第16話 重畳重畳! (第1部完)
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「ロベルタ殿、あんな昔の、しかも僅かの間の出来事をよく覚えてましたね。」
会議が収集つかなくなると考えたミラは、これを進めさせるべく、部外者となるアノワンダの二人と、エミレンを誘って外の客間に退避した。
フォースタリアの面々は残念そうだったが、会議が重要なものであることは重々承知である。後ほどの晩餐への出席の約束をミラ達にさせて会議に戻った。
ミラはロベルタが薄々とは言えグランタナのことを知っていると思っていた。王国の重鎮で、しかも元公爵家である。王家の血筋ながらもその武勇を買われ、領地持ちの侯爵となった経緯がある。グランタナの噂くらいは耳にしているだろう。
「あの時は、本当に助かりました。クリス様のお屋敷で迷子になっていた私を導いて下さり。ミラ殿。あの頃と変わらず美しい。本当にもう一度お会いしてお礼が言いたかったのですよ。」
ロベルタは子供の様に顔を赤らめはしゃいでいる。クレスタは普段厳格な風な父親の違う側面を初めて見た様で困惑していた。そもそも侯爵家当主を名前呼び出来る者など限られている。ミラは何者なのだろう。そしてクレスタは同様な疑問を持ってエミレンに視線を移した。
エミレンはエミレンで、この状況をどうするか考えていた。アノワンダ侯爵家と言えば王家の親戚筋である。ロベルタが多少なりともグランタナの秘密を知っていても不思議ではない。まぁ、秘密と言っても厳格に守っている訳ではないしな。自分達の自由な暮らしが脅かされるのを嫌って秘密にしているに過ぎない。アノワンダの一部に知られても実害はないだろう。さっきからクレスタの視線が痛いし。そう心を決めるとミラが視線を投げて来た時に頷いた。ミラはやれやれという感じで肩を竦め、クレスタに向かって改めた。
「クレスタ殿。何が何やら分からないだろうが、ロベルタ殿とわたしは昔お会いしたことがあるのですよ。ロベルタ殿がずっと小さい時にね。」
クレスタはミラが何を言っているのか分からず黙ってミラを見つめるしかなかった。そこで、これは話しても良い話題かと判断したロベルタが口を挟んで来た。
「クレスタよ。王家の秘密だ。心せよ。ミラ殿とはラスアスタ宗主クリス様のお茶会に母上と一緒に呼ばれた時に出会ったのだ。私が五歳の頃だったか。そして、ミラ殿はあのグランタナ伯爵家のお人だ。この意味がアノワンダの者ならわかるであろう?」
クレスタは思わずエミレンを見た。エミレンは諦めた様子で、クレスタを見返すと静かに頷いた。アノワンダ家では、ある程度歳がいき、家の為に尽くすことになった者は、王家とその関りを持つものについて、アノワンダの視点で学ぶことになる。それは王家の秘密にも関り、家長直々の教えによって繋がれている。中でも重要だとされているグランタナ家については、クレスタの中では影が薄く、内容も荒唐無稽で、それはクレスタにとって、王家の建国物語の範疇を越えないことと認識していた。その中にあるグランタナの不老を匂わせる話。
「これは秘密だよ?クレスタ。こう見えてミラ兄さんはロベルタ殿よりずっとおっさんなんだ。」
言うと、エミレンはミラから頭に拳骨を食らっていた。クレスタはあまりの衝撃に完全に固まっていた。
「ごめんなさいね。クレスタ殿。ボクはどうやらこの姿の方が世の中に紛れ易いのです。心の平穏の為には最早この姿は日常になってしまった。」
少し寂しそうにミラが目を伏せると、クレスタは慌てて言った。
「いえいえ! ご無礼を許して下さい。ミラさんのその姿、とてもお似合いです! 男だの女だの関係ない! ミラさんはミラさんだ。ねえ。父上!」
「ああ。そうとも! よく言った息子よ。ミラ殿の美しさは永遠のものだな。」
アノワンダの二人は変なテンションになってフォローしていたのを見てエミレンは思った。
(またファンを増やしてしまった。ミラ兄は本当に無自覚にたらすよなぁ。)
「あ。因みに本当の姫騎士の正体はクリスおばさまなので。」
さらっとミラがぶっこんで来た一言に、アノワンダ父子は絶句した。
絶対に外には漏らせない事実だと認識した父子は、お互いにその意志を確認し合うのだった。
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リンゼ達はまた学園生活に戻っていた。
