第10話 転校生と幼馴染
横浜遠足の翌週の朝、多少の疲労を感じながら月島はいつもより遅く起床する。携帯電話にセットしておいたアラームを気づかないうちに消していて、月島は、早く起きろと言わんばかりに差し込んできた光で目が覚めた。
疲労があるのは当然だ。だが、それ以上に三日たった今でもあの日の自分の行動を思い出して悶絶する。
「あああっー」
枕に顔を押し付け、なんとか自分を抑えようとする。なんてことをしてしまったんだ。会って間もない女の子とデート(仮)をし、挙句の果てに彼女の胸で泣きじゃくるなんて。
だが、不思議と忘れたいとも、なかったことにしたいとは思わない。あの日、彼女と過ごしたことは少なからず月島の気持ちを前向きにさせるものだったから。
そんなことを思いながらも、今日も月島は時間は違えど、いつも通りの朝のルーティンをこなし、学校へ向かう。
教室を開けると、部活の朝練のせいだろうか、汗で額を濡らす佐藤がいた。
「おー月島、すっかりお寝坊さんだな」
「たまたまだよ」
「前もそんなこといってたぞ。一回さぼり癖がつくと何回も何回も繰り返してしまうものなんだぞ。俺なんか、先週締め切りの課題を毎日毎日やろうと思ってはやらないを繰り返してるんだぞ。いや~、もう辛い」
「それは、今すぐにでもやった方が」
「それより、見てみろよ月島、おまえの隣の席」
月島が指すのは月島からみて右隣に置かれ机。教室全体からみて、窓側の一番後ろの席である。
昨日まではなかった机だ。教室においてある机はどれも同じ。意外と意識しないと気付かないものである。それとも月島の気が抜けていたのか。
「本当だ。新しい席」
月島が驚いたように、佐藤に言葉を返すと、佐藤がありきたりな推論を発表する。
「これはあれだな。転校生イベントだな」
そんな浅はかな推論に月島が疑問を投げかける。
「でも、まだ五月の頭。こんな時期に転校生なんてこないでしょ」
「まぁ、それもそうだな」
月島は、隣の席をあまり気にすることなく、カバンの中にある教科書とノートを机に入れる。
しばらくすると、教室の出入りも多くなっていき、予鈴の合図が鳴る。
「おーい。席につけ」
そう言いながら、担任の教師が教室に入ると、その後ろには一人の女子生徒がいる。
どこかで見た顔だ。月島は目を細める。
その女子生徒が教壇に立つと、担任が彼女に自己紹介をするように促す。彼女はそれに応じて、口を開く。
「初めまして、
月島は、その名前を聞いて合点がいった。そう、彼女は月島と幼馴染の南真梨花である。
身長は、百五十センチと少しと小柄だが、顔が小さく、細身であるため、とてもスタイルが良く見える。
中学時代とは違い、長かったロングヘア―はショートヘア―に変わり、薄っすらとしたメイクで整えられた顔は日向とは違った方向性の美人と言えるだろう。
月島は、案の定、担任に月島の隣の席に着くように促され、こちら向かってくる。
真梨花は、月島と目が合うと一言、月島に向かってつぶやく。
「久しぶり」
真梨花がそう言ったのを聞いて、月島は戸惑いながらも言葉を返す。
「久しぶり・・・」
真梨花はそのまま、席に座り少し気まずそうに窓の外を眺めている。
そんな真梨花の落ち着いたたたずまいに対して、佐藤は、月島を見ては真梨花を見て、真梨花を見ては月島を見ると言った行動を繰り返し、何やら落ち着かない様子である。
「おい、月島。南さんと知り合いなのか、知り合いなのか」
食い気味に佐藤が月島に、尋ねる。
そんな佐藤の発言に対して、教壇から少しドスの利いた声で担任が佐藤に向けて言う。
「おい、月島」
その声に、佐藤は驚いたように反応する。
「ひゃい」
「お前、今日中に課題、出せよ」
「は、はい・・・」
こうして、沈黙の中で終えたいつもとは少し違う朝礼。先程の出来事を気にもしない様子で、さっそく佐藤が真梨花の席の目の前まで行き、話しかける。
「あのー、初めまして。俺、同じクラスの佐藤、よろしく」
「あー、はい。よろしくお願いします」
真梨花は、そっけなく答えた。
そんな真梨花のややぞんざいな対応にも臆せず、佐藤は続けて真梨花に尋ねる。
「あのー、連絡先とか交換しない」
「別にいいですけど。インスタでいいですか」
