第8話 デート(仮)?
月島は、少し前を歩く日向に続いて、横浜港に沿って歩みを進めていた。数秒の間先行していた日向が少しペースを落として月島に並ぶ。
今、この光景を見ている人たちはきっと月島たちのことを初々しいカップルか何かだと勘違いしているだろう。そんなぎこちなさが月島たちの間にはあった。もちろん、月島もそんな雰囲気を感じていた。
そんな沈黙を破るように日向は切り出す。
「ねえ。今日はどんなところを回ったの」
月島は、突然の日向の切り出しに驚き、確認するように返事を返す。
「えっ、今日回った場所?」
「うん、回った場所」
「ああ、ランドマークタワーとか中華街くらいかな」
「いいな~。私ランドマークタワーとかいったことないや。でも、半日でそれだけ?」
「あ、あと、アニメイトとか・・・」
「えっ?」
「えっ?」
「アニメイト?」
日向は、いつものように月島にとって痛いくらいな純粋な眼差しで尋ねる。
「うん。なんというかアニメのグッズとかを売っているお店」
「へぇ~。そんなお店横浜にあるのなんて知らなかったよ。月島くんは、その、オタクさんなの?」
「僕はオタクじゃないよ。一緒に行った人がオタクなだけ」
「へぇ~。今時の女の子たちもそういうのが好きなの」
「いや、今日はいろいろあってクラスの男子と二人で回ったから」
「えっ。もしかして、月島くんが恋愛をしないって言っているのって・・・。男の子が好きだから、女の子とは恋愛しないってこと!」
「ち、ちがうよ。本当に色々あって、そうなっただけだから!」
月島は食い気味に反論する。そんな月島の反論に、子どもを諭すように答える。
「わかった、わかったから~。一旦、落ち着いて~。ね~」
「まぁ、わかればいいんだよ」
そんな他愛のない話をしながら、山下公園から十分ちょっと歩いたころで日向が月島の少し前に出て、くるりと回ってから伝える。
「ほら、着いたよ。目的地」
彼女がそういったのを聞いて、月島は辺りを見わたす。
あたりは象のオブジェで溢れており、極めつけに目の前の建物の天井から象の大きな鼻が伸びている。
「象ばっかりだ」
「ふふ、いいでしょ。象の鼻パークだよ」
彼女はこれまで月島が見てきた中で一番の無邪気な笑顔で微笑む。そんな彼女を見つめている月島に対し、少し焦ってといかける。
「あれ、もしかして来たことあった」
「いや、ちょっとぼーとしていただけ」
「良かった。昔、家族でよく来た場所なんだ」
「へぇ~。いい場所だね」
月島がこういうと、彼女はまた笑みを浮かべて、少し前へかける。
「月島くん、こっちこっち」
そう言って、彼女が向かうのはその象の鼻が伸びている建物である。
扉をあけると中はカフェになっているようだ。
中に入ると彼女はメニューの書いてある看板をみてひと安心する。
「よかった~。まだこのアイスあったんだ。ちょっと頼みにいってくるね」
彼女はそういうと早速メニューを頼みにいく。そんな彼女に対し、たまらず月島が声をかける。
「ちょっと待って」
「ん?もしかしてお腹すいてない?」
「いや、そうじゃなくて、僕が買ってくるよ」
「いいよ。いいよ。きょうの『デート』のお礼」
「でも」
「こういう時は素直に「ありがとう」っていうものだよ。あと、ここのお店、ポイントはつかないよ」
彼女は一本取ったという顔で、身を弾ませて注文を頼みに行った。まさか、月島がポイントを貯めていることを覚えているとは。月島はそのまま注文をしている彼女を後ろ姿を見守る。
「お待たせ~」
彼女は両手に象を形どったアイスをのせたコーンアイスをもってきて、片方を月島に手渡す。
「・・・ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。可愛いでしょ」
日向はそう言って、アイスを顔に近づけて、あざとく上目遣いをして見つめてくる。月島は、日向が自分が可愛いのかアイスが可愛いのか、どっちを指しているのか分からなかったが、適当に一言で答えた。
「・・・うん」
月島たちは、象のどこから食べるか、食べるペースがはやい、おそい、そんな話をしながらもこの不思議な時間をあっという間に過ごした。
