第18話 屋上と雨

 月島はカーテンを開け、晴れ間を確認すると、いつも通り、朝少し早く登校した。そう、いつも通り。ただ、今日という日が本当にいつも通りに過ぎてしまっては困る。


 月島は、自分の論理的にぐちゃぐちゃな推論を確かめに学校へ向かった。学校へ着くと、一目散に階段を駆け上がる。月島は、そのまま二年生の教室がある三階をもすっ飛ばしてさらにもう二つ上を目指して駆けあがる。


 その道中、階段を一歩、一歩上っていくたび何か不思議な感じがした。四月にこの階段を上った時と同じような不思議な感覚だが、少し違う。心臓の鼓動が高まっていくような感覚。かといって、以前、倒れそうになった時ともまた違う感覚である。


 目的の場所の扉の前に立つと、月島は深く息を吐いた。月島は、覚悟を決め、彼女と初めて会った屋上の扉を開けた。



 月島が扉を開けると、艶やかな髪を靡かせる一人の美少女が振り返った。


 はじめてこの屋上に来た時に、出会った美少女と同じ女の子だった。だた、その表情だけは違った。日向は、微笑みをその表情にこぼしてはいるが、月島から見ても明らかに物憂げな表情を隠すように無理やりベールを取り付けているだけの微笑みだった。


「来ちゃったんだね」


 月島は、彼女の存在を確認して一瞬、安堵したが、彼女の表情から彼女の心情を何となく察した。


「やっと会えた・・・。でもその調子じゃ、望まない再会だったようだけど・・・。

 日向さん・・・、いや日向先輩」


 日向は、月島に方に背を向け、曇天の曇り空をただ見つめる。


「気づいてか・・・。あと先輩はつけなくていいよ」


「前から気づいていたわけじゃないよ。ほんの昨日までは本当に同級生だと思ってた」


「じゃあ、どうして気づいたの」


「ここ最近会えてなかったから、昨日、教室にいってみたら日向さんの名前がなくて・・・。本当に焦ったよ。それで、いろいろ考えていたら、偶然日向さんと初めて会った日のことを思い出したんだ。そういえば、学年までは言ってなかったなって」


「すごいね。なんか怖いくらいだよ」


「それについてはなんと言ったらいいか・・・」


「でも、どうして私がここにいるってわかったの」


「それは・・・。おかしいと思ったんだ」


「おかしいって?」


「日向さんみたいにかわいい子がいつも一人でいるのが。つまり、日向さんは何らかの事情で一人にならざるを得なくて、そんな場所に日向さんはいるって。そんなところ僕はこの屋上くらいしか思いつかなった」


「学校なら、一人に鳴れる場所くらい他にいくつでもある気がするけど・・・」


「まぁ、ひとつ付け足すとすると、僕が日向さんに合う日は決まって雨が降らない日だったから、もしかしたら雨の日にはいられない場所なのかなって」


「すごいね。月島くん。探偵にでもなった方が良いんじゃない?」


「残念ながら、僕はこう見えて現実主義者だから、そんな推理いつもならできないよ」


「そういう割には、妄想たくましいと思うけど・・・」


 日向は、月島の方を振り向いて呆れたような微笑みを見せた。そして、続けて口を開いた。


「心配かけちゃたね」


「そんなこと気にしてないよ。それより・・・」


 月島が続けて話そうとすると、日向がそれを遮るように月島に告げる。


「でも、ごめんね」


「えっ」


 月島は驚いて日向の方を見つめる。


「もうこれで最後にしよう」


「最後?」


「うん。・・・最後。私たちはもう会わない方が良いよ」


「なんで」


「なんでもだよ。ほら、ホームルーム始まるよ」


 彼女は俯きながら、フェンスの方へ一歩ずつゆっくりと向かっていく。


 月島は少しずつ離れていく日向の制服の袖をつかむ。


「待って」


 月島は声を強く張った。それに応じるように彼女も声色を変え、声を強く張る。


「離して。お願い」


 今まで月島が聞いたことのない声だった。お腹の奥底から出た彼女の見えない、いや、見せてこなかった部分が曝け出るような心の叫びだった。日向は月島の腕を振り解こうと腕を左右に振るが、月島も彼女を離さないよう今度は彼女の腕をつかむ。そして、そのままは日向に告げる。


「僕は君に・・・」


 その時だった。


 彼女は急に、自分の制服の胸のあたりをつかみ苦しみだした。どんどん息が荒くなっていく。


「日向さん・・・大丈夫」


 日向は、月島の呼びかけが全く聞こえておらず、さらに息を荒げていく。


「日向さん・・・、日向さん」


 月島も声を荒げ何とか意思疎通を図ろうとするが、日向の反応がない。


 ―だめだ。意識がない。


 月島は、急いでポケットから携帯電話を取り出し、一一九の数字をダイヤルに入れる。

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