第5話 「うわぁ・・・」
目が覚める。
昨日の出来事が月島の頭に浮かんでくる。まるで、今さっきまで見ていた夢なのではないかとさえ感じてしまう。それくらい、月島にとっては衝撃的な一日であったことを物語っている。
しかし、目覚まし時計としても使っているスマートフォンの画面に映る日付は確かに昨日から一日経っていた。
月島は一日経っても、日向のことが気になっていた。しかし、気になると言ってもそれは恋愛的な意味ではない。
恋愛をしないと誓う月島が、いままで一度も見たことがない美少女に一目惚れされ、告白されたのである。
それだけではない。さらに、その彼女は「必ずしも付き合う必要はない」というのだ。そんな人物が気になるのはもはや必然なのである。
しかし、そんなことを考えていてもしょうがない。月島はいつも通り、リビングへいき、テレビをつけ朝食の準備をする。
今日のニュースは一人親家庭についてだそうだ。毎度恒例のアナウンサーと専門家の先生、そして昨日も出演していたお笑い芸人が議論をはじめるということだ。
昨日とは違う専門家の先生なのだが、なぜ世の中の専門家という人たちは、人が変わってもこうも理路騒然かつ声高に話せるのだろうか。
「一人親家庭の平均年収は、母子家庭で約三百万円、父子家庭で約六百万円、それぞれ両親世帯の平均年収の約四十パーセント、七十パーセントほどに留まっています。したがって、一人親世帯の子どもたちとそうではない子で教育に格差が生まれてしまうのです。また、教育だけではなく経験などにも差が出てしまうのです」
「そういう子どもたちが普通の子どもたちが受ける当たり前のことを享受できないのは、深刻な問題ですね」
アナウンサーはそう言って、お笑い芸人のきんにく太郎に話を振った。
「いや~、実はね、私も母子家庭で大変だったんですよ。でも、そういう経験があって、裕福で何の苦労もしていないやつらの上にのし上がってやろうと思ったから今の僕があると思うんですよ。だから・・・」
あまり、芸は面白くないと思っていたが、この人も苦労してこの地位になってんだと月島は少し、関心する。しかし、毎回質問者の意図とは解答がずれているのが気になる。そんなニュースを見ながらも食事を終えた月島は、今日も少し早い登校にむけて支度を進める。
支度を終え、テレビを消そうしたその時、テレビ局の前で今日の天気について解説をする女性アナウンサーが画角に映っていた。どうやら、今日は午前中にも雨が降るようだ。
月島は、天気予報をみて、雨合羽もカバンを入れる。そして、ようやくテレビを消そうとすると、テレビの画面の中に月島の見たことのある人物が女性アナウンサーの斜め後ろでピースをしている。
「何をしているんだ・・・。」
月島は呆れながらも家を出る。
自転車を漕いで切り裂いていく風は、確かにいつもよりじめっとした感触があり、天気予報の通り今にも雨が降りそうだった。家を出て二十分が過ぎた頃、月島はようやく高校の最寄り駅である光が丘駅を通り抜け、公園の中へと入っていく。
月島は、下校時は人混みを避けて公園を迂回するが、朝は他の人よりも早く登校するため、最短経路である公園の中を通っていく。
光が丘駅に隣接する光が丘公園は、総面積が六十ヘクタールほどあり、中に野球場や陸上競技場、さらには体育館まであり、病院まで隣接している広大な公園である。
特に、月島が通る通学路は、木々が日の光を遮るように道を覆っていて、夏でも快適なほどさわやかな風が吹き抜ける。今日みたいな天気ではほぼ関係ないのだが・・・。
二週間ほど前に散ってしまった桜の花びらの上を、自転車で申し訳なそうに漕いでいくうちに、月島の通う練馬第一高校が見えてくる。
月島は、学校に着くと自転車を駐輪場に置き、足早に教室へ向かおうと、階段を上っていく。しかし、その途中、月島の思考の中に彼女がちらついた。
「これは、ただの興味本位だ」
月島は自分に言い訳をして、いつもより二階分多く階段を上り、屋上へ向かった。
