第2話 「あの・・・これって罰ゲームですか?」


「一目惚れです。私と付き合ってください。」


 という彼女の言葉を理解するのに、少し時間がかかった。いや、実際には数秒というところであるが、月島は彼女の言葉を理解するのに多くの思考をめぐらせたため、1分くらい経ったかのように感じたのである。


 月島が、思考をめぐらせたのは至極当然である。芸能人の中にいても違和感のない、というよりむしろ芸能人であった方が自然な程の美少女に、ぱっとしない月島が告白されたのである。


 月島は状況を整理してもしきれない。


「ええ・・・」


 唖然としている月島に対して、彼女も月島の返答がないために、先ほどからの凛とした表情を少し崩して月島に言葉をかける。


「あ、あのー、聞こえてるー?」


 彼女の言葉を聞いて、さすがの月島もはっと意識を彼女の方に戻し、答える。

「あぁ、聞こえてますよ」


 その言葉を聞いて、彼女も安心したのか「はぁ~」と息を吐き、さらに月島に近づいて、少し上目遣いで会話を続ける。


「では、返事をください」


 彼女は期待・・・というより自信に近い表情で月島の返答を伺う。

 そんな彼女の期待を裏切るように、月島は先程、自らの思考の中でまとめたロマンチズムの欠片もない推論で答える。


「あの・・・これって罰ゲームですか?」


「えっ?」


「えっ?」


 彼女は月島の返答を全く予想していなかったのであろう。最初の凛とした表情はそこにはもうなかった。困惑した表情で月島に疑問をぶつける。


「罰ゲームって何?」


「じゃんけんで負けた人がクラスのぱっとしない人に告白するっていうゲームのことですよ。ご存じないですか。」


「何それ!初めて聞いた!」


 本当に知らないのだろう。驚いた表情がそれを物語っている。そんな彼女に対して月島は次の推論を投げる。


「では、新手の詐欺ですか。僕は全くお金を持っていないので他をあたっていただきたいんですけど・・・」


 月島はセールスを断るように敢えてやんわりした口調で話した。


「全然ちがうよ!そんなわけないじゃん!」


 彼女はまた、驚いた表情を見せ、両手を左右に振ることで否定の意を表している。


 しかし、月島は彼女のそんな返答に対して、そんなわけしかないと反論したかった。


「自分の顔を見たことがないのだろうか。」と月島は心の中で呟いた。こんな美少女が月島のようないい意味でも悪い意味でも「普通」の男子に告白する理由がそれ以外に存在するのか逆に聞きたいくらいだ。


 月島は、さらなる疑念を自らの思考の中に積もらせていく。

 一方で、月島がそうした疑念を整理する間もなく、彼女は凛とした表情を戻し、月島は会話に戻すように話を続ける。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は、一組の日向ひなた璃子りこです」


