第3話 「・・・、すっごい、隠れ××なんだよ!!」

「あぁ、最悪。小説のテンプレートのような謎のイベントのせいで昨年の四月に立てた『三年間無遅刻無欠席』のノルマが既に達成不可能になりそうだ」


 チャイムがなり終わってしまった今、「なりそう」というより「なった」が正解であるとご指摘を受けそうだが、月島にはこれを回避するための秘策がある。

 これを使うタイミングが四月とは思いもしなかったが・・・。


 月島はそんなことを思いながら、小走りで教室に向かう。

 教室の扉を引くと、これから朝の連絡しようというタイミングであったようで、クラスはまだ少しざわついていた。

 月島が遅れて教室に入ると、教室は一瞬静まり返ったが、次の瞬間にはざわつきを取り戻していた。幸いにもほとんどの生徒は月島が遅れてきたことなど気にはしていなかった。それは、月島にとっては好都合であった。


 月島は、教壇に配布プリントの整理をしていた担任に申し訳なさそうなポーズを見せて、声を掛ける。


「すみません。トイレに行っていたら遅れました」


 くだらないと言えば、そうなのだが、自然現象かつ衛生問題にはさすがの先生も多少の恩赦をくださるだろうという期待値がそこそこ高そうな秘策である。メリットとして女の子は使いづらいことや目の前に人がいるときには使いづらいことが挙げられる。ただ、前者はもちろん、後者についても恋愛なんて概念とっくの昔に捨て去った月島にとっては関係ないのである。


 そして、案の定、担任は「そうか、次からは気を付けろよ。」と言い残し、プリントを配り始めた。担任が一列目の席にプリントを配り、話を始めたころに、月島は教卓から見て右端の一番後ろの自席に着いた。


 月島が席に着くとすぐに、月島の前の席の男子が半身を向けて月島に話かける。


「月島も遅刻するんだな」


「正確には遅刻はしていない」


「えっ?」


「『トイレ行ってたら遅れた』って言ったら遅刻は回避できた」


「それはすごいな。俺も今度使おうかな。はっはっはっ!」


 そう言って、大爆笑するのは、月島がクラスの中で唯一まともに会話ができる佐藤である。佐藤は、身長が百八十センチ近くあり、容姿もそこそこ整っており、野球部というおまけつきだ。そのため、一見するとただのさわやかイケメンなのだが、この見た目に騙されてはいけない。

 実際は、あふれるばかりのバイタリティーの持ち主で、サッカーだけではなく、ゲームやアニメや都市伝説など興味のつきないよく言えばコミュニケーション強者、悪く言えば変人なのである。しかし、同じクラスになってから月島が思うことは、後者の方が色濃く出てしまっているということである。要するに残念なイケメンなのである。


 一方で、そういったこともあって、佐藤は月島と同じクラスになって以降、月島にマシンガントークを連発し、月島は佐藤と知らぬ間に友達のような関係になっていたというわけである。

 月島があきれながら、今年度になってからの佐藤の印象を思い出して唖然としていると、その様子を見た佐藤は月島に不思議そうに声を掛ける。


「ん、どうした」


「いや、ごめん。聞いてなかった。それで何だっけ?」


「いや、だから、月島がスーパーギャグで遅刻を回避したって話」


「そもそも、ギャグじゃないし、本当にお腹が痛かったかもしれないじゃないか」


 このように反論すると、佐藤はここぞとばかりに目を輝かせながら答える。


「いつも俺より早く来ている月島が、今カバンを持っていない。つまり、朝早くから別のところに行っていて、そこから直接来たということだ。さすがにトイレにしては長すぎるしな。」


 佐藤は、してやったりという顔で答える。だが、推論はそれとなく合っている。佐藤はあまり学校の成績は良くないが、こういう鋭さを持ち合わせている。そういう意味でも変わっているということだ。


