第15話 プールと花火
季節は7月中旬に入った。梅雨が明けても、じめじめとした湿気だけは大陸に残していき、夏がようやく本領を発揮し始めた。
月島はと言うと、6月後半の期末テストを必死に凌ぎ、学年1位の座を明け渡すことはなかった。その直後は、その安堵感に浸っていが、そんなことも束の間、随分前に約束した日向と遊園地に行く日を迎えた。
炎天下の中、月島と日向は西武池袋線と都営大江戸線が交わる駅のそばにある遊園地に足を運んでいた。
この遊園地は、随分前から来場者不足の影響で廃業の噂が流れているが、長らくその声を跳ね除け存続している。そういうわけもあって、この遊園地は、規模の割に人のいない穴場と化している。
二人のそんな遊園地の中にあるプールに来ている。そして、月島は今、彼女の着替えを待っているというところだ。
ここのプールに多数生えている偽物のヤシの木の下で日よけをしながら、彼女を待っていると、あやしげな人物がこちらにうつむきながら近づいてくる。ちらちらと見える色白の肌に、上はパーカーを深くかぶっている。下は、これを何と言うか月島は知らなかったのだが、プール用のスカートをはいている。
その人物はますます距離を縮めてくる。ニュースで見たような冤罪のお小遣い稼ぎかと思っていると、深くかぶったパーカーから可愛らしい顔が見えてくる。
「お待たせ」
彼女は少し恥ずかしそうに月島に伝える。月島は、そんな彼女をみて少し驚いてつぶやく。
「なんか意外だなぁ・・・」
彼女は少し頬を膨らませて、不満そうな表情で月島に述べる。
「最初の感想がそれ?かわいいとかじゃないのー」
「いやー、日向さんって、派手な水着を着てくるイメージだったから」
「私って、そんなイメージなんだ・・・」
彼女は、少し落ち込んだ表情を見せる。
「いや、別に悪いってわけじゃ」
そんな彼女の表情を見て月島は少し慌てて彼女をフォローする。
一方、彼女は月島の慌てた表情をみて口元をにやりとし、意地悪く尋ねる。
「もしかして、そういうの、期待してた」
「いや、べ、別に期待してたわけではないから」
月島は反論しようと、そのまま続ける。
「それに、日向さんて、明るいイメージだから、そういう水着を着るのかなぁって」
「明るいイメージか・・・、ふふっ、何それ」
そういって笑うと、彼女はパーカーを脱いでその全貌を明らかにする。
普段はあまり分からないが、実際脱ぐとすごいな。月島は後ろめたさもあっったが、そんなこと思いながらも目のやりどころに困る。
そんな月島を見て、日向はまた、ニヤリと表情を変える。
月島たちは、流れるプールに流されたり、ビーチバレーをしたりと普通のカップルがしそうな普通のプールでの遊びをして、あっという間に二時間がという時間が過ぎた。まだ、七月の中旬と言えども、祝日、人も少しずつ増えてきた。そんな中、二人は少し休憩をすることにした。
月島は彼女を木陰のベンチを休ませ、飲み物を買いに行く。我ながら、できる彼氏のようなムーブをしている。
しかし、実際は、日向は月島を気遣い、自分が買いに行くようにいった。しかし、これはあくまでも「お礼のデート?」である。月島は得意げに彼女に告げる。
「ここはポイントが二倍が付くから気にしないで。行ってくる」
彼女は少しあきれながら月島を見送る。
月島は、遊園地のプールにありがちなカラフルな飲み物を両手に持ち日向に向かう。しかし、彼女が待っているはずのベンチには体格のいい二人組の男たちが並んでいた。よく見ると、困った様子の彼女が囲まれているようだった。
月島はしばらして、彼女の待つベンチに向かって、二人組の男たちに向かって話しかける。
「あの~」
「何だお前」
男のうちの一人が、そう答えた。
「その子、僕の連れなので。すみません」
月島は冷静に言葉を返した。
「何だよ。連れがいんのかよ。彼氏の方はぱっとしねーなー。行こうぜ」
男のうちの一人がそう吐き捨てると、男二人はどこへいってしまった。
月島は、二人が去っていくのを確認するとほっとして、肩の力をに抜く。
「はぁ~。日向さん、大丈夫だった」
「うん。ありがとう月島くん。助かったよ」
彼女が微笑みながらそう言うと、少し疲れた表情で彼女に返す。
「何事もなくてよかったよ。まぁ、僕の方は案の定散々にいわれたけど」
月島が少し落ち込んだ様子を見せると、日向はすかさず月島を励まそうとする。
「大丈夫だよ。月島くんは一般的にはパッとしないかもしれないけど、わたしから見たらすごくパッとしてるよ」
月島は、日向のおかしな励まし方に思わず笑ってします。
「すごいパッとしてるってどういうこと。はっはっはっ・・・」
