第19話 走れ!!
午前九時。学校の前に止まっていた救急車が去った。窓からその様子を見ていた野次馬たちのうち半分くらいが教室の中でもその話をして、残りの半分は何時間目から授業が再開するのかという話をしている。
月島は、事情を聴かれたのち、一時的に教室に戻る形となった。
まさか、自分意外にも、それも日向に例の心臓の症状が現れるなんて、月島は思いもしていなかった。しかし、あの時の彼女の一連の苦しみ方は月島が経験したのもそのものだった。
月島は彼女が救急車に運ばれた後、保健室の先生とした話を思い出す。
「日向さんが学校にあまり来ていなかったことは知っている?」
「なんとなくは察していましたけど、実際にそういう話を聞くのは初めてです」
「そう・・・。実際には、学校には結構来ていたの。彼女すごく真面目だから。でも、一年生の夏休み前にはそのほとんどを保健室で過ごすようになったの」
「何か原因とかはあるんですか」
「詳しいことは私にも話してくれなかった。でも、彼女すごく可愛いし、そういう悩みもあったんだと思う」
「そうですか・・・。それで、学校側は何か言わなかったんですか。変な意味じゃなくて単位の問題とかもあるし」
「最初の方は、先生たちも特に何も言わなかったわ。彼女一年生の時は定期テストで学年一位だったし、今でもテストでは常に学年のトップテンには入ってる。だから、先生たちも変に刺激しないようにそっとしておいたの。でも最近はそうも言っていられなくなったの。成績の方は良くても、出席日数の方が足りなくなってきて、現状ふつうに卒業は難しいって話なの」
「そうですか・・・」
「ごめんなさいね。ここまで君に話す必要はなかったわよね」
「いえ、そんなことないです。むしろ、ありがとうございます」
「なんか、君なら彼女を変えてくれる気がするの」
「僕にはそんな力ないですよ。実際、これまで彼女に助けてもらってばっかりで僕は何もできていない」
「でも、彼女が少しずつ変わってきているのは事実よ。実際、彼女は新学期から根暗だけど面白い子の話をよくするようになったの。」
「そうですか・・・」
「君のことでしょ」
「そう見えます?」
「ごめんなさいね。客観的にそう考えただけだから気にしにしないで」
「フォローになってないですけど・・・」
「まぁ、そんなことは置いておいて」
「そんなこと・・・」
「お願い。彼女のそばにいてあげて」
「さっき、断られたばっかりなんですけど」
「上辺ではそう言っていても、彼女は誰かとの時間を求めていると思うの」
「誰か・・・。その誰かが僕だと思いますか」
「どうだろう。でも、今君と話してみて、その誰かが君であればいいと私は思った」
「ありがとうございます。じゃあ、そろそろ行きますね」
「こちらこそ。何かあったらまた来てね」
―彼女にとっての「誰か」。その誰かに僕はふさわしいのか。
月島は、保健室の先生と話したことについて考えた。
だが、それ以上に月島にとって、今心配なのは彼女の容態だ。月島も同じような経験があるため、大事にはいたらないと考えられるが、日向は女の子だ。体への影響は月島以上に大きいだろう。また、精神面についても何かしらの影響はあるだろう。
月島は教室の自分の席で一人頭を抱える。
もうすぐ一時間目が終わろうというところだが、まだ、教室の黒板は自習と書かれたままである。どうやら事態は月島の思っていたより大事になっているようだ。
クラスメイトたちも、今日が休校になるのではないかと盛り上げっている。そんなクラスメイト達をよそに佐藤と真梨花は心配そうに月島を見つめる。
「月島・・・、大丈夫か」
「ああ、大丈夫。それより、さっきは先生を呼んできてくれてありがとう」
「気にすんな。よんでくれたらいつでも行くからな」
「ああ、ありがとう」
佐藤は、月島が素直にお礼を言ってきたことに少し驚きながらも、いつもより頼もしい顔でグーと親指を立てて応えた。
「もしかして、屋上の美人さんが日向さんか。いや、日向先輩か。それでさ・・・」
「うん・・・」
月島は、「日向」という言葉を聞いて、急に現実に戻されたように目線を落とす。
すると、月島と佐藤が話す後ろから真梨花が佐藤の背後に迫まる。