月島にとっては本当に不思議な時間だった。高校生活が始まる日。恋愛をしないと決めた日。まさか、こんな美少女と一緒にデートスポットでアイスを食べながら他愛のない話をするなんて思いもしなかった。
そんなことを思いながらも月島にとって、この時間は悪くないものだった。
◇◇◇
お店の外に出ると、外はだいぶ暗くなっており、おしゃれな街灯がきれいに並んでいた。春の夜の少し肌寒い空気も相まって、雰囲気は大人の夜のデートのように感じた。
外に出るとすぐに、彼女は月島に尋ねる。
「あともう一箇所いってもいいかな」
「うん。大丈夫」
ゆっくりと歩く二人の間に長い沈黙が流れる。
日向は、月島の少し前を歩いて、月島はその日向の足取りに合わせて着いていく。
少し抜けているところもあるが、いつも凛とした佇まいの彼女。でも、そんな彼女の足取りはやはり女の子だ。月島は、足の幅やペースに気を付けて、この沈黙を守っていた。
決して、彼女に追いつきたくないということではない。ただ、今の月島にはこの沈黙を破るだけの度量はなかった。
しばらく歩いて、二人は象の鼻バークを超えて、赤レンガ倉庫さえも超えようというあたりだ。そんな彼女の足取りに、月島は思わず声が出る。
「赤レンガ倉庫じゃないんだね」
「うん。意外と赤レンガ倉庫の中は商業施設ばっかりで、「ザ・横浜」って感じじゃないんだよ」
「へぇ~。それより、結構前から思っていたんだけど、日向さんって、横浜について詳しいんだね」
「うん。まぁ~、横浜に住んでるからね」
「えっ?」
月島は思わず、その歩みを止める。
「ん。何かおかしかった?」
「よ、横浜ってこの横浜だよね」
「うん。みなとみらいの方だけど」
「いや、もっとすごいじゃん」
月島はあまりの驚きに、先ほどの雰囲気をぶち壊すように勢いよく彼女に畳みかけた。
「まぁ、落ち着いて。でも、よくよく考えると月島くんは都民でしょ。月島くんの方がすごいじゃん」
月島は、彼女の言葉に深くため息をついて、答える。
「それ大きな勘違いだよ。よく人がいう都民というのは港区だったり、世田谷区だったりそういうところをいうのであって、僕が住んでいる練馬区は埼玉県扱い。横浜よりずっと格下なんだよ。そこらへんは勘違いしないでほしい」
すごく饒舌に話す月島に日向は圧倒されながらも、日向は適格な返答をする。
「そういうのは月島くんのいう格上のところに住んでるひとがいうセリフじゃないの・・・」
「まぁ、そうだけど・・・」
「ふふっ、月島くんはなんかどうでもいいところでこだわりがあるよね」
「どうでもいいって、これは結構、重要な問題で・・・」
日向は、そう屁理屈をごねる月島の言葉を冴え遮って、夜空に指を掲げた。
「ほら、見えてきたよ」
そう言う彼女が指さす先にあったのは、色鮮やかに光る観覧車だった。
「あの、観覧車」
「うん。あの観覧車。あそこもよく家族でいってんだんだ。夜景がきれいに見えるんだよ」
「へぇ~。確かにあそこからなら凄い景色が見えそうだ」
そんな会話をしながらも二人は観覧車に向けて歩みを進める。
その途中、彼女が両手を口に当てる。
無理もないだろう。春とは夜は日によってかなり冷えるし、加えて横浜港の潮風は体感温度をかなり寒く感じさせる。
月島は、彼女の様子を見て声をかける。
「もしかして寒い」
「すこしだけ。月島くんは?」
「僕はそうでもない。上着着る?」
彼女は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。
「ふふっ、ありがとう。でも、それだと月島くんが寒くなっちゃうでしょ」
「いや、でも・・・」
「それなら・・・」
彼女はそういうと、月島に右手を差し出す。
「手をつなごう。そうすれば、二人ともあったかいよ」
「いや。さすがに、それは」
「もしかして、照れている?」
彼女は意地悪く、ニヤリとして月島の様子を伺う。
月島は、ここで抵抗する方が面倒くさいと思って、さっと彼女の手を取った。すると、彼女は驚いたのか、背筋を伸ばして声を漏らす。
「んっ」
「ごめん。ちょっと痛かった」
「ううん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。よし、行こう!」