 しかし、それにしてもすごい。なぜなら、月島は今この瞬間まで、図書室に自分のカバンを置いてきたことを忘れていたからである。佐藤の返答を受けて、月島は返答する。


「朝、図書館で勉強をしていたんだ。そのまま、カバン置いてきちゃたけど・・・」


 月島は、これ以上面倒くさいことにはしたくなかったため、佐藤には朝の出来事は隠して置くことにした。


「朝から勉強するガリ勉のくせに、そのままカバンを置き忘れるとは・・・、さすが月島、おもしろすぎるな!」


 佐藤の大笑いに苦笑いで返す月島であったが、そもそも朝遅れたのも、カバンを忘れたのも今朝の謎の出来事のせいである。月島は、教室に来てからはじめて今朝の出来事を思い出した。


「おもしろいか・・・」


 彼女もそんなことを言っていた気がする。月島は、まだ、今朝の出来事が夢の中ではなかと疑っていた。そう考えながらも月島は図書室にバックを取りに行くために席から立った。


「ちょっとカバン取ってくる」


 月島は、佐藤に言い残す。佐藤も「おう、わかった。」と答えると席を立ち、他のクラスメイトと昨日のサッカー日本代表の試合について語り始めていた。佐藤のこういうところは素直にすごいと月島も関心するところだ。


 ◇◇◇


 カバンを持って教室に戻ってくると、一時限目の現代文の先生が何やら黒板に文字を書き、授業の準備をしているようだった。月島が席に着くと、すぐに先生が「はじめるぞ~」といってクラスメイトたちも自分の席に戻る。


 黒板には「少子化を改善するには」と書かれていた。きっとこれについて考え、レポートを出すことが今日の授業の内容なのだろう。普段ニュースとネットニュースのコメントを見ていた成果が出せそうだと月島は思った。


 案の定、現代文の先生が周りの人と意見を交換するように促す。先生がそう言うのを聞いて、佐藤が後ろに振り向き月島に話しかける。


「なぁ、聞いてくれよ月島~」


 早速、佐藤は授業とは関係ない話を振ってきた。月島は、他人と意見を交わしたところで書くよう内容は変わらないと考えているため、とりあえず佐藤の関係ない話を聞いて時間をつぶすことにした。


「どうしたんだ。」


「今日の朝なぁ、ネットニュースのコメント欄に『僕は高校生ですが、彼女ができないのではなく、つくらないだけです。』って、コメントしたら変な人に絡まれて大変だったんだよ。結局、二十回以上、リプライしてたわ。」


 お前だったのだかよ。と思わず口にでそうであったが、何とかして心の中に留めておいた。どうやら世界は思っていたよりも狭いようだ。


 そんな佐藤の言葉に対して、月島は知らない振りをして答える。


「たいへん・・・だったね」


「ほんと、大変だったんだよ。最後に「ニート乙、ニート乙・・・」って百行くらい打って送りつけるのが」


 やっぱり変人だ。だが、月島は、「これくらいのメンタリティーを持った人だけがネットをやるべきなのかもしれない」とある意味関心したくらいだ。


 そして、同時にそんな佐藤だからこそ月島は聞いてみたいことがあった。例の今朝会った彼女、日向のことである。もしかしたら、日向のことについて何か知っているかもしれない。そう思い、月島は佐藤に尋ねた。


「関係ない話なんだけど」

「おっ、何だ」


「佐藤って、日向さんのこと知ってる?」


「う~ん、知っているような~知らないような~。」


「いいから教えてよ」


「悪い悪い」


 佐藤は悪びれもなく、少しへらへらしながら平謝りをしつつも、話を続ける。


「日向さんだろ。知っているぞ。とてつもない美少女のことだよな。」


 どうやら、日向さんは実在する人物だったらしい。つまり、今朝の出来事は現実であったようだ。今の今まで、月島は、今朝のできごとが現実であることに実感が湧かなかったが、佐藤が話すのを聞いて、少しずつそう感じ始めた。


 月島はさらに、佐藤に尋ねてみることにした。


「他に日向さんについて知っていることはある?」


「ん~、分からんな。すまん」


「そっか、ならいいんだ」


「あ、そういえばとっておきの情報を俺は知っているぞ!」


 佐藤はすごい決め顔で話し、さらに話を続ける。


「それは・・・」


「それは・・・」


「・・・、すっごい、隠れ巨乳なんだよ!!」


 佐藤のその一言で教室が静まり返った。




しばらく沈黙が続いたところで先生が「じゃあ、授業に戻るからね・・・」と小さな声でつぶやいた。

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