第11話 体育祭!!
ゴールデンウィークが明けて、二週間が経ち、迎える五月の三週目の金曜日。月島は、カーテンを開けて晴れ間を確認すると、憂鬱そうに起き上がる。
なぜなら、今日は体育祭だからである。高校生になってからというもの、月島にとって、こういうイベントごとはただ面倒くさいだけの物であった。とはいうものの、出席は取られるので、いつもより重い足取りでペダルを漕いでいく。
また、例の彼女についても、ゴールデンウィークが明けても突然を現れては、姿が見えなくなり、また突然現れたりとその神出鬼没ぶりは相変わらずであった。かといって、交換した連絡先でやりとりするような話もなく、彼女からの最初の返信以来、ご無沙汰である。
高校に着くと、いつもはぎりぎりに来る生徒たちもこの日に限っては幾人かは早く登校していて、校庭は密集状態だった。
月島も教室で着替え、校庭にでると早速、佐藤が上機嫌で声を掛けてくる。
「おー、月島。今日も遅いな」
「佐藤が早すぎるだけだと思うけど」
「まぁ、そんなことはおいて・・・」
聞いてきたのは佐藤の方なのだが、と少しイラっとして突っ込みたくなるの抑えて月島は、佐藤が話すのを聞く。
「とうとう、俺が活躍するときがきた!」
突然、そう息込んで話す佐藤にどう返答するべきか困惑していると、後ろから真梨花から現れる。
「朝からよくそんな元気な声だせるよね」
まさに、月島が言いたかったことを代弁してくれた真梨花に感謝しつつも、佐藤はひるまず持論を展開する。
「今日は体育祭。年にいくつもないアピールポイントなんだから、張り切って当たり前だろ!」
そう意気揚々を話す佐藤を見て、真梨花は芳しくない表情で文句を垂れる。
「本当に、暑っ苦しいなー。というか、今日暑すぎ。ふつう体育祭って秋の涼しいころにやるものじゃないのー」
そう言って、肩を落とす真梨花に月島は冷静に説明する。
「確かに昔は十月とかにやることが多かったらしいんだけど、台風が多いからって理由で最近は五月にやることが多くなったんだって」
「だからって、こんな暑い季節にやらなくても・・・」
そう言って、真梨花は項垂れる。
「まぁ、アニメだと原作者のご都合主義ってやつだな」
「わけわかんないことで言わないで。余計に暑くなるから」
真梨花が本気のトーンでそう呟くと、さすがの佐藤も肩を丸めて答える。
「はい・・・」
しばらくの沈黙があったあと、校舎側から女の子が聞こえて来る。
「おーい。真梨花ちゃん。もうすぐはじまるよ。行こう」
例の三人組の女の子の一人が真梨花を呼ぶと、真梨花が少し声を張って返事を返す。
「うん。今行く」
そう言うと、小走りでそっちの方へ向かっていく。
真梨花は、早くもクラスになじんでいるようだった。月島は、まだ項垂れる佐藤に一応、声を掛けて開会式のために整列しに行く。
「さ、先、行ってるから・・・」
◇◇◇
開会式が終わり、体育祭は段々と盛り上がりを見せていく。
高校の体育祭は、小学生や中学生の運動会とは違い、全員がでる競技というものはあまりなく、各々が数ある種目の中から競技を選び、クラスを代表して出るというスタイルが一般的である。それは都立練馬第一高校においても同じであり、月島は、佐藤と同じ男子百メートル走に出ることになっている。
出ることになっているといささか他人事であるのは、クラスで種目を選択する際に、気づいた頃には月島は余っていた百メートル走を勝手に割り振られていたからである。
一方で、月島にとって、でる種目が限定されているのは、大変ありがたい。月島には、色々な種目に顔を出して体育祭を楽しむほど情熱も気力もないからである。
だからと言って、その間何ができるというわけでもないので、この炎天下の中座って競技を眺めていなくてはならない。
「はぁ~。」
月島がため息をつくと、横に座る佐藤が月島に声をかける。