日向は、そういうと月島の手を取って、観覧車の方へ向かう。
しばらく歩くと観覧車はがかなり近くに見えてきた。
「ここって、遊園地もあったんだ」
月島がそうつぶやくと、日向は申し訳なさそうにつぶやく。
「大分こじんまりしてるけどね」
「そうかな。僕の家の近くの遊園地はもっと廃れてるよ」
「でも、もうここより大きいでしょ。」
「まぁ、そうだけど」
「そうでしょ。横浜も大したことないって」
「遊園地の大きさでは測れないと思うけど・・・」
「ふふっ、さぁ、いこう」
彼女がこう言うと、彼女の手は、強くなりすぎないようにと握っていた月島の手をすり抜けていった。そして、観覧車の方へ駆けていった。そんな彼女を月島は少し速足で追う。
「おーい。月島君」
月島が彼女に追いつくと、すでに彼女は二枚のチケットを手にしていて、月島に手を振る。
「チケット・・・」
「いいの、いいの。さぁ、早く乗っちゃおう」
観覧車に乗り込んだ月島は、生温かく、暗い密閉空間の中に、彼女といることにどこかぎこちなさを感じた。意識をしていないと思っていても、この分厚い鉄カゴが作り出す、暗く、静かな空間が無意識に月島の視線を彼女に向けさせる。そんな月島の視線が見つめる彼女の視線は、何かを待つようにただ一点を見つめていた。
そして、しばらくすると月島たちが乗る観覧車の箱もだんだんと高度を上げていき、見える景色も変わっていく。
「見て」
そういった彼女の視線の先は、みなとみらいのビル群ではなく、対岸沿いまで広がるどこまでも黒い海と無数の建物の光。対岸沿いにある建物群が放つ光は、みらいみらい側とは違って、もはやどの建物がどの光を発しているかわからないほど混沌としていたが、それが余計に神秘的に見えた。月島が記憶にある限りでは、見たことがない光景だった。
「きれい」
今にも消えてしまいそうなくらい儚い声で、ただ一言つぶやく彼女の目はどんな宝石よりも美しく感じた。
一通り、景色を見渡し終えた彼女は、いつもより真剣な面持ちで月島に尋ねた。
「ねえ、月島君。今日はどうして急なデートに付き合ってくれたの。」
いつもは見ない彼女の表情に少し息を飲み答える。
「正直、分からない。いつもだったら何だかんだ理由をつけて断ったと思う。けど、」
「けど?」
「最近、少し考え方が変わったんだ。前は、誰かと出かけたりすることに意味を全く感じてなくて、それ以前にいつも何をやるにもどこか冷めている自分がいて、他人の輪に入らないようにしてた。でも、最近はだれかと話したりするのも悪くないなって思い始めて・・・。って、何いってるだろう。忘れて。」
月島は、自分が言ったことに恥ずかしくなって下を向く。
「ううん。なんか分かるよその気持ち」
日向は何時になく、ゆっくりとそう答えた。
月島は、少し間をとって月島に伝える。
「今日は誘ってくれてありがとう」
日向は少し驚いた表情をみせたが、微笑んで答える。
「どういたしまして」
月島と日向はお互いに視線を合わせて、微笑んだ。
しかし、その直後、彼女が指摘を加える。
「でも、質問の答えにはなってなかったけどね」
「真面目な雰囲気だったのに・・・」
そんな他愛のない雰囲気のまま、観覧車は地上へ戻っていく。
月島たちは、観覧車を降りると、ようやく帰路につく。二人は、みなとみらい駅へ向けて、赤レンガ倉庫や観覧車が位置するこの埠頭とみらいみらいエリアをつなぐ橋を渡る。彼女はみなとみらい駅を使わないため、わざわざ月島を駅まで見送る必要はないのだが、月島を見送ると聞かない。
二人はみなとみらい駅に着くと、東京の練馬方面まで続く地下鉄のホームを目指して歩く。今日は平日ということもあって、横浜の観光エリアには人が少なかったが、駅構内は通勤から帰ってくるサラリーマン中心に溢れかえっていた。
日向が、地下鉄の改札口に近づいてきたところを見計らって横にいる月島にお別れの挨拶を交わそうとした時だった。
日向のとなりには、月島はいない。日向は後ろを振り返ると、ほんの少し後ろに改札にいる多くの人の視線を集めて、胸に手を当て、息を荒げる月島がいた。
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