日常に戻ってしまうと、あれだけのことがあったのに、遠い昔の体験だったように思えてしまう。不思議な感覚だった。
リンゼは家のリビングで、図書館から借りて来た本を広げたまま頬杖をついて考え事をしていた。
フォースタリアは、あのあと様々なやり取りがあった後、大公制度の解体、新しい王国として再出発することになったらしい。ここで新国王は誰がなるかで一悶着。旧大公達は全員固辞。旧体制の者が支配権を握るなど言語道断。そこでサイラスの公子ダリウムに白羽の矢が立ったが、これも固辞された。そもそも国を潰そうと画策していた一派の眷属だったことを理由に、今更どんな顔をして民衆に顔向けするんだ。と、激しく抵抗したらしい。しかし、ミラが意見を求められた時に当たり前のようにダリウムを推奨したのが切っ掛けで瞬く間に外堀を埋められた。
曰く、ダリウム程民衆を気にかけている者が他に見当たらないこと。その強面と指導力は既に実績を上げていること。そして政治的な環境に慣れていること。新しい国家をまとめて行く資質を備えていると言えるだろう。他国の者が口出しすることではない、と、尚も抵抗したようだったが、
「その他国の者を巻き込んだのは、どなた様でしたかしら?」
と、ミラの一言で撃沈した。
旧大公家は身分を無くすが、引き続き政治向きのサポートをすることと引き換えにダリウムは了承した。
新生の王国なので名前も変えるべき、ということで決まった名は
<クリスタニア>
勿論姫騎士の名に因んだものである。
ラスアスタのアリス女王は、同席したアノワンダ侯爵の報告を受け、クリスタニアが安定するまでのバックアップを宣言した。隣国の安定は、自国の平和に繋がることを承知しているからである。
リンゼはフォースタリアの建国記中の姫騎士の物語が大好きだった。勿論、戯曲や小説の方だが。
「まさか、クリスおばさまの事だったなんて。知らなかったなぁ。」
物語中の姫騎士はそれはそれは可憐で勇ましく、憧れを持つに充分なキャラクターだったが、それが身内となると何か違うのである。クリスは可憐であり、男装が似合う素敵なおばだが、やはり思ってたのと違う。クリスはリンゼにとっては、ラスアスタ建国記宗主のイメージなのだ。リンゼは、ほぅ、とため息をついた。
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当のクリスティアランゼエルフィは、旅の途中でとても興味深い噂を拾った。すなわち、彼のフォースタリアで政変が起こり、大公制が瓦解したと。その時に活躍したのがサイラスの姫騎士の再来と言われる人物。彼女は直感でグランタナが関わっていることを感じた。
「ははっ!なんか面白いことになってるわ! 急ぎ戻って話を聞かなくっちゃ!」
とにかく面白いもの好きなクリスだ。あちこちに首を突っ込んでは波乱を起こすのが玉にきずだが、基本善行に落ち着くところが不思議な性格だった。
丘の上から見渡せるのは、つい先頃まで政変というか、内乱が起きていたフォースタリアの平原である。今は静かな風がそよぎ、そんな戦乱があった様にはとても見えなかった。
クリスは自分がこの国で英雄視されていることを面映ゆく感じており、大したことをやっていないと認識している分、時の力は思わぬ方向性を生むものと感慨深く感じていた。
「いずれにせよ、わたしの姫騎士伝説は塗り替えられるかな! 重畳重畳! さて新しい姫騎士は誰かな? エレン? リンゼちゃんはまだ小さいし。ミラちゃんかな。ああ、有り得るねえ!」
図らずも真実に至るクリスだった。
クリスが思うところの面白いことは、この世界が平和であることが前提である。
拓けた空に鳥が鳴き、爽やかな風が吹き渡るこの大地は何百年も前から変わらない。これからもこうであって欲しいと願うばかりだ。
五百年前にゼノやエレノアを巻き込んで人族の世界に介入した。そのことは後悔していない。自分が目指す世界は、自分が面白おかしく過ごせる世界だ。何を勝手な。と、聞く者がいればそう思うかもしれない。だが、この世界に介入した以上、責任は取るつもりだ。
これからも、この平和な大地と空を保つことを改めて想う。
ゆっくりと深呼吸して、クリスは丘を下り始めた。
《第1部完》
龍の在る世界 はちなしまき @cococolon
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