「もー。せっかく人が慰めてあげようとしたのにー」
日向は頬をぷくーとして、不満そうな顔をしている。月島は、日向のそんな表所も何か可愛らしくて、面白可笑しくて続けて笑ってしまう。その月島の反応に日向は続けて不満そうな顔を見せる。
「もー。まだ、笑っている」
「ごめん。ごめん。それより、これ。ちょっと氷が解けちゃてるかもしれないけど」
月島は謝罪替わりに、さきほど買ってきた飲み物の一つを日向に差し出した。彼女はそれを両手で受け取ると、さきほどからガラッと表情を変え、満面の笑みで答えた。
「ありがとう!」
月島も彼女の嬉しそうな顔を見て、満足に答える。
「どういたしまして」
◇◇◇
その後、二人は相変わらず流れるプールに流されたり、お昼を食べたり、スライダーに乗ったりと普通の高校生が過ごしそうな夏のひと時を楽しんだ。
二人はプールを出た後、隣接されている遊園地のアトラクションを楽しみ、日が暮れてきたころ、最後に花火を見ていくことにした。
日が暮れ始めて、そろそろ最初の花火が打ち上げると言う頃、段々と人が増え始める。
「なんか、段々混んできたね」
日向が、そう伝えると月島が突然、日向の手を握る。日向の突然の月島の行動に驚き月島の方へ視線を向けようと顔を上げる。すると、日向の顔のすぐ前には月島の顔があって、至近距離で目が合う。
「手を離さないで」
「・・・うん」
日向は赤らめた頬を隠すように、また顔を下に向けて月島に手をゆだねる。月島は、日向の小さな手を痛めない程度の力でグッと握って日向を連れ出す。
実際には一分も経っていないのだが、日向にとって何分にも感じるほどの長さを小走りで歩くと、月島が日向に呼びかける。
「日向さん、上を見て」
日向は、月島の声を聞いて、空を見上げる。日向の目線の先には、東京の星一つない夜空が浮かぶ。日向が不思議そうな表情をみせると、虚空の空に一本の火種が打ちあがる。そして、次の瞬間、その火種が満開に咲き誇る。
「うわぁ~」
日向は、目を輝かせながらその火花を見つめた。最初の花火が打ちあがり終えると、一瞬の静寂が流れる。そして、瞬く間のなく、二発目、三発目の火花が虚空の空を彩っていく。さらに、花火は指数関数的にその弾数を増やしていく。
ぱんっ、ぱんっと音を響き渡らせる花火の音はうるさいくらいに鳴っていき、二人の間の沈黙を一層引き立たせる。
しばらくして、花火が音が鳴りやんだ一瞬の静寂に、日向が話を切り出す。
「月島くん」
「日向さん」
二人の声が重なった。
「何、月島くん」
「日向さんこそ何」
再び、花火が打ち上がり始める。その花火の音を聞いて、日向が再び口を開いた。
「今日はありがとう」
「急にどうしたの」
月島は日向の横顔を見つめると、彼女の視線は花火に釘付けだった。その様子をみて月島も再び視線を花火の方へむける。
「なんだろう。こんな普通の夏の思い出久しぶりだったから」
「本当にふつうだけどね」
「変な意味じゃないからね。最近、こんな夏を過ごせていなかったから・・・。だから、ありがとう」
彼女は微笑んで、少し儚げにそう答えた。
「うん。よかった」
月島は、ただそれだけ答えた。今のこの二人の間にそれ以上の言葉はいらないと思った。一方で、花火は際限がないかの如く夜空に上がっていった。
◇◇◇
花火を見終えて、少し経つと、月島が口を開いた。
「良い時間だしそろそろ帰ろうか」
「うん」
日向は照れ臭そうに、頷いた。
二人は、駅の方へ歩いていく。
沈黙がしばらく続いて、日向が息を飲んだ。
「あんなに混んでたのに、よくあんなに人が少ない場所知ってたね」
「あー、その、まぁ、この辺に住んでるから当然だよ」
「え~。本当?」
日向は月島に疑いの目を向ける。月島はその視線に気づき、斜め上に視線を上げて答えた。
「まぁ、少し調べたけど」
「え~、なんで調べてくれたの」
「だって、日向さん、可愛いから目立つでしょ。そういうの嫌なのかなと思って」
月島は少し照れ臭そうに答えて、日向の表情を伺った。しかし、月島の視線の先の日向は俯いていてその表情は見えなかった。
「そっか、そうだよね」
「えっ、どういうこと?」
月島が不思議そうな反応を見せる。
「ううん。何でもない。ちょっと、急ぐね。月島くん今日は本当にありがとう」
月島はそう言って、駅の方へ急いで駆けて行ってしまった。
彼女が最後に見せた笑顔には、どこか寂しさがあって、月島は彼女の離れていく背中を追うことができなかった。
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