第16話 彼女が消えた日
長い、長い一か月の夏休みが明けて二週間、日向は月島の前に姿を現さなかった。
月島は、朝一番の誰もいない教室に入り、カバンを自分の席において座る。
月島は、日向が姿を現さなかったことを少し気にしながらも、神出鬼没で放課後に気まぐれにしか現れない彼女のことだからと、日向について深刻には考えてなかった。
でも、彼女はどうして放課後に、それも気まぐれにしか月島の前に姿を現さないのだろう。
月島がそんな物思いにふけっていると、真梨花が二番目に教室に入ってくる。
「おはよう。光は相変わらず早いんだね」
「真梨花こそ、今日はやけに早くない?」
「なんか、早く起きちゃたから早く来ただけ」
「そっか」
真梨花も月島の隣の自分の席にカバンを置き、続けて教科書やペンケースを机に入れる。一通りの支度を終えると、真梨花が月島を見て首をかしげる。
「光って、何か変わった?」
「前も言ったけど、別に何も変わってない」
「そうかな。別に、私は昔と比べて言ってるわけでもないけどね」
「どういうこと」
「さぁ、どういう事だろうね」
「『さぁ』って、自分で言ったことなのに」
月島の言葉に対して、真梨花は意地の悪い笑みを見せて返した。
そんな真梨花を見て、月島が不満そうな表情で呆れていると、真梨花はカバンの中をごぞごぞと探っていく。
「ねえ、お菓子食べる?」
真梨花は例のごとく、マドレーヌの入ったオシャレな箱を机において、月島に尋ねた。
「いや、朝食べたから大丈夫?」
「私も朝食食べてきたんだけど・・・」
「ええ・・・」
「ちょっと、そんな顔をしないでよ。スイーツは別なの!スイーツは別なの!」
「そんな、二回も言わなくても・・・」
月島は、両手をぎゅっと握って強く主張する真梨花に対して、両手で落ち着くようにジェスチャーをして促す。
月島と真梨花がそんなやりとりをしていると、朝練を終えた佐藤が疲れた表情で教室に入る。
「ふぁ~。疲れた。月島おはよー。南さんもおはよー。おっ、またなんか美味しそうなのたべてるな~。」
「佐藤くんも食べる?」
「えっ、いいの?」
「うん。誰かさんはいらないみたいだから」
月島は真梨花のギラリとした視線にギクッとして身を屈める。
佐藤は、そんな月島と真梨花の無言のやりとりを見て、ニヤリとして真梨花に返す。
「じゃあ、お言葉に甘えて。でも、大丈夫なの。朝からこんなカロリーありそうなもの食べて」
こんな場面、前にも見たことある気がする。月島はそんなことを思いながら、横目で二人のやりとりをみる。
佐藤の言葉を受けて、真梨花は眉間にしわを寄せながらも、ぎこちない微笑を浮かべて反論する。
「お気遣いありがとう。でも、カロリーのあるものは朝食べた方が消化効率がいいの。それに、あんまり意地悪言っていると今にでも底値につきそうな佐藤くんの株がもっと下がることになるよ」
「ありがとう。また、高値に戻せるように努力するよ」
「頑張って。でも、私は損切りするから関係ないけど。これはお預けね」
「うそうそ、冗談、冗談だから待って」
佐藤は、真梨花がマドレーヌの箱をカバンに戻すの見て慌てて弁明する。
そんなやりとりをしながらも、真梨花は佐藤にお菓子を渡して、佐藤はそれをおいしそうに頬張る。さらに時間が経つと、教室の人の入りも多くなっていき、真梨花の周りにも人が集まっていった。
◇◇◇
さらに、一週間が過ぎ、夏の暑さはだんだんと収まりつつあった。それでも、まだ湿気が残り、不安定な天気が続いた。
そういう季節というだけあって、多くの生徒がブレザーを着ては来るが、教室に着くとすぐに脱ぎ、椅子の背もたれに掛けている。月島もその例外ではなかった。
そんな月島はというと、姿を見せない日向にはじめて自分から連絡を送ってみたが、返事が来る様子はなかった。
いくら神出鬼没とはいえ、あまりにも彼女は姿を現さない。月島は日を重ねるごとにそのことが気がかりになった。