「僕は、七組の月島光です」


「よろしくね!それより敬語じゃなくて大丈夫だよ」


「分かった。それより、さっきのやつ本気なの」


「さっきのやつって」


 日向は、不思議そうに月島を見つめる。


「いや、だから、その・・・告白・・・」


 月島は、言い出しづらそうに、ぼそりと呟いた。


 日向は、それを聞いて、少し間をとって、少し言葉に重みをつけたように告げる。


「・・・本気だよ。だから、聞かせて君の答えを」


 落ち着いた言葉の羅列から一転、日向の重みのかかった言葉に月島は、彼女の言葉が本気であるように感じた。

 ならば、月島にとって答えを出すことは簡単だった。月島は少し俯いて告げた。


「ごめん。僕は君とは付き合えない」


 月島は、この言葉を告げる前、この言葉を聞いた後の彼女の表情を予測した。期待、むしろ自信しかない表情が悲しみに変わる様を。

 しかし、月島にも自分の信条がある。これがお互いにとって、結果的に一番いい答えだと信じて、日向の返答を待つ。


 沈黙が数秒続いた。


 しばらくして、沈黙が途切れる。「はっ」と息を吸い込む音がした。月島は顔を上げて、彼女の悲しみ、罵倒を受け入れる覚悟を固めた。


 しかし、日向の反応は月島が予測していたものとは違った。


「えー、なんでー、なんでー」


 日向の反応は、悲しみ、ましてや怒りというものは含まれておらず、ただただ純粋な疑問だけだった。例えるなら、純粋な子どもが親に疑問を投げかけるようなものだった。

 おそらく、彼女の人生の中で、少なくとも恋愛ということに関しては振られた経験もないのだろう。むしろ、振られる経験なんて想像もしてなかったのだろう。だからこそ、彼女の返答は純粋な疑問で満ちていたのだと月島は感じた。


 日向の意外な反応に唖然と立ち尽くしている月島に対して、日向はさらに月島に疑問を投げかける。


「こんな美少女に告白されているんだよ。こんな機会、一生ないよ。もったいないよ」


 どうやら鏡で自分の顔を見たことはあったらしい。月島は思わずそんな考えを口にした。


「自分が可愛いっていう自覚はあったんだね・・・。」


「まぁ、物心ついた頃からずっと、『かわいい』って言われ続けているから・・・」


 彼女は少し、物憂げそうに答えた。

 月島は、彼女の表情と言葉から「かわいい」と言われることは一概に良く感じることばかりではないように感じた。確かに、美人は就活で無双するというネットニュースを見たときのコメント欄は批判という名の妬みで溢れかえっていた。きっと、美人というのはいい意味でも、悪い意味でも注目される分大変なのだろう。

 月島は、そんなことを思い出しながらも、今度は自分の疑問を日向に投げかけることにした。


「というか、一目惚れってそんなことありえるの?」


 日向は、月島が投げかけた疑問に対して、こめかみに指を当てて悩む。そして、しばらく考えて、何かを思い出したかのように答えた。


「・・・あっ、きっと女の子には直感でびびってくることがあるんだよ。」


 月島は、そんな彼女の取って付けたような答えに少し納得がいかなかったものの、これ以上ややこしくしたくなかったため、それ風に反応する。


「へ~、そういうものなんだね」


「そうそう、そういうものだよ」


 日向は、そう言って、月島の疑問を受け流すと、次は月島に対して、疑問を投げかける。


「逆に、私が嫌いな理由って何かあったりするの?」


 日向は狙ったような上目遣いで返答を求める。


「嫌と言うか・・・、僕は恋愛をしないと決めているんだ」


「えー、なんでー、なんでー」


 またしても、純粋無垢な表情でこどものように疑問を投げかけられるが、彼女の疑問の眼差しは納得できる。青春のピークとも言える高校生がその醍醐味である恋愛のしないと声高に宣言しているのだから。


 そんな日向の疑問に対して、今度は月島が受け流すように答える。


「特に理由はないよ。ただ、そういう気分になれないだけ」


「ふーん、本当かなー」


 日向は少し、いじわるな顔をして、にやりと答える。

 月島は、そんな彼女の表情に何とも言えない表情をみせる。一方で、月島には気になることがあった。


「そういえば、日向さんは何で僕のこと知っているの。僕は今日初めて日向さんとあった気がするけど・・・。もしかして、前にどっかで会ってたりする」


「内緒だよ」


 彼女はそう微笑んで答えると、月島から背を向け、少し離れて空の景色を見ているようだった。

 そんな彼女を見つめていると、始業時間の八時三十分を告げるチャイムが鳴る。


「しまった」


 月島は、時計を確認し焦る。そんな月島の様子を見て日向は言う。


「もう時間になっちゃたか。やっぱり、君っておもしろいね。また、話そうよ」


 月島は、早く教室に戻らないといけないため、考える間もなく、とりあえず返答し、屋上のドアを開ける。


「わかった」

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