第4話 彼女との初めての帰り道
六時限目のチャイムが鳴って、クラスが一斉に騒がしくなる。これから部活に向かう話や遊びに行く話があちらこちらから聞こえて来るからだ。そんな喧騒をよそに月島はいつも通り、せっせと教科書とノートをカバンに入れて帰る支度をしていく。
その時、カバンの中に入れておいた例の手紙をいれた封筒が見えた。それは、今朝の出来事が現実であったことをより一層月島に思い知らせる。
しかし、今そのことについて考えても何の意味もない。月島は、自分にそう言い聞かせ、教室を出る。
月島は、靴を履き替えると、自転車置き場の方へ移動する。それまでの道、テニスコートやグラウンドから部活をしている生徒のさわやかな声が聞こえて来る。特に羨ましくもないもないのだが、毎回通るたびに少し気になってしまう。
月島は、カバンをかごに入れ、自転車をこぎ出し、校門を通り抜けていく。月島がこれから家に帰ることは間違いないのだが、登校に使った道には戻らない。この時間、通学路である公園を抜けていく道は下校をする生徒はもちろん、地元の小中学生や、散歩をする人で溢れているからである。
そのため、月島は人混みを避けるために公園を抜けてではなく、一・五倍ほどの時間は多く掛かってしまうが、道路沿いの道を使って帰ることにしている。
遠回りであるが、自転車で通学する月島にとっては、人混みは比較的なく、風がさわやかに通り抜けるこの道を通ることは気分が良かった。
月島が自転車のペダルを漕いでから、二、三分ほどした頃だろうか。ひときわ目を引く美少女が歩道沿いにある小さな公園のベンチに腰を掛け、本を読んでいるようだった。月島が、今朝、嫌というほど美を引き付けられた美少女、日向である。
ところどころ自然に生い茂られている簡素な公園に色を付けるかのごとく月島の視界に彼女の姿は映えていた。
しかし、月島はまだ、今朝の出来事に整理がついていないため、今日のところは彼女をスルーすることにした。そのため、少し身を屈めつつ、半身を逆方向に向けながら、空気を潜めてペダルをゆっくり漕いでいく。
そんな月島の意図に反して今朝、何度も聞いた透き通った声が聞こえて来る。
「あ!月島く~ん!」
どうやら、月島の工作は瞬く間に水の泡になってしまったようだ。
月島は今、日向に気づいたというような演技をしながら彼女に応える。
「やぁ、久しぶり・・・」
「『久しぶり』って、今朝会ったばかりだよ!」
彼女は、笑顔を見せながら返答した。
「ははは・・・そうだね・・・」
月島は、それとなく作り笑いをして答えた。
それと同時に、教室で佐藤が言っていたことが月島の頭の中を巡る。そして、彼女の制服のリボンの下に視線が勝手に引き付けられてしまう。月島がそんな邪念に思考を奪われていると日向は、ニヤリと頬を吊り上げ、月島に言う。
「今、胸見たでしょ」
可愛らしくも、少しいたずら心を纏っている彼女の表情を見て、月島は条件反射で反応する。
「み、見てない」
「ほんと~かな~」
彼女は、さらに月島に近づき、完全に勝ち誇った笑顔を向ける。
そんな彼女の笑顔に対して、月島は一点張りで否定する。
「いや、本当にみてないから、完全に思い違いだから、本当だから」
月島の必死の弁明に、彼女は笑みをこぼす。
どうやら、彼女の笑いの沸点がかなり低いらしい・・・と月島は思った。
その隙を見て、月島は話題を変える。
「それより、どうして日向さんはどうしてここにいるの?」
「『どうして』って?」
「だって、この道は公園を通るよりもかなり時間がかかるし、わざわざ使う人なんていないよ」
「それは月島くんだって、そうでしょ」
確かにそうだ。月島はさきほどの会話もあったので、今度は正直に答えた。
「まぁ、僕は人混みが苦手だし、この道は落ち着くから使っているんだよ」
「ふーん、月島くんって結構、繊細な人?」
図星を突かれたのか、彼女の言葉に月島は一瞬「うっ」と胸を突かれたような様子を見せたが、何事もなかったように話を戻す。
「話を戻すけど、日向さんはどうしてこの道を?」
「私も結構、人混み苦手だし・・・。」
日向は少し俯いて、答えた。
月島は、まずいことを聞いてしまったと思った。美人すぎる日向にとって、大勢の人の中にいるのは、月島とは違う意味で目立って、大変なのだろう。
月島は、そんな推測から日向に謝ろうとすると、その前に日向が笑顔を取り戻して答える。
「うそうそ。本当は、月島くんがこの道を使っているのを見たことがあるからだよ。」
「ええ・・・もしかしてかしてストーカー?」
「ち、違うよ!」
日向は、慌てて月島の憶測を否定し、さらに続ける。
「今朝、あんまり話せなかったから、ここで待っていただけだし、私もいつもこの道を使っているからだよ!」
「わ、分かったよ。分かったから」
月島がそう答えると、日向は少し頬を膨らませる。
「もしかして月島くんって、意外と意地悪?」
「いや、そんなつもりは全くないんだけど・・・」
本当にそうなのである。月島はあまり冗談が通じない性格なのである。
月島が困った表情を見せると、すかさず日向はフォローに入る。
「冗談。冗談。ここで話すのもなんだし、歩きながら話そう」
そういって、前を歩く日向の後を、月島は自転車を押しながら付いていく。そして、すぐ先の角を曲がり大通りに出ると、月島は日向の横に並び話しかける。
「あの、ずっと思っていたんだけど、日向さんは気にしていないの。」
「えっ、何のこと?」
「何というか、一応僕が日向さんを振った事になるけど、日向さんは気にしないの」
「それで、何を気にするの?」
「いや、だから、僕みたいなのに振られてるのに、今一緒に歩いていて嫌じゃないのかなって。」
日向は、月島の言葉を聞いて、立ち止まった。立ち止まった日向の少し前に歩いた月島は、後ろを振り返る。月島が見ると日向はお腹を抱えて笑っていた。
「ふふっ、ははは・・・」
「今、笑うところあった?」
困惑する月島を見て、日向はすかさず謝って、答える。
「ごめん、ごめん。月島くん、すごい卑屈だな~って思って」
「でも、ふつうはそう思って当然だと思うけど」
「そうかな~。君は、君が思うほどかっこ悪くはないと思うけど」
「かっこ良くはないんだね」
「ふふっ、それに、私は思うの。付き合うことが「恋愛」の終わりの始まりでも、始まりの終わりでもないって。だって、それが例え少しでも、一方的でも、付き合う前から関係は多少はあるものでしょ。だから、結果的に気にが私の告白を受け入れてくれなくてもそれも含めて「恋愛」なんだよ」
「まるで、好きな人と付き合わなくて良いって聞こえるけど」
「そこまではいっていないよ。ただ、私は君を諦めないよ」
そう言って笑う日向に困惑する月島だったが、そうしているうちにも駅のすぐ近くに近づいていた。
「月島くんは、このままで自転車で家まで?」
「うん」
「それはお疲れだねー」
「そうでもないよ」
「今日はありがとね。また話そうね」
彼女は少し微笑んで地下鉄の中へと向かっていった。
―彼女の横顔を見て思い出す。屋上で初めてみた彼女の凛とした表情を。美しい表情だった。でも、彼女の見せる子どもっぽい表情、いじわるな表情、少し怒った表情、そのどれもが僕は嫌いじゃなかった。彼女は本当に色々な顔をする。
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