月島の表情を見て、今日もまたマドレーヌを頬張りながら真梨花と佐藤は心配そうに見つめる。
「ねぇ、南さん、月島って何かあった」
佐藤は、月島を心配して、真梨花に尋ねる。
「分からない・・・。佐藤くんこそ知らないの」
「う~ん・・・分からんな~」
「はぁ~」
真梨花は深くため息をついた。
「『はぁ~。』って、ひどい。そんな使えないみたいな反応・・・」
肩を下ろして落ち込む佐藤に対して、真梨花は食い気味に反論する。
「別に言葉にはしてないじゃん」
「言葉にはって・・・。思ってはいたのか・・・」
「・・・」
真梨花は何とも言えない表情で無言を貫く。
「まぁ~。俺、意外と月島のこと知らないからな~」
「・・・そうね」
真梨花は、佐藤の言葉を聞き、妙に納得した様子で、そう呟いた。
教室に段々とだんだんと人が集まってきて、始業のチャイムが鳴るまで十分ほどになっても月島の表情は変わらなかった。今になって、花火を見た後の彼女の寂しそうな表情が月島の頭に浮かんでいたのだ。
月島はずっと、思い悩んだ様子で考えにふけっているとふと何かを思い出したように立ち上がる。
「お、どうした月島。急に立ち上がって」
月島の前に席に座る佐藤は、半身を月島の方に向けて尋ねた。
「ちょっと、用事」
月島はそう言って、教室を後にする。
真梨花は、そんな月島の背中を心配そうにただ見つめる。
月島は、ずっと、日向のことを気にかけていたが、そもそも彼女の教室に一度もいったこともなかった。彼女に会うもっとも簡単な方法であったはずなのに今の今までそんなことにも気づいていなかった。それはきっと、彼女と会うのは放課後と勝手に決めつけていたからもしれない。月島は、後悔しながらも、いますぐにでも彼女に会おうと彼女の教室へ向かう。
―確か彼女は一組と言っていた。
1組までは月島の七組から一番離れているとはいえ、ここは学校の中。走れば、たかが二十秒ほどである。それなのに、月島はその道のりがやけに長く長く感じていた。
それは、彼女のことを思う時間の長さがそう感じさせいたのかもしれない。それとも、もしかしたら彼女はいないのかもしれない。そんな現実に向き合うことを無意識のうちに避けていたのかもしれない。
月島は、1組の教室の扉を上げ、一番近くに座っていた女の子に声をかける。
「あのすみません。今日、日向さんは来てますか」
「日向さんですか・・・。すみません、日向さんって誰のことですか」
「いや、だから日向さんですよ。日向さん」
「日向さん・・・。そんな人このクラスにいませんけど」
「そんなことはない。彼女は一組って言っていたんだ」
月島は我を忘れて、声を張り上げた。そんな月島に困惑しながら、女の子は月島に困惑しながらも教壇を指さしていう。
「そんなに言うなら、教壇の上の名簿を見てみればいいんじゃないですか」
月島は女の子の言葉を聞いて、急いで教壇に置かれる名簿を取り、名簿をめくる。羅列された名前の書かれた文字列を上から下へと見ていく。何度もなんども読み返そうと、目線を上から下へ、上から下へ、これを繰り返していく。しかし、彼女の名前はなかった。
月島はその事実を認識するまで、しばらく時間がかかった。三十秒ほど経ったころだろうか、月島は一組を飛び出し、となりの教室へと掛け込み名簿を確認する。確認しては、また教室を飛び出し、隣の教室に掛け込み名簿を確認する。
日向さんが1組だということが聞き間違いだった。そうであればいいと思って、月島は1組から6組までの6クラス分全ての名簿を確認した。確認したが、そこに日向の名前はなかった。
始業の時間が始まる一分前という頃、廊下にいた生徒が慌てて、走りながらそれぞれの教室へ向かう。そんな活気にみちたどこにでもある学校生活のひと場面に対して、月島は、廊下の真ん中で絶望の中で一人つぶやく。
「日向さんなんて人は、元々いなかった?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます