第13話 部活!!と高揚感
六月も中旬になり、梅雨も本格的になった。幸いにも、昨日まで断続的に続いていた雨は今朝に止み、月島は定期テスト一日目を迎えていた。テスト当日に一週間続いた雨がぴったりと止んだことは月島にとってありがたいことであったが、じめじたとした空気がかなり気になるようになってきた。
季節の変わり目ということもあって、冷房のついていない教室の中はむしむしとしていて、シャツが汗で肌に引っ付いて気持ち悪く感じた。それでも、朝勉強していた成果なのか、一日目のテストは問題なく終えた。
三教科目の古文が終わり、一日目のテスト終了を知らせるチャイムがなる。
後ろから前に答案用紙を送っていくクラスメイトたちは何やらざわついている。耳を立ててみるといつもとは違う話題があちらこちらから聞こえて来る。
「テスト期間で部活もないんだしどっかいく?」
「新しくできたカフェ寄っていく?」
「ねえ、ファミレスで勉強教えてよ」
どうやらこの後、何をするかで盛り上がっているようだ。特に月島には関係ないの話題である。
都立練馬第一高校のテスト期間は最終日を除いてテストを午前に終え、午後からは完全に自由になる。それに加えて、ほとんどの部活が休みなることから、多くの生徒がテスト勉強そっちのけで遊びに行くのだろう。それ自体は悪いことではないし、普段部活をしていない月島が言えることは何もないだろう。
クラスの様子を確認している月島を、不思議そうに見つめる佐藤は、首を横にふりながらも月島机に置いてある答案用紙をそっと回収する。答案用紙を佐藤が回収したことに気づき、はっとした月島は月島を感謝を告げる。
「あ、ありがとう」
佐藤は、回収した答案用紙に自分の答案用紙に重ねて前に回した後、後ろに振り向き、にやにやしながら月島に声を掛ける。
「どうしたんだよ、月島~。テストがダメだったのか~」
「いや、むしろできた方だと思う。一緒にしないで欲しい」
「『一緒にしないで』って、ひどいなぁ~。今回はちゃんとオールしたからできた・・・はず」
ちゃんとオールしたって・・・。月島は佐藤の言っていることに違和感を覚える。
「明日、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。部活で体力つけてるから。はっはっはっ」
そう高らかに笑う佐藤を見て、呆れたように苦笑いした。
テストを回収した後、帰りの挨拶を終えると、クラスメイトのたちは会話をしていた通りにいつもより足早に教室を去っていく。いつもなら、部活が始まるギリギリの時間まで居残って、会話をしている生徒も今日は、月島が気づいた頃には教室から去っていた。
転向して月島の幼馴染の真梨花も例に漏れず、クラスの一軍女子たちとこの後、どこかにいくようである。
「真梨花ちゃん、はやくはやく」
「ちょっと待って、今行くから」
真梨花は、教科書やテストの答案用紙を急いでカバンの中にしまい、月島の前を横切っていった。
「ねぇ、今日もファミレスで勉強教えてよ」
「もう、しょうがないな~」
真梨花は、クラスに馴染むどころか、クラスの中心にいた。クラスの中の月島と真梨花は客観的に見ると、もはやどちらが転校生であるかわからないほどだろう。その様子を横目で見ながら月島はなんだか関心してしまっていた。
月島は誰もいない教室の中で、その日の試験の答え合わせを一人でして、三十分ほど経った後、教室を出た。月島はテストの出来がよく、少し気分良く駐輪所へ向かっていく。すると、カキーンと金属音が遠くから鳴り響いた。
それは一回ではなく、二回、三回と音を重ねていき、その頻度も多くなっていく。月島が駐輪所が着くころには、その金属音はより、大きくはっきりと聞こえてきた。それはネットを隔てて、駐輪所の横にあった校庭から響いていた。
月島がネット越しから様子を確認すると、月島の良く知る人物が一人、広い校庭の中にいた。彼は空にボールを上げ、そのボールがゆっくりと落ちてくるのしっかりととらえて勢いよくスイングしたバットぶつけていた。
太陽を隠すかのように高く上がったボールは対角線上にある防御ネットまで飛んで行った。あれほど飛ばせば、これだけの音がでるのかと感心する月島をよそに、佐藤はバットを何度も振り続けた。その様子は普段から想像もつかないほど凛々しく、頼もしく見えた。