真梨花は、相変わらずそっけなく対応しているが、最近はやりのSNSで連絡先の交換に応じるようだ。もちろん月島はやっていないが。
「ごめん。俺、インスタやってないわ。ツイッターでもいいかな」
「ごめんなさい。私、ツイッターやってないです。ラインやってます?」
真梨花がそう言うと、佐藤がラインの友達追加のための画面を開いて真梨花に見せ、それを真梨花が読み取る。その最中にも佐藤は真梨花にコミュニケーションを図ろうとする。
「いやー、最近インスタ流行ってるよね。いやー、まだ使ったことなくて。ごめんね」
「いえ。私こそ、ツイッターやってなくてごめんなさい。なんかツイッターって、おじさんが使っているイメージで」
佐藤は、悪意のない真梨花の返しに、心を痛めながらも、苦悶の表情を隠そう頑張っているが、むしろその表情はどことなく気持ち悪さを晒している。
真梨花はそんな表情の佐藤を不思議そうに片目で見ながらも友達登録を終える。
「追加しました。よろしくお願いします」
「よ、よろしく・・・」
佐藤は、友達登録を終えると、すこしうなだれながら席へと戻る。こんな表情の佐藤を見るのは月島にとって初めてだった。佐藤にとっては、思わぬ難敵かもしれない。月島はそんなことを思い、苦笑いをしながら佐藤を見る。
その一方で、月島に何かを思い出したようにつぶやく。
「連絡先か・・・」
月島は、思い返すと彼女とまだ連絡先を交換していなかったことに気づいた。
そんな考えに耽っている月島を真梨花は不思議そうに見つめる。
◇◇◇
放課後のチャイムが鳴ると、真梨花の周りには、早速多くの女子生徒が集まっていた。今日のところは休み時間のたびに常にこの調子であった。
佐藤は、そんな女子の群衆を横目に月島に話しかける。
「おい、月島。南さん、お前に『久しぶり。』っていってたけど、知り合いか何かなのか」
「あぁ、ただの幼馴染ってだけだよ」
「お、幼馴染。なんて羨ましいやつめ」
「いや、だから何かあるってわけでもないし。それに、佐藤だって、さっき結構強くあしらわれてたじゃん」
「いや、南さんみたいなかわいい子に冷たくあしらわれるなんて、ご褒美でしかないじゃん」
「うわぁ」
月島は思わず、声を上げ、佐藤の方を冷めた目で見る。
「おい、そんな顔で俺を見ないでくれよ」
佐藤は少しうなだれながらも、すぐに復調し月島言う。
「じゃあ、俺、部活いくわ」
佐藤は、そういうと早々と去ってしまった。
佐藤と別れると、佐藤はいつも通り自転車で、少し遠回りの帰路を進みながらも、最近の激動の出来事の数々に思考をめぐらせていた。
先週には、神出鬼没な学校一の美少女に告白され、週末にデート(仮)した。そして、週明けの今日には、幼馴染が転向してきた。小説であっても、あまりにイベントを詰め込みすぎである。
そんなことを思いながら、ゆっくりとペダルを漕いでいくと、ひとつの影が月島を覆う。月島は、自転車を止め、影の指す方へ顔を上げると、神出鬼没な彼女が笑顔で月島に語りかける。
「おーい、月島くん」
月島は、いきなりの日向の出現に少しのけ反って驚いた。
「うわぁ、でた」
「え、いきなり、『でた』は酷くない?」
「あ、ごめん」
日向は、月島の申し訳なさそうな表情に対し、少し微笑んで答えると、心配そうに月島に尋ねる。
「月島君、大丈夫?」
「えっ?何で」
「声を掛けても全然返事がないから」
「ごめん。全然気づかなかった。ちょっと、考え事してて」
月島がそう答えると、彼女が少しニヤリと表情を変え、月島に尋ねる。
「それって、もしかして私のこと?」
そんな彼女の少し意地悪な質問に月島はできるだけ表情を変えぬようにする。
「べ、別に考えてないよ」
月島は、そう答えた後、自転車を手で押しながら前へ進んでいく。対する彼女も、そんな月島の思惑を全て見透かしたような笑顔で少し早歩きで月島を追う。
しばらくの間、二人は一言も交わさず並んで、歩いた。二人の間には、若干の気まずさ、というより恥ずかしさが垣間見れる。それが先週の南の間にあった時間が原因であることを互いに気づいているが、互いになかなか話を切り出せない。
しばらくの沈黙の後、月島は少し考えこんで、彼女に話を切り出した。
「あの、連絡先、交換しない?」
「えっ」
彼女が驚いたように答えると、月島はあわてて反応する。
「いや、ごめん。嫌だよね。忘れて」
