第12話 彼女?との帰り道

 体育祭が終わり季節は、じめじめとした六月を迎えた。六月に入ると、晴れ間が少なくなり、不安定な天気が続いた。

 体育祭が終わってからというと、日向は放課後、いつもの道で突然現れたかと思ったら、一週間姿が見えなかったりと、その神出鬼没ぶりは相変わらずだった。それでも、たまに放課後の帰り道で顔を合わせると、月島と日向はそのたびに最寄り駅まで一緒に帰り、二人だけの帰路で他愛のない話をした。



 一方で、クラスの方というと、真梨花は体育祭の活躍もあり、すっかりクラスに馴染んでいた。佐藤というと、相変わらず、変人ぶりを遺憾なく発揮し、その株は容姿に反比例して順調に落ち続けている。


 また、最近は佐藤が真梨花に絡んで、それをあしらうというのが定番の流れになりつつある。まさに今、この朝の教室のような感じだ。


「南さん、おはよう。ん、なんかすごい袋だね」


 佐藤が真梨花の机の横のフックにかかっている少し高めの洋菓子店の袋を見ながら真梨花に言った。月島以前どこかで見たことがある袋だ。そんな佐藤の言葉に対し、真梨花は少し投げやりに返す。


「あぁ、これ。マドレーヌ。好きなやつなの」


「へえ、おいしそうだね。でも、そんな食べると太っちゃうよ」


 佐藤が悪気もなく、能天気な発言をすると、真梨花は一瞬、眉をひそめた後、ぎこちない笑顔で佐藤に返す。


「ご忠告ありがとう。でも、一人で食べるわけじゃないからお気になさらず。それに、私、食べても太らない体質だから」


 真梨花が得意げにそう言うと、佐藤は、また安直に真梨花に返す。


「そうだよね。ごめん。ごめん。確かに南さんってどことなくスレンダーだしね」


 月島の発言で、その場の空気が一瞬、冷えたように月島は感じた。案の定、月島が真梨花の表情を横目に確認すると、ぎこちない微笑が、怒りを抑えようと必死になっており、何とも言い難い表情になっていた。


 しばらくの沈黙後、真梨花の表情は無理やり、ぎこちない微笑みを取り戻し、佐藤に告げる。


「それはありがとう」


 そして、次の瞬間、真梨花は佐藤の横腹に手刀で差し込みを入れて続ける。


「でも、佐藤くんは、もうちょっと筋肉をつけた方がいいよ」


 それを受けて、佐藤もさすがに彼女の怒りを察したのか脇腹を抑えながら「ごめんなさい」とつぶやき椅子にもたれかかる。一方で、真梨花は不適な笑みを佐藤に向けた後、携帯をいじり始めた。


 佐藤は、しばらくすると、脇腹を抑えながらも月島に尋ねる。


「月島~、俺なんかやらかした?」


 どうやら佐藤は本当に何の悪びれもなくあの発言をしたらしい。


「今のでわからないなら、たぶん一生分からないよ・・・」


 月島は苦笑いでそう答えた。


「何だよ。教えてくれよ~」


 佐藤が月島にこう迫るが、それと同時に教室に始業のチャイムが渡る。


◇◇◇


 授業を終え、放課後のチャイムが鳴ると、いつものように佐藤は颯爽と部活へ行ってしまった。佐藤が部活にいってしまうと、月島は特に話す相手もいないため、早々と帰る支度をする。


