閑話1

 月島は、日向に挨拶をかわし、扉の取手に手を伸ばした瞬間、時計の鐘の音が鳴り響いた。キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムより少し高貴な音だ。確かにリビングに高そうな時計が掛けてあったことを、月島は思い出した。


 月島は、時計の音源を推察して一人、納得した。が、一方、しばらくしてなぜ今時計の音がなったのかという疑問が湧いてきた。


「あのー、この音って、何の音?」


 月島は、率直な疑問を日向にぶつけると、日向はあざとくも指を顎に当てて首を横に傾げた。


「ふつうに十二時になったからだと思うけど・・・」


 日向はなぜ、月島が当たり前のことを聞いてくるのか心底疑問そうに思いながら、少しとまどいながら答えた。


「えっ・・・本当?」


「本当だよ」


「えっ・・・」


「うん。本当」


 月島は、きょとんとする日向の顔に対して、苦笑いで質問で返した。


「あの・・・まだ終電であるかな・・・」


 日向はきょとんとした顔から一転、なるほどと納得し、笑顔で答えた。


「なるほど・・・ないね!」


 ◇◇◇


 月島は、さきほど座っていたリビングの椅子に戻っていた。

 月島は、帰ると主張したが、彼女はめずらしく正論を月島に突きつけ、大人しく彼女のお世話になることにしたのだ。


 月島は納得のいっていないながらも、ナイフで野菜とトントンと切っていくエプロン姿の日向をため息交じりに眺める。


「えっ、何かついてる?」


 日向は月島の視線に気づいたのか、少し恥ずかしそうに聞く。


 不意を突かれたのか、月島は少し焦って答える。


「あっ、いや、なんか不思議だなーと思って。」


 日向は月島の返答を聞いて、不満そうにまた野菜を切り始めた。


「私が料理する姿はそんなに不思議?」


 彼女の表情から何かを感じた月島は、急いで弁明をする。


「いや、違う違う。今この状況が『不思議だなー』と思っただけ」


 彼女は切りの言いところまで野菜を切り終えると、ナイフを置いて答えた。


「そうだよねー。お泊りデートになると思ってなかったよねー」


 彼女の少しずれた回答に月島は少しイラっとしながらも、冷静に訂正する。


「泊めてもらうことはそうだけど。まずデートじゃないし。」


「えー、私はデートだと思っていたけどね。」


 鼻歌まじりに、調理を再開させる。


 月島は、悪戯ごころに満ちた彼女の様子を不満に思いながらも、彼女の気遣いに感謝し、それは胸に秘めておくことにした。

 しばらくすると、日向は月島の座るテーブルにお皿を並べていく。


「おー。」


 月島は、高そうなお皿に盛られた高そうなお肉ときれいに盛り付けつけられた野菜を見て驚きの声を上げた。


「何か恥ずかしいなー。」


 日向は、言葉通り恥ずかしそうな表情を浮かべながらダイニングに戻る。彼女は、エプロンを外して、置いていてライスとサラダを持ってテーブルに戻る。


「また、野菜。」


 月島がそう言葉をこぼす。


「あんまり、野菜好きじゃなかった?」


 彼女は心配そうに尋ねる。


「いや、野菜に野菜だったから」


「野菜に入っている食物繊維は、健康にも美容にもすっごく大切なのです。残さず食べましょう!」


 日向は食い気味にこう説明した。


「ふふっ、ははっ」


 月島は、そんな日向の様子を見て思わず笑ってしまった。日向はそんな月島な様子を見てまた、不思議そうに首を傾げる。


「私、何か可笑しかった?」


「いや、そんなことは、ふふっ、ははっ」


 日向は変わら不思議そうな顔で月島を見つめつつも、笑みをこぼした。


「もー、月島くんってちょっと変わってるよね。ほら冷めるまえに食べちゃおう。」


 月島は、目の涙を指で拭ってから、手を合わせた。


「いただきます。」

「いただきます。」


 彼女も月島に続く。


 月島は丁寧に用意されたナイフとフォークで不慣れにお皿に盛られたお肉を切り、口に含む。


「んー、美味しい」


 その様子を見て、日向はうれしそうに笑顔を浮かべる。


「よかった」


 その後、僕たちは料理のことを話したりして、お互いに非日常ながら他愛のないひと時を過ごした。


 ◇◇◇


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 いただきますと同様、日向が月島に続き、月島たちは食事を終えた。