佐藤が打撃練習をする様子を眺めていると、佐藤の方が月島に気づいたのか、練習を止め月島の方へ近づいてきた。
月島は、近づいてきた佐藤に声をかける。
「お疲れ」
佐藤は、片手をあげ、それに答えた。
「おう、お疲れ」
佐藤は、爽やかな笑顔でそう答えた後、ネットに寄り掛かった。
「テスト期間なのに、部活あるの?」
佐藤は、まだネットに寄り掛かったまま、帽子をとって、それでパタパタと風を仰ぎ始めた。熱いのか時々軽いため息を交えながらも月島の声に耳を傾けていた。
「当たり前だろ。もうすぐ甲子園だからな」
佐藤は疲れているのか、淡々と答えた。そういえばそうだった。正確には高校野球の西東京大会、甲子園の予選であるが、もうすぐに控えていた。とはいっても、都立練馬第一高校は、強豪校はともかく中堅高とも言い難いレベルである。一昨年までは十年連続一回戦負けを喫していた。
しかし、去年佐藤が入学した途端、一年生ながら四番バッターとして活躍し、都立練馬第一高校を三回戦まで勝利に導いた。佐藤は、普段はちゃらんぽらんだが、しっかり実力者だ。
「でも、テスト期間まで練習なんて、大変だね」
「そうか?」
佐藤はそう言って、先ほどまで仰いでいた帽子をかぶり直した。
「あれ、他の人は?」
「まだ、飯食ってんじゃねーの。俺は先に体温めておきたいから。先に練習してただけ」
「偉いね」
「まぁ、活躍してモテたいしな。はっはっはっ」
やっぱり、いつもの佐藤だった。月島は、さきほどの感心を返してほしいと思いながらあきれていると、佐藤が続けた話始めた。
「まぁ、それと、バッターボックスときの高揚感、そして打ったときの歓声。あれが忘れられないから」
佐藤は、空を見上げて、帽子を顔の上に乗せた。
「高揚感?」
不思議そうに質問をした月島に、佐藤は帽子を顔に乗せたまま答えた。
「例えば、九回裏ツーアウトだが、満塁の場面。打てばヒーロー、打てなければ敗北の場面で、打席が回ってきた時を想像してくれ。怖さもあるはずなのに、同時に期待もあるその時のドキドキ感が最高なんだよ」
佐藤はそういった後、上を向いていた頭を戻し、落ちてきた帽子を手でキャッチした。そして、少し照れ臭そうにはにかんだ。
「僕にはよくわからないな・・・。それに、九回裏ツーアウト満塁。そんな場面、そうそうないでしょ」
佐藤は、腕を組んで、何かを思い出そうとしている。そして、しばらく経って、何か思いついたような表情で答えた。
「ん~。少なくても俺はそんな場面一度もない!」
ないんかい。月島は柄にもなくそう突っ込みそうになったが、何とか抑えた。そして、佐藤は最後こう付け足した。
「でも、きっと、そういう場面になったときに、打てるように練習するんだよ」
佐藤はそういうと、右手を軽く上げたあと、背中を向けてグラウンドのバッターボックスへ向かっていった。
離れていく佐藤の背中姿はなんだか頼もしく見えた。
◇◇◇
結局、テストが終わってから一時間程経って、月島は校門を出た。午後になり、六月中旬にも関わらず、気温は三十度近くに上がっていた。それに加えて、じめじめとした湿度は体感温度を更に高く感じさせる。自転車を五分漕ぐだけでも汗がじんわりと出てくる。
だが、こんな暑い中でも、部活の練習をしている人がいるだから、こんなことで文句を垂れてはいられない。月島は、何かに触発されたのかいつもより少しだけ強くペダルを漕いだ。
そうすると、段々呼吸が荒くなっていき、心拍数も上がっていった。ようやく下り坂になり、ペダルから足を離して、風を浴びながら道を下っていく。結構汗をかいたのか、風を浴びている間は少し涼しく感じた。
一方で、高揚感なんてものは感じなかった。いや、そもそも、そんなものを帰り道なんかで感じられる訳なかった。月島はそんなことは分かってたが、それでも、いつもよりペダルを強く漕いだのは、心のどこかで佐藤が言っていたことが引っ掛かっていたからかもしれない。
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