「今、その日向先輩の話しないほうがいいでしょ。光も落ち込んでるし・・・。」
「いや、でもとっておきの情報が・・・」
そう、佐藤が話を続けようとしたところで、担任の先生が教室に入ってきた。
「お前ら~座れ~」
担任がそういうと、今までしゃべりこんでいたクラスメイトたちが一斉に自分の席に座っていく。少しざわついていたが、担任は少し声を張って説明をする。
「知っている人もいると思うが、生徒の一人が倒れて病院に運ばれた。大事にはいたっていないそうだ。授業も二時間目から通常通り再開するぞ。」
担任が授業の再開を告げるとクラス中から「えー」という落胆の声が広がった。担任はそうした生徒たちの声を受け流し、連絡事項を説明していく。
担任がいつもどおり連絡事項を説明し始めると、月島の前の席の佐藤が小声で月島に話しかけてきた。
「さっきの話の続きだけどさー、月島は日向さんが気になるか」
「まぁ、多少は」
月島の答えを聞き、佐藤は、固い表情で改めて尋ねる。
「本当か?」
月島は、佐藤の今まで見せなてこなかった真剣な眼差しに驚き、顔を上げる。
「いや、嘘。・・・気になる」
月島の言葉を聞き、表情を柔らかく直し月島に応える。
「そうか、じゃあとっておきの情報だ。さっき、サッカー部のやつから聞いたんだけど、日向先輩は近くの光が丘第一病院に運ばれたらしい。今なら、会えるんじゃないか」
「いや、今からって。もう授業始まるけど」
月島の言葉を聞くと佐藤は、何かをたくらんだようないたずら心に満ちた笑みをニヤリと浮かべる。
「とっておきの秘策がある」
佐藤はそういうと、クラス中に聞こえるような声で担任に宣言する。
「すみません。トイレ行ってきます」
佐藤はそう言うと、席を立ち、席と席の間をゆっくりと歩いていく。
先生の前を通りすぎ、ドアを開けようとした時だった。
「おい、佐藤。トイレにしては随分ゆっくり歩くんだな」
担任がそう指摘すると、佐藤はぎくりと肩を上げ、後ろを振り返る。
「そ、それは・・・」
教室中の全員が息をのんだ。
「今日発売の新作フィギュアをあるので、早退します」
佐藤はそう宣言すると、急いでドアを開け、廊下をダッシュで駆けて行った。
その様子を見て担任は、「おい、待て。」と叫び、佐藤の後を追って、教室を出ていった。
その一連の様子を見て、教室に一瞬の静寂が訪れたが、それもすぐに持たなくなり、月島と真梨花を除いて、その場にいた全員が一斉に声を上げ始めた。
「あいつやべーよ」
「こんどこそ休校じゃない」
「さすがだな佐藤」
騒然とした教室の中で月島が呆気にとられていると、横から真梨花が月島に声をかける。
「ほら、今だよ」
「今って?」
「会いに行くんでしょ」
月島は、実際分かっていた。佐藤が、気を使って担任の気を引いてくれたことを。真梨花も、気を使って、こう言ってくれていることも。でも、まだ覚悟がなかった。屋上で言われた「もう会わないで」という言葉が引っ掛かっていた。
しかし、それは言い訳に過ぎなかった。また彼女に拒絶されることを恐れているに過ぎなかった。
「・・・。行ってくる」
月島は決心をして、立ち上がった。
「あと、マドレーヌありがとう」
月島は、真梨花にそう言い残して、そのまま教室の扉を開け、廊下を走っていった。
クラス中がまた静まり返り、月島に注目する。その後、また一斉に声が上がる。
「おいおい、あいつどうしたんだよ」
「今日は変なことばっかり」
「もう休校でいいんじゃない」
一方、真梨花はただ遠ざかっていく月島の背中を見つめた。
「頑張って、光」
月島は、廊下を走っていって、階段をおり、下駄箱へ向かっていく。
何か、おかしな気分だ。
高校に入学する前は、ただただ平凡な日々を何事もなく過ごす予定だった。しかし、今はこのあり様である。一人の女の子にただ会うために学校を放り出して走っている。
非日常による謎の高揚感と彼女の容態を心配する焦燥感が入り混じって変な感情になりながらも月島は外履きに履き替える。そして、曇天の空の下、徒歩十五分圏内にある病院へと走っていく。
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