「どうした月島。俺たちの出番ももうすぐだぞ。気合入れていけー。おっ、女子百メートル走がやるそうだぞ」
月島は、そう話す佐藤の方を見ると、何やら違和感がある。月島にスポーツ用のサングラスをかけて仁王立ちしていた。
「なにそれ・・・」
月島は、少しあきれながら佐藤に尋ねた。
「あ、これか。かっこいいだろ。これを使えばどこに目線があるかわからない」
そんなこと何の意味があるのだろうと疑問に思っていると、佐藤が女子百メートルを眺めながらブツブツ呟いている。
「すごい。何がとは言わんが、すごい揺れている・・・」
佐藤は、すぐにでも天罰の下りそうなことをぶつぶつと呟き続ける。月島は、関係ないというばかりに徐々に佐藤と距離をとっていく。
しばらくすると、真梨花がスタートが現れる。
「真梨花ちゃん、頑張れー」
クラスの女のたちが一斉に声をかける。それを聞いて、真梨花は少し恥ずかしそうに手をふる。
一方、月島が佐藤の方をみると、佐藤はその様子をじっと見つめていた。
「南さんは・・・うん。希少価値はあると思うよ・・・」
これが聞かれてたら絶対にぶっとばされるなぁ・・・。月島がそんなことを思っているとすこしグラウンドが静まり、レーンでは走る生徒たちがスタートの構えをする。
「よーい」
パンッ、とピストルの音が鳴ると、真梨花はどんどん加速していく。そして、中盤に差し掛かるころには後ろに十メートルくらいの差をつけていた。
真梨花は、そのまま、さらに差をつけてゴールすると、歓声が一段と上がった。真梨花は一番と書かれた旗の前に移動すると、後ろを振り返って、盛り上がる応援席に手を振って応えた。
月島は、そんな真梨花を見て、少し微笑んでつぶやく。
「なんも変わってないな」
そうつぶやいた月島の様子をみて、佐藤は口角をニヤリと上げて、肘で月島をツンツンとつく。
「なんだよ。『俺だけがあいつのことを分かってる』っていう感じか。幼馴染は羨ましい限りだぜー」
佐藤が嫌味たらしく絡んでくるのを、適当に流していると、後ろから月島と佐藤に影が伸びる。
月島と佐藤が後ろを確認すると、担任が仁王立ちで構えていた。そして、担任は佐藤の肩にポンッっと手をのせる。
「おい、佐藤。とりあえず、これは没収な。それと、体育祭が終わったら話があるから必ず来い」
佐藤は、正面を見たまま返事を返す。
「・・・はい」
◇◇◇
一事件あった現場から逃げるようにトイレに行った月島は、その帰り道、自分の出番である二年生の百メートル走の招集に向かっていた。
すると、突然後ろから声がかかる。
「あの」
後ろを振り返ると、女の子が月島を見つめて立っていた。ショートヘアを後ろで束ねたやや背の低い月島の見知らぬ女の子だった。やや幼い表情やたどたどしさから察するにおそらく一年生だろう。
「僕ですか?」
月島は、九割方分かっていたが、何かの間違いであったら目も当てられないため、一応確認してみた。
「はい。これ落とされましたよ」
そういって、彼女が手に持っていたのは確かに月島のハンカチだった。
「ありがとうございます。助かりました」
月島は、そういって女の子が差し出したハンカチを手にとった。
女の子は月島がハンカチを手にとったのを見て、強張った表情を少し和らげた。
「いえ、全然大丈夫です」
彼女はそういって校庭の方へ戻っていった。
その背中を身送ると、逆方向から声がかかる。
「おーい、月島~。もうすぐ始まるってよ~」
佐藤の声を聞いて、月島は百メートル走の待機場所に向かう。
「よし、さっきのことは忘れて俺たちの出番を楽しもうぜ月島」
百メートル走の待機をしている月島は、同じく待機している佐藤にそう声を掛けられる。
「さっき怒られていたのは佐藤だけだけどね」
月島は、冷静に正論を返す。
「はっはっはっ。まぁ、そうだなー」
