第6話 彼女は幽霊?

 昨日振った雨は夜になっても降り続け、雲が晴れたのは夜が明けて少し経ったころだったそうだ。降雨量は、四月の関東では異例らしく、これも温暖化の影響らしいとか、そうじゃないとか。



 そんなニュースを朝食を食べながら、見終えた月島は、いつも通り学校の支度をして、いつも通りの時間に家を出る。

 雨上がりの後の晴れた日の空気は、いつもとは違う匂いがして、月島は少し気分が良かった。

 月島は、いつもように学校までの道のりを自転車で漕いでいくが、この日は爽やかな風が通り抜けていくのを感じた。



 月島は、学校に着くと、いつも通り、一番乗りで教室に入る・・・予定であったが今日も先客がいた。


「おう、おはよう月島」


 そう月島に挨拶をしてきたのは、昨日の朝と同じく佐藤だった。


「おはよう。それで、今日も朝練なかったの」


 月島は、佐藤に率直に疑問をぶつけた。


「それがさー、昨日の雨で校庭ぐちゃぐちゃでつかえないんだってさー。いやー、ざんねん、ざんねん」



 そういう佐藤の表情は、その言葉とは反して、そこはかとなく嬉しそうだった。

 練習をさぼれて本当は嬉しかったのだろうか。まぁ、それでも昨日のことはもう引きずっていないようで月島は少し安心した。

 そんな安心をよそに佐藤は遠足の話題を月島にしてきた。


「ところでさー、月島は遠足でどこか行きたいところある?」


 どうやら、本当に昨日のことは吹っ切れているようで安心した。もしかすると、もう覚えていないのかもしれないが・・・。

 とりあえず、月島はそれとなく返しておくことにした。


「特にない。何でもいいよ」


「ん、今何でも言った」


 佐藤は、何か閃いたかのように条件反射で答えた。月島は、なんとなく面倒くさいことになりそうだったので、適当に受け流した。


「あー、うん。なんでも」


「なら、任せておけ。横浜と言えば、とっておきの場所がある」


 佐藤がニヤリと頬を上げる。月島は何か嫌な予感がしたが、誘ってもらった恩もあるので何も言わないでおいた。



 六時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、佐藤は、いつも通り足早に部活へ向かっていく。


「じゃあな月島」


「あぁ、また明日」


 月島も同様に、いつも通り帰る支度をして、いつも通り自転車置き場にいって、いつもどおり少し遠回りの帰路へ向かう。

 いつも通り。それでいいはずなのだが、やはり一昨日に出会った彼女のことが頭にちらつく。



 本来であれば、月島は人との余計な関わりは持ちたくないのだが、彼女のことが気になって仕方がない。

 月島が、今まで見てきた人物、それも芸能人の含めたとしても一、二を争う美少女が、知り合いでもなんでもない月島に突然告白していきたのである。また、そんな美少女を、朝のテレビ局までアナウンサーに会いに行くほどのバイタリティを持つ佐藤ですら見たことがないのだから。本当に不思議だ。



 もしかすると、幽霊なのではないかという疑念すら湧いてくる。しかし、佐藤は彼女のことを知っていた。したがって、幽霊ではなさそうなのである。

 一方で、その事実が余計に月島の疑念を増長させていた。



 自転車のペダルを漕ぎながらも、彼女のことで思考を奪われていると、聞き覚えのある透き通った声が月島の耳に入って来た。


「お~い、月島くん」


 月島が、その声がする方向に視線を向けると例の小さな公園のベンチの前で月島に向けて手を振っていた。

 月島は、自転車から降りて、日向の方へ向かう。そして、彼女へ近づくと目を細め、つぶやく。


「ゆ、幽霊・・・」


「幽霊って、私のこと?」


 日向は、不思議そうな顔で月島を見つめる。


「いや、ごめん。何でもない」


「ふふっ、もう月島くん。大丈夫?」


 日向は、少し呆れたように微笑んでいた。


「あぁ、うん大丈夫」


 彼女のその様子を見て、月島は、彼女が実在していることに実感湧き、なぜだかわからないか少し感動し、ほっと息を吐いた。

 またも、日向は不思議そうに見つめたが、しばらくして表情を戻して月島に声をかける。


「とりあえず、一緒に帰ろっか」


 日向はそういうと、歩道の方へ出て、道なりをゆっくり進んでいく。月島は、そんな彼女に遅れないように自転車を取りに戻って、彼女の後を追っていく。

 月島は、日向に追いついたところで気になっていたことを彼女に聞いてみた。


「日向さんは、いつもこの道を使っているわけじゃないんだね」


「えっ、なんで?」


「いや、昨日はいなかったから」


 月島の言葉を聞いて、日向は大きな瞳をできる限り細めて疑う。


「えっ、もしかして月島くんの方がストーカーないんじゃないかな。私にストーカーっていう割には、月島くんの方が私のこと好きだったりする?」


 月島は、日向の返しにすぐに反応し、必死に否定する。


「ち、違うから。ただちょっと気になって言うか。なんていうか・・・」


 日向は、月島の反応をみて、満足そうな笑みを浮かべた。


「うそうそ。ちょっとからかってみただけ」


 月島は深くため息をついた。


「はぁ~。もう何を聞いたかも忘れた」


「なんで昨日いなかったかだよ」


「ん~、基本的にはこの道を使ってるけど、たまに違う道も使うって感じかな。女の子は気まぐれなんだよ」


 彼女は、取手付けたかのように言って、小悪魔的な笑みを浮かべた。

 彼女は、おろか友達すらまともにいない月島にとって、女心というものは本当に分からなかった。月島は、さすがに言い返すことにも疲れ、「は~、そうですか~。」といって、彼女より少し前を歩いた。