「いやー、思ったよりもお腹いっぱいになっちゃたね。」


 彼女は軽く椅子の背もたれに体を預け、お腹を一回、二回さすった。月島もそれについては同様だったのか、同じく椅子の背もたれに体を預けた。


「まぁ、アイスとかも食べたりしたしね。少し太ったかも。」


「女の子の前で太ったというワードを口にしてはいけません。今日は、たくさん歩いたから大丈夫なのです」


 彼女の声はいつもより半音くらい高く、口調も少し変わっているような気がした。

「何それ」


「ふふっ、わかんない」


 日向は少し眠いのか、テンションがいつも以上に上がっていた気がした。かくゆう月島もだが。


 お互いにこのふざけた空気に微笑みをこぼしていると月島は突然に視線をそらした。日向はその様子を見て、不思議そうに少し伸び伸びとした口調で尋ねた。


「何、月島くん、どうかしたー?」


 月島は少し恥ずかしそうにぼそぼそと呟く。


「いや、あの・・・服・・・」


 日向は、しばらくは不思議そうにしていたが、自らのはだけた服を確認すると、納得した様子でゆっくりと身だしなみを整える。


「いやー、ごめんねー、お見苦しいものを。でも、えっち」


 月島は日向の様子を見てため息をついた。


「なんかテンション高くない。大丈夫?」


「大丈夫です。元気です。問題ありません」


 心なしか彼女の白くきめ細やかや肌が少し火照っているのを見て、月島は目を細めて尋ねた。


「もしかして、お酒飲んでないよね。」


 彼女は、手を口に当て、まるで推理をするように五秒ほどじっくり考えてから端的に答えた。


「飲んでないです。」


 あまりにも端的に答える彼女に疑念をを晴らすことのできない月島は、再度、問答する。


「本当・・・?」


 彼女は、視線を逸らす。


「本当・・・?」


 月島は改めて、日向を細めで見つめる。

 彼女は観念したのか、投げやりに答える。


「本当に飲んでないって、月島くんだって見てたでしょ。ちょっと料理には入れたけど・・・」


 月島は、呆れてため息をついた。


「はぁ~、わざわざそんな大人ぶったことしなくてもいいのに。」


 日向は月島の呆れた物言いに対して、食い気味に反論する。


「別に大人ぶりたくて入れたわけじゃありませーん。お肉に赤ワインを入れると柔らかく美味しくなるから入れただけなのです」


「わかった。わかったから」


「調理に使う分には犯罪じゃありませーん」


 彼女は反論して怒っているというよりも、調子が良くなってこの状況を楽しんでいるように見えた。


「君は、あまりお酒を飲んじゃいけないタイプだね。」


「えーなんでー」


「もう寝た方がいいよ。」


 あまりの彼女の上機嫌に月島はついていけなくなり、なんとかこの会話を断ち切るように促す。


「んーそうだね。もう一時過ぎてるし。月島くん、先お風呂入る?」


 月島は彼女の思いがけない言葉に動揺した。


「い、いいよ、僕は。今日運動っていう運動してないし。」


 彼女は相変わらず上機嫌のまま、反論する。


「だめだよ、お風呂はちゃんと入らないと。」


 月島が不服そうな顔をして見せると、日向は正論で畳かける。


「それに歩くだけだって、人間見えない汗を流しているんだよ。」


「はいはい。わかりました」


 月島は、素面とは言えない精神状態の彼女に言い負かされたように感じ、気分はよくなかったが何を言って無駄だと感じ大人しく従うことにした。


「分かればよろしい。マンションの下にコンビニがあるから下着とはそこで買ってきなよ。パジャマは適当なの貸してあげるよ。」


「一応聞いておくけど、君のではないよね。」


「さすがに、私のサイズを月島が着れるとは思わないよ。」


 彼女は、ニヤリと意地の悪い笑みで答えた。


「じゃあ、僕がコンビニに行っている間にお風呂入っておいてよ。僕はその後入らせてもらうことにするよ。」 


 そう言って月島が玄関の方に向かうと、日向「はーい」と片手を挙げて応答して見せた。


「コンビニに行く振りして、お風呂とか覗かないでね。絶対だからね。」


 日向はそう言って、ニヤニヤしながら月島を見送ると、月島は素っ気なく靴に履き替え扉を出た。


「はいはい。覗きませんよ。」


「もーつまんないなー。」

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