佐藤は上機嫌に答えた。
「続いて、二年生百メートル走です」
こうアナウンスが入ると、月島たちはスタートラインの前に並ばされる。
1レース目は佐藤の番である。一レース目は各クラスの運動部が奇跡的に揃っている。いや、おそらく、裏で口合わせをしていたのだろう。
「よーい」
パンッ、とピストルの音が鳴ると、勢いよく飛び出していく。ただ、一人体育着の胸のあたりをつかみ、苦しみながら地面に倒れる男がいた。
佐藤である。
その瞬間、校庭が静まり返る。
しかし、そんな緊張感は佐藤の様子を見て、一瞬で変わる。
「おーい。お前ら、ピストルがなったら倒れるって言ったじゃねーかよ」
佐藤はそう言って、前を行く同級生を追いかけていく。
その様子を見て、応援席にいた男子たちはみんな爆笑して佐藤に声を掛けていく。
一方、女子たちは走る佐藤に向けて罵声を浴びせていく。
佐藤は何とか頑張って前に追いつこうとしたが、最初の差は大きく最終的にも最下位でゴールした。その結果を見て、女の子たちはさらに佐藤に批判の声をあげる。
佐藤もある意味被害者であるので、さすがに可哀そうだと月島は思う。しかし、その様子を見て、月島は佐藤に感謝して、決意する。
「僕は、無難に走ろう」
月島は、スタートラインに着く。そして、ピストルの音が鳴って走り出していく。月島は、左右の様子を見ながら、真ん中の順位になるように速さを調整していく。そして、月島は、そのままの順位でゴールする。
ゴールした月島が、待機所に向かうと佐藤が声を掛ける。
「いやー、月島散々だったなー。まぁ、切り替えていこうぜ!」
月島は、お前と一緒にするなと思いながらも面倒くさかったため、苦笑いで応える。しかし、月島が色々な意味で目立たずに走ることにしたのは佐藤のおかげであるため、感謝はしておくことにした。
一方で、真梨花はその様子を不満そうに月島を見つめていた。
◇◇◇
百メートル走が終わり、月島は佐藤と元の応援席に向かっていた。
「いやー、あいつらも倒れる予定だったんだけどなー。まさか、はめられるとは・・・。まぁ、応援席も盛り上がっていたみたいだし、結果オーライってやつだな。はっはっはっ」
「まぁ、いろんな意味で盛り上がっていたんだけどね・・・」
「んっ、どういう意味だ」
佐藤は心底不思議そうな顔を見せる。
「うん、たぶん、応援席に戻れば分かるよ・・・」
「そうか!そりゃ楽しみだな!」
そう楽しそうに話す佐藤と応援席に戻る月島は、先ほどハンカチを拾ってくれた女の子を見かけた。
「あ、あの。先ほどはありがとうございました」
そう声をかけると、女の子は辺りをみわたす。そして、見渡し尽くして、何かを察すると、頭をすっと下げて、駆け足で駆けて行ってしまった。
その様子を見た佐藤はニヤリとして月島に声を掛ける。
「おい、月島。あの子に何したんだよ」
「いや、別に何もしてないけど」
「いや、何もしてなかったら、あんな反応しないだろ。このこのー」
佐藤はそう言って、わざとらしく月島に肘をぶつけてくる。
「ただ、ハンカチを拾ってもらっただけなんだけど・・・」
月島は、不思議に思いながらも、あまり気にせずに応援席へ向かうことにした。
◇◇◇
百メートル走が終わり、応援席へ戻る帰り道、佐藤は次の種目へ向かうとかなんとかでどこかへ行ってしまった。
そう言うわけで、月島は一人で応援席へ戻ると、何やらざわついていた。
月島は、聞き耳を立てていると、どうやら誰かが熱中症で倒れたらしい。また、月島のクラスの例の一軍女子たちが何か言っているのに耳を傾ける。
「大丈夫かな真梨花ちゃん。すごい体調悪そうだったけど」
「意識はちゃんとしてたから大丈夫だと思うけど・・・」
どうやら倒れたの真梨花だった。月島は、その話を聞いて、小走りで保健室へ向かっていく。