屋上の扉を開けると、曇天の空からぽつぽつと雨が降り始めていただけで月島が想像して景色はそこにはなかった。
「まあ、昨日は話すためにたまたま来ていただけか。毎日いる方がおかしいしな」
月島は、何か期待してしまっていた自分が少し恥ずかしくなった。だが、こうしている間にも時間は過ぎる。月島は、本来の目的のために足早に教室へ向かう。
教室の扉を開けると佐藤が体を机に預けて寝ていた。佐藤は、月島が教室に入る音を聞いて、月島が教室に来たことに気づき、体を月島の方へ向ける。
「んあ、おう、おはよー月島」
「あぁ、おはよう」
「今日は少し遅いのな。寝坊か」
「まぁ、そんなところ。それより、佐藤は今日はどうしたの。いつもより早くない」
月島は、なんとなく今朝見た天気予報の状況から察していたが、一応聞いて見た。
「聞いてくれよ月島。今日は朝練がないからわざわざ、アナウンサーのお姉さんを見に行ったらさー、ちょっと話しかけたくらいで警備員になぜか連行されて、事情聴取されたんだぜー」
「うわぁ・・・」
月島は、身を少し引いて、唖然とした表情で佐藤を見た。
どうやら月島の想像を超えるほどひどい状況だったらしい。
「おい月島、そんなゴミを見るような目で見ないでくれよ~。俺はただ、アナウンサーのお姉さんとお近づきになりたかっただけなんだよー」
佐藤のバイタリティーはいつも月島の想像を超えてくる。月島は一周回って尊敬の念を抱いた。
「そんなことより・・・」
「そんなことってなんだよ」
「いやーごめん。ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいことって?」
「佐藤って、日向さんに会ったことある?」
「月島は、日向さんにご執心だな~。」
「別にそんなんじゃないよ。ただ少しだけ気になるだけ」
「そっか。だが、残念、俺は見たこともない」
「なら、いいんだ」
―それにしても不思議だ。これだけ顔が広そうな佐藤ですら、日向を見たことがないのか。
月島は、なんだか昨日の自分の記憶を疑いたくなった。しかし、佐藤が名前だけは知っているということは、日向は実存はしているということだろう。
月島は、そんなことを小難しそうに考えていると、佐藤は首を横に傾げて不思議そうに月島を見つめる。しかし、そんなことも束の間、クラスに段々と人が増えてくる。佐藤は、「ちょっと悪い、後でな」と言い残し、他のクラスメイトの元へ違う話をしに行った。
◇◇◇
一時限の始まりを知らせるチャイムが鳴り、授業が始めるという時間だが、教壇には教科担任ではなく、担任が立っている。今日は、一時限目を使って、明後日に行く遠足の班決めをおこなうことになっていた。月島はそんなことはとうの昔に忘れてしまっていたが・・・。
練馬第一高校では毎年、四月のゴールデンウイーク前に一、二年生がそれぞれ遠足に行くことが恒例行事になっている。今年、二年生は横浜にいくことになっているようだ。
そのため、全校で一時限目をその班決めに使うという。ちなみに遠足にいかない三年生は六月にある修学旅行の班決めにこの時間を使うらしい。
そんな班決めに際して、月島は昨年、高校一年生の遠足のときの班決めを思い出す。月島は、クラスの中で余りものになって、おなさけで余っている班に入れてもらったのだ。
「あの時は、地味にメンタルにきたな~」
月島が、そんなひとり言をつぶやいていると、月島と対照的な明るさに満ち溢れた声が聞こえて来る。
「お~い、月島。何か言ったか」
「いや、ただのひとり言」
「そっか。いや、そんなことより、遠足、一緒の班のしようぜ~」
どうやら、佐藤が月島を一緒の班に誘ってくれているらしい。その誘いに月島は答える。
「あー、うん。よろしく」
「よし、決まりな!」
月島はいつものようにそっけなく佐藤にそっけなく返したが、正直、佐藤のこういうところには助かっているのは事実だ。