 学校の校門を出ると、六月ということもあり、空はいつ雨が降ってもおかしくない曇天であった。


 月島が自転車に乗ろうとしたその時、聞き覚えのある女の子の声が後ろから聞こえて来る。


「ねぇ、久しぶりに一緒に帰らない」


 月島にそう言って話しかけてきたのは真梨花だった。


「何か用でもあるの?」


 月島が少しそっけなく返すと、真梨花は少しムッとして答える。


「別に、理由とかはないし。ただ、ちょっと暇だったから」


「暇って・・・。僕は常に暇人って思われてるのか」


「だって、暇でしょ。ほら行くよ」


 真梨花は、月島にそう言うと、月島の制服の裾を少し引っ張っって公園を通り抜ける方の通学路へと半ば強制で誘導した。月島はなくなく、真梨花に着いていった。


「で、本当何の用?」


 月島が真梨花に再度尋ねる。


「いや、だから暇そうだったから」


 真梨花は、当然でしょと言わんばかりに答える。


「いや、僕だって、いろいろ忙しいんだって」


「いろいろって?」


「いろいろだよ。いろいろ」


「暇じゃん」


「暇ではない」


 こんな押し問答がしばらく続いた。しびれを切らしたのか真梨花は、ため息の後で、少し真剣な表情で口を開いた。


「・・・この間はちょっと、言い過ぎた。ごめん・・・」


「この間って?」


「保健室でのこと。せっかく心配して来てくれたのに、変なこと言っちゃから」


 月島は、申し訳なさそうな顔をする真梨花に対して、少し微笑んで答えた。


「あぁ、別に気にしてないよ。というか、真梨花の言っていたことは正論だし」


「でも・・・」


 二人の間に少し湿った空気が流れる。月島はそれを察して、話題を変える。


「それよりさ、だいぶ佐藤と仲良くなったんじゃない」


 真梨花は月島の言葉を聞いて、少し苛立ちながら答える。


「どうしたら、そう見えるの。どう見ても良くはないでしょ。今日だって・・・」


 そう言えば、今日も・・・。と今日の二人の会話を思い出しながら、真梨花に視線をやる。


 すると、真梨花は話している途中に月島の視線に気づき、月島に指摘する。


「ねえ、今、胸見たでしょ」


「いや、見てない。ほんと見てない」


 月島は、以前こんなやりとりをしたことを思い出しながらも即座に否定する。


「本当?」


 彼女は不満そうな顔で月島にこう述べた。それに対して、知らぬ顔で応える。


「本当。本当。それに、佐藤だって、悪気はないんだし、許してあげてよ」


「佐藤くんはどう考えても、意図的でしょ」


「いや、佐藤は天然だから」


 そんな会話をしていると、本当に湿度のこもった空気になってきた。今にも雨が降りそうだ。月島はそんな空気を察して、真梨花に伝える。


「ちょっと、急ごう。なんか雨降りそうだし」


「そうだね」


 彼女は、月島の言葉にそう答えると、月島の自転車の荷台にカバンを入れて、月島の前を走っていく。月島は、離れていく真梨花の背中を追うためにペダルに力を入れて自転車を漕いでいく。


 しばらく、すると本当に雨が降ってきた。


 月島が、真梨花に追いつくと、真梨花は息を荒げながらも、少し微笑んで月島に話しかける。


「段々強くなってきたよー」


 月島は、少し荒くなった彼女の声のせいでうまく聞き取ることができなかった。


「えっ、何て」


 真梨花は、月島に聞こえるように、少し声を張って繰り返した。


「だから、雨、段々強くなってきたよーって」


 月島も真梨花に聞こえるようにと少し声を張って答える。


「そうだね。もう少し早く走れる?」


「うん。大丈夫―」


 真梨花は少し雨にあたりながらも、スピードを上げていき、通学路を駆け抜けていく。月島も彼女の背中を見守るように着いていく。


 駅のホームの前に着くと、真梨花は息を整えながら少し濡れた髪をタオルで拭う。


「大丈夫?」


 月島が真梨花にそう尋ねると、彼女は少し微笑んで答える。


「ふふっ、大丈夫。ちょっと濡れただけ」


 月島は、真梨花が笑っているのを見て、不思議そうに尋ねる。


「どうしたの?」


「ううん。なんか、懐かしくて」


「懐かしい?」


 月島が彼女の言葉を繰り返して、聞き返すと、一呼吸おいて、真梨花は首を横に小さく振る。


「ううん。何でもない。それより、今日はありがとう」


「いや、別に・・・。じゃなくて、こちらこそ」


 月島は、真梨花と別れを告げ、真梨花が地下鉄の方へ降りていくのを確認すると、ペダルを漕いで急いで家を向かう。




 二人が改札口の前に着いた頃、その二人を見つめる一人の少女がいた。彼女はその美しい顔をぼつぼつと振り出した雨に濡らして、少し悲しそうに、また寂しそうに彼らを見ていた。

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