保健室の扉を開けると、若い先生らしき人物が月島を出迎えた。全校集会などの全校行事の時、たまに見ていた若い先生であったが、どうやら保健室の先生だったらしい。
「さて、君は何のようかな。怪我か何かかね」
保健室の先生は、座っていた椅子を月島の方へ向け月島にそう尋ねた。体育祭の今日は忙しいだろうに、話し方には余裕があった。これが大人の余裕というやつなのだろうか。
「いえ、同じクラスの南さんという子が倒れたと聞いて、ちょっと訪ねてみたんですけど」
「ふーん。君は彼女の彼氏か何かかね」
保健室の先生は意地悪な視線な月島に向ける。その視線に対して、月島は不満そうな顔を見せて、自分の目線をそらした。
「いや、そんなんじゃないですよ。ただの腐れ縁なだけで」
月島の返答に対して、保健室の先生は苦笑しながら謝罪した。
「それは申し訳ないね。私にはそういう風に君が見えてしまったから言っただけだ。気にしないでくれ」
月島は、保健室の先生の反応に不服そうにしながらも、納得したように見せた。
「いえ」
「そうだ。彼女はそこにいるよ。寝ているかもしれないから、くれぐれも静かにね」
「はい。ありがとうございます」
月島は、彼女の寝ているベットのカーテンの前に立って、真梨花に話しかける。
「真梨花。大丈夫?」
「・・・うん」
「入るよ」
「ちょっと」
月島がカーテンを開けると、真梨花が毛布で首まで体を隠して月島を少しにらんでいた。
「まだ、開けていいなんて一言も言ってないんだけど・・・」
「あー、ごめん」
月島はそういって、ベットの横にある椅子に腰を掛けた。
「本当にそう思っていたら、そんなにスムーズに椅子に座らないでしょ」
真梨花が不満そうな表情を見せる。月島は取り合えず、申し訳なさそうにしておいた。しばらくすると、真梨花は呆れた表情を見せて、口を開く。
「それで、どうしてここに来たの」
「どうしてって、倒れたって聞いたから」
「だからって、わざわざ来なくても・・・」
「一応、心配だったから」
「それだけ・・・?」
真梨花は、俯いて月島に尋ねる。
「心配意外に理由はないでしょ」
「そっちじゃなくて・・・。もう、いい」
月島は、なぜだか分からないが怒る真梨花を不思議に思いながらも、この重い空気を払拭するために真梨花のご機嫌を取ることにした。
「そういえば、百メートル走すごかったね」
月島の誉め言葉を聞いて、真梨花は少し照れた様子を見せる。その表情を隠すように真梨花は俯いて答える。
「私が足速いの昔から知ってるでしょ」
真梨花が月島に対して、微笑んで同意を求める。
「まぁ、そうだね。変わらいないね真梨花は」
月島も微笑んで、同意すると、一瞬気まずい空気が二人の間に流れる。その空気を破るように真梨花は月島に尋ねる。
「逆に、光は結構落ちたんじゃない」
「まぁ、ちょっと手を抜いたしそんなもんじゃない」
真梨花は、表情をすこし強張らして月島に尋ねる。
「手を抜いた・・・。何で?」
「あんまり目立ちたくなかったし・・・」
「だめだよ。ちゃんと走らないと」
「たかが、体育祭で本気で走る必要ないでしょ」
「・・・。変わったね光は。昔はそんなんじゃなかった」
真梨花はぼそぼそと呟くように言った。
「えっ、何て?」
「何でもない。私最後のリレーあるから、少し休ませて」
真梨花はそう言うと、毛布にくるまってしまった。
「うん。お大事に」
月島は、そう言ってカーテンを閉める。
◇◇◇
この後、体育祭は、最後の選抜リレーを終え、無事閉幕した。真梨花は、最後の選抜リレーで大逆転の活躍をした。佐藤も大量リードを守り切り、七組は学年優勝を果たした。
放課後、クラスの輪の中心にいる二人をよそに、僕は一人あのとき真梨花が言った言葉が妙に引っ掛かっていた。
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