佐藤は、普段おちゃらけていて、変なやつだと思われているが、意外に空気が読めて、気づかいのできる男だ。実際、今も他の人とも組めただろうに最初に月島を誘ってくれた。
普段は、少し冷たくあしらっているところもあるが、これを機にもう少し優しくしてあげようと月島は軽く誓った。
一方で、性格までイケメンな男だが、女性の噂が全くないのは今朝の奇行が示すようにその変人具合が原因であるのだろう。
月島が佐藤について考えていると、佐藤がまたしても月島に呼びかける。
「お~い、月島」
月島は虚を突かれたのか、少し慌てて答える。
「んっ、何?」
「同じ班のメンバー紹介するから、ちょっと来てくれ~。こっちこっち」
月島は、その声を聞いて、佐藤にいる方向に目線を向ける。意外なことに月島の視線の先には、昨日、それも彼女と屋上で出会った直前に、教室で鉢合わせた三人だった。
月島は、少し気まずくなって頭をコクリとさせて会釈をしたが、三人はスマホを見ていて月島には気づいていなかった。
「おーい、連れてきたぞ~」
佐藤が、女子三人に声をかけると、おそらく三人の中のリーダー格の女の子が面倒くさそうに佐藤に文句を垂れる。
「そもそも、何で男女混合なの」
リーダー格の女の子の言葉に嫌な素振りも見せず、佐藤はその疑問に答える。
「聞いてなかったのか―。先生が男女問わず仲良くなるために、必ず班の中で男女半々にしろって言ってだろー」
「へー」
リーダー格の女の子は佐藤の答えにスマホを触りながら、興味がなさそうに答えた。リーダー格の女の子は数秒ほど時間が経って、返事か何かが済んだのか、スマホの画面を閉じて佐藤に続けて文句を垂れる。
「月島くんはともかく、佐藤とか変な場所に行きそうだから嫌なんだけど~」
佐藤は、その言葉を聞いて、少し不満そうな顔を浮かべたが、すぐに表情を切り替えて自信満々に答える。
「俺ってそんな信頼ないのか・・・。安心しろ。俺は紳士の中の紳士。ラブがつくホテルなんて行くわけないだろ!」
女子三人は、佐藤の言葉を聞いて、佐藤を心底ゴミを見るかのような目で睨む。そして、リーダー格の女の子が代表して答える。
「そんなこと聞いてないし。そもそもそんな想像する時点でキモイ、最低」
さすがの佐藤もその言葉を聞いて項垂れた。
「俺はただ、聞かれたことをそのまま答えたのに・・・」
さらに、リーダー格の女の子が追い打ちをかける。
「私たちは私たちで別でいくから、よろしく」
そういって、三人が去ったのを見て、佐藤が月島につぶやく。
「さすがに、今のは冗談だよな・・・」
月島は、その言葉を聞いて、しばらくしてから答える。
「今のは佐藤が悪いよ・・・」
月島は、そう言って、まだ項垂れたままの佐藤の肩にそっと手を置いた・・・。どうやら遠足は二人でまわることになりそうだ。
怒涛の一時限目が終わると、朝ポツポツと降り始めた雨は本降りになり、六時間目の終わった今この時まで降り続けている。
この空模様のように、月島の前の席に座る佐藤もあれからずっと机に項垂れていた。ようやく、みんなが帰りの支度を始めた音を察すると、状態を起こし、月島の方へ振り返る。
「月島~、二人でも楽しもうな~」
「うん。そうだね」
月島は必至に苦笑いを作って答えた。
「じゃあ、俺部活いってくるわ。今日は中練か~」
ため息をつきながら席を立った佐藤の後ろ姿は心ここに在らずという具合だった。
月島は、佐藤を少し心配しつつも、帰る支度をして、自転車置き場に向かった。結局、帰る頃にも止むことがなかった雨に少しため息をつきながらも、雨具を着て、自転車のペダルをこぎ始める。
月島は、少しやけくそになりながらも、いつもよりペダルを強く漕いで、雨を切り裂いていく。
月島は、時々この通り道を歩く人物に目を向けながら、昨日会った美少女を探した。
しかし、あいにくの雨で月島の視界は悪く、追い抜いていく人物も傘をさしていたためなのか、この日月島が彼女の姿を見ることはなかった。
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