、君自身も私の想像なんか遥かに超えるすごい子なんだから。だからさ・・・。今ここで、お別れをしようよ。」
そういって無理やり笑顔を作る彼女の目にはうっすらと涙が見えた。
「ありがとう。月島くん。君と過ごした時間は嘘偽りなく楽しかったよ」
月島は息を飲んだ。そして、しばらくして月島は日向に告げた。
「・・・嘘だ。君が最低だっていうことも、さみしさが君を苦しめる胸の痛みの原因だってことも」
「えっ・・・」
日向は驚いたのか顔をはっとさせた。
「だって、本当にさみしさが君の胸の痛みの原因なんだったら、今朝、屋上で会うまでの間、ずっと君の胸の痛みを感じているだろうし、今だってそうだよ」
「・・・。それは君の思い過ごしだよ。私はね、君が思っているよりも正確の悪い女
なんだよ」
「いや、違う」
「じゃあ、だったらそれ以外に何が原因だって言うの」
「誰かを傷つけてしまうことじゃないのかな。」
日向は、月島の言葉を聞いて俯いた。月島は、その日向の表情を見ると少し笑っているようにも見えた。しかし、実際には、彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。彼女はそれを必死に止めようとするが、そんな彼女の意思に反して、涙がどんどん彼女の頬を伝っていく。
「そんなことずっと前から分かってた。私は私の周りの人を傷つけてしまう。君だってそうだよ。君と一緒にいたいと思えば思うほど、私は君を傷つけてしまう」
彼女は悲しそうに言葉をこぼした。そんな彼女の言葉に対して月島は妙に納得して答えた。
「やっぱり、そうだったんだね」
「えっ?」
日向は涙を流し続ける日向を他所に、月島は突然、頭を下げた。当然の月島の行動に日向は困惑した様子だった。
「日向さん、ごめん」
「な、なんで君が謝るの?」
日向は急に頭をさげた月島に唖然として驚いた。そして、月島は顔を上げて話を続ける。
「月島さんが僕の前から急にいなくなったのって、僕のせいなんじゃないかな」
「えっ?」
「だって、最後に花火を見た日、君が妙に元気がなかったのって、僕の胸の痛みの原因が人の視線だっていうことに気づいたからなんじゃないかな。だから優しい君は僕を傷つけないために僕から離れた。違うかな」
「そうだけど。そうじゃない・・・。全部私のせい。私が変に目立つから。私が皆と同じようにすると、私がありのままでいようとすると、また君の事を傷つけてしまう。だから、全部私のせい。私といると誰を傷つけてしまう・・・。だから、私だけは皆と違う」
「別にそれは君のせいじゃなくて、・・・僕のせいだよ」
「違うよ」
「違くない」
そんな押し問答が続くと、根をあげたのか彼女は切り口を変える。
「何で、君は私にそこまで構うの」
「そ、それは」
月島は口ごもる。
ずっと言おうと思っていた言葉なのに、言いたかった言葉なのに、頭に浮かんでいるのに口にすることができない。恥ずかしさなのか。この感情をどう表現したらいいか分からない。初めての感情だから。
月島は、ひと呼吸おいて、少し頬を赤らめ彼女に伝える。
「君が好きだから」
日向は、それを聞いて、驚いた表情を見せる。そして、しばらくして恥ずかしそうに俯いた。
「ちょっと、何言ってるか分からない。全然そんなこと言う雰囲気じゃなかったのに」
彼女は不自然に、ぎこちない声でそう答えた。
「ずっと前から言いたかったから」
月島は、恥ずかしそうに日向にそう告げる。
「でも、そんなの理由になってないよ」
「なってる。その思いだけでここまで来たんだから」
月島の言葉を聞いて月島はますます恥ずかしくなるのを隠すように、下を向く。
「でも、私が君といると君を傷つけてしまう」
「例え、僕が傷つくことになっても、それ以上に僕は君に側にいて欲しい」
「でも・・・」
言葉を詰まらせる日向に対し、月島は、優しく、ゆっくりと彼女に告げた。
「僕は、どんなに傷づくことよりも、君が側にいないことが一番つらいんだ。だから、これはお願いなんだ。僕のそばにいてください」
「ずるいよ。そんな言い方・・・。それに、そう言われても、私は君みたいに前に進めないし、何かを変えたいとも思わない。・・・」
「本当に?」
「本当だよ」
「・・・でも、何かを変えたいと思ったから、君は僕に声をかけたんじゃないのかな」
日向は黙ったままだったが、彼女の瞳から流れる涙がそうだと言っていた。
「別に急がなくもいいんだよ。ゆっくり、ゆっくり進んでいけばいいんだよ。だから、僕の前ではありままの君でいて欲しいんだ」
「でも・・・。できる気がしないよ。だって、今も、少し胸が痛い。変な感じがするの。あの時とは違う、知らない痛み」
「僕も感じる。今まで感じたことのないような痛み。でも、なんとなく分かるんだ。この胸の痛みはきっと、何かを変えたいと思っているから、前に進もうと思っているからこの胸は痛むんだと思う。だから、一緒にゆっくりと進んでいこう」
月島はそう言って、日向に手を差し伸べた。
日向は、しばらく経って、月島の差し伸べた両手で取ろうとするが、軽く握っただけで、どこかためらっているようだった。
「できるのかなぁ、今からでも」
そう呟く日向の手を月島はもう片方の手で覆うように握って月島は微笑んだ。そして少し照れ臭そうに答えた。
「できるよ。きっと」
日向はそんな月島の言葉に答えるようにもう片方の手で月島の手を握った。
「うん」
二人は両手を繋ぎ見つめ合う。何も言わなかった。そもそも、これ以上の言葉はお互いにいらなかった。
しばらく見つめ合った二人は、しばらく経って、ふとした時に羞恥心に気づき首を横に傾けて目線をそらした。
月島は、我に返ると、全身の感覚がこれまでなくて、それが今戻って来たかのような不思議な感覚を受けた。顔が少し熱くなっているのを感じる。全身の脈が波打ち、それが心臓に伝っていく。そんな血の流れを繊細に感じた。
心臓がバクバクと鼓動を打つ。
僕は今まで知らなかった。ドキドキするという感情を。
胸の鼓動はただ、嫌な記憶を想起させるものでしかなかったから。
僕は知らなかった。
皆が部活の試合、勝ち負けの瀬戸際で感じる胸の鼓動を。
告白がうまくいくか不安で感じる胸の高鳴りを。
そんな青春のひと時に感じる胸の痛みを。
でも、それが今なら何となくわかる気がした。
そんな思考に頭を取られている月島を他所に、まだ頬を赤らめているものの日向は視線を月島の方へ戻した。月島はそんな彼女の視線に気づき、ゆっくりと彼女の方へ視線を戻すと、彼女は静かに目を閉じた。
月島は、悟った。彼女が何を求め、自分が何をすべきか。困惑しながらも月島は、覚悟を決め、日向の方へ顔を近づけた。
しかし、月島の体は月島の思うようには動かなかった。朦朧とする意識の中で、何とか体を踏ん張ろうとするが、体が言う事を聞かない。月島の顔は、日向の顔の横をすり抜け、月島はそのまま意識を失って倒れた。
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