 そんな月島の様子をみて、笑みを浮かべながら、少し駆け足で月島に追いつこうとする。

 日向は、月島に追いつくと月島に歩幅を合わせてから、下を向いた。

 そして、しばらくの沈黙の後で、日向は急に頬を赤らめて月島に尋ねる。


「あの、話は変わるんだけど・・・。考えは変わった」


「考えって?」


 月島が不思議そうに答えると、彼女は少し頬を赤らめながら返す。


「だから・・・、私と付き合えるかってこと」


「え、いや、一昨日聞いたばかりじゃ・・・」


「あー、もう女の子の質問にはイエスかノーで答えるだよ!」


 彼女は少し頬を膨らませてそう答えた。

 月島は、そんな彼女の表情をみて、すこし面倒くさいと思いながらも、それとなく謝る。


「ごめん、ごめん」


 日向は、月島の適当な謝罪に少しムッとした表情を見せる。


「本当にそう思ってる~」


「思っている、思っている。それに、前にも言ったように僕は恋愛をしないって決めているんだ」


「ふ~ん、もったいないと思うけどな~」


 月島は、まだまだ続く日向の不満そうな顔をみて、彼女をこの話題から遠ざけることを試みる。


「それより、遠足はどこを回るか決めた?」


「えっ、遠足?」


 日向は意表を突かれたような仕草を見せて、足を止めた。

 月島は、そんな様子の彼女を不思議そうにみて、再度同じことを繰り返す。


「うん。明日の遠足だけど。どこ行くか決めた?」


「あ~、明日の遠足ね!」


 彼女は、今の今まで忘れていたのか、なるほどという様子で軽く握った右手を左の平にポンと置いた。そして、そのまま話を続ける。


「う~ん。どこに行くかは・・・決まっていないかな」


 彼女は、ゆっくりと歩き始めながら答えた。月島は、歩く日向の後ろに続いていく。


「へー。そんなに楽しみじゃなかったりする」


「そんなことないよ。楽しみ、楽しみ。それより、月島くんも楽しみだったりするの」

 

「別に・・・。出席日数にカウントされるから行くだけ」


「えええ・・・。そんなに行きたくないの・・・。でも、いくだけ偉い偉い」


「そんなことで褒められても嬉しくないんだけど・・・」


 そんな会話をしているとあっという間に最寄り駅に近づいていた。

 彼女もそれに気づき、改札の前で止まって、あざとく月島の方へ振り返る。


「またね。月島くん」


「うん」


 月島は日向にそう言って別れを告げると、来た道に戻っていく。日向は月島のその様子を見て、慌てた様子で月島に呼びかける。


「おーい、月島くん。そっちは逆だよー」


「うん。知っている」


 月島は当然かのように答える。


「もしかして、忘れ物?」


 日向はそう言いながら、月島の方へ駆けてきた。


「違うよ。ここのスーパーがポイント五倍デーの日だから、ここで買い物をして帰る

だけだよ。」


「ポイント、五倍・・・」


 日向が呆れた様子でそう言ったことに対して、月島はすごい勢いで彼女に迫って反論する。


「五倍、五倍もなんだよ。塵も積もれば山となるという言葉があって・・・」


 日向は、そう迫ってきた月島を両手で抑える。


「わ、分かった、分かったから」


「分かればいいんだよ」


 月島は、そう言って、彼女を背にして平静を装う。


 日向は、そんな月島を覗き込むように話しかける。


「ねぇ、月島くん。私も一緒にいっていい?」


「えっ、一緒に?」


 月島は、少し驚いて半身を後ろに向けて、聞き返した。


「うん、初デート」


 彼女は、ニヤリと微笑みを月島に向けてそう返した。

 月島は、少し照れた顔を隠すように体を元に戻して、答えた。


「まぁ、いいけど。あと、デートではない」


 日向は、追い打ちをかけるように、月島をからかう。


「もう、恥ずかしがらなくていいのに」


「別にそんなんじゃないよ」


「ふふっ」


 結局、月島は、日向とスーパーで買い物をして帰った。意外でもなかったが、彼女は料理はよくするようで、月島に良い野菜の選び方を教えてくれた。



 芸能人と比較しても遜色のないほど美少女は、初めて会ったその日に告白してきて、突然消えたと思えば、突然現れる。面倒くさいと思いながらも、彼女と話すことが嫌ではなかった。

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