月島は、少し調子に乗ったと自覚したのか、恥ずかしさを抑えるように軽く笑った後、かすかに悲しそうな表情が顔に出る。
そんな月島の表情を見て、日向は即座に月島に話かける。
「嫌じゃない。嫌じゃない。ちょっと驚いただけ。よし、交換、交換しよう。ね」
彼女は月島を慰めるように、優しく連絡先の交換を受け入れた。そんな彼女の優しさに感謝しつつも、月島は少しの不満を彼女にもらす。
「有難いけど、そんな子どもをあやすように言われても逆に悲しいんだけど」
そんな月島の反応に少し、微笑を浮かべながら、日向は言葉を返す。
「いやー、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだよ、本当に。でも、甘えられるうちに甘えておいた方がいいよ」
彼女がまた、すこし諭すように月島に話すと、月島が即座に反論する。
「いや、でももう高校二年生だし」
こう月島がいうと月島もまた、反応する。
「え~、高校二年生はまだまだ若いよ」
いや、君も同い年じゃ。月島は、そんなことを心の中で思っていると、彼女は少し月島との距離をつめ、問いかける。
「よし、交換、交換」
彼女がこういって、連絡先の交換を促すと、月島は今日の佐藤と真梨花の会話を思い出して、申し訳なさそうに彼女に申告する。
「でも、ごめん。僕、インスタはやってないからラインとかでいいかな」
彼女は少し不思議そうな表情をみせた後で、微笑を浮かべ月島に言葉を返す。
「うん。大丈夫」
「よかった」
月島は安堵の表情を浮かべ、彼女に友達追加のための画面を見せる。彼女は、その画面を見てしばらく自らの携帯の画面を操作してながら、月島に話す。
「それに私もインスタやってないから大丈夫だよ」
「えっ、そうなんだ。女子ってみんなインスタやっていると思ってた」
「え、そうかな。みんながみんなやってるとは思わないな~」
彼女は携帯を操作しながら、そうつぶやくと、彼女は準備ができたのか月島の画面に自分の画面を重ねて、読み取る。
「よし、できた。よろしくね」
彼女はそういうと、少し画面を操作した携帯をスカートのポケットにしまい、しばらくして、月島に尋ねた。
「ねえ、なんでいきなり連絡先を交換しようと思ったの」
彼女は、少し上目遣いで、不思議そうに月島を見つめる。月島は、そんな彼女の表情に少し照れながらも答える。
「いや、この間のお礼、まだできてないから。その時のために何かと連絡先はあった方がいいかなって」
「お礼?そんなこと気にしなくていいのに」
「いや、僕の気がすまないから」
彼女は月島の言葉を聞いて、少し困った表情を浮かべるも、すぐに何かを思いついたという仕草をみせ、意気揚々と月島に提案する。
「じゃあ、横浜の観覧車にいったときに言ってた月島くんの家の近くの遊園地でデートしてよ」
「デート?そこまでとは言ってないんですけど」
「でも、この間の『デート』のお礼なんでしょ?」
彼女はデートの部分をわざと強調し、悪戯心に満ちた笑みでしてやったりという表情を向ける。月島としては、むしろ、デートの後の出来事についてのお礼の気持ちだったのだが、そのことについて月島自身は掘り返したくなかったため、泣く泣く「デート」のお礼の「デート」の誘いを受ける覚悟を決めた。
「分かりました。分かりました」
「よし、決定ね!」
彼女は微笑んで、この提案を決定事項にした。
月島はしぶしぶ彼女の提案を受け入れ、少し肩を落としたが、悪い気はしなかった。それより月島は、彼女が、時に凛とした表情を浮かべることに対し、時に小悪魔的な笑みで月島をからかい、時にあの時にみたいにまるで女神のように月島を抱きしめたりと、彼女の神出鬼没性も相まって、彼女のキャラクターに少しとまどっていた。なんというか、なにかつかみどころのない人だ。
そんなことを考えていると、すぐそこには最寄りが見えていた。
「じゃあね。月島君」
彼女はそういうと、笑顔で月島に手をふり改札口がある地下へ走って行ってしまった。
月島は彼女の小さな背中を見送り、時間を確認しょうと携帯電話の画面をみると、「よろしくね」と書かれた彼女からのメッセージが届いていた。
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