第15話 サイラスの姫騎士


「さて、今後の事を話そう。」

 サイラス大公クライアは切り出した。

 場所はエルネア館の一室。そのあまりの豪華な様子に少々眉をひそめながら、フォースタリアの指導層が一堂に会していた。

 現国主の姉であるアイネスの女大公フィリス。歳の頃は三〇過ぎぐらいか。凛としてまだ、その美しさは衰えていない。ただ、ここの所の情勢に対応する日々の疲れが滲み出ている。

 アルジェント大公シュトーマ。紳士然とした、ナイスミドルを絵に描いたような人物で、事ある毎にフィリスの相談に乗っていた間柄である。そして、その後ろにはアノワンダ侯爵ロベルタとクレスタが控えていた。オブザーバーとして招聘されたのだった。

 そしてサイラス大公クライア。これも後で援軍をまとめ進発させたが、着いた時には事が済んでいた。その後ろには、公子クライアとミラ、そして、色々な報告に訪れていたエミレンが控えていた。

 クレスタからは、何故そちらにいる? と強い目線で問いかけられていたが、エミレンは薄く微笑んだままスルーしていた。

 ミラはこの同席を頑なに拒み続けていたが、クライアとダリウスの粘り強い説得に負け、全くタイミング悪く訪れたエミレンが巻き添えを食って出ることになった。そこで悩んだのがどんな格好で出席するかだが、結局髪を黒く染め、なるべく目立たない様に男装姿で出ることにした。その選択が悪手であると気付かぬまま。

 その姿を見たクライアは露骨にがっかりとした表情をして、ダリウムの失笑を買っていた。

 全てが片付いた後に駆け付けたアイネスとアルジェントの軍は呆然とした。それはそうであろう。風雲は急を告げ、予定外なことに整理できないまま進発を決意し、決死の覚悟で駆け付けたのだ。肩透かしも良い所で、それは同行した各大公も同様だった。

 今回の派兵はそもそも国を変える密約の元動いていた。大公達自身の出陣は決まっていたものの、急な派兵の対応はできても、シナリオそのものが変わってしまっては呆然とするしかない。

「すまないが、ある程度の事は聞き及んでいるが、全容が掴めていない。我々の計画は破綻したのか? エルネアとスルーラットが放逐されたということは目的を達成している様だが。」

 フィリスが要領を得ない顔で問うた。フィリスは軍装を解いてなかった。薄い茶色の髪を後ろに束ね、背筋を伸ばした姿は男装の麗人と言った感じだった。エミレンはその姿はクリスおばさまに通じる所があるなぁと思った。隣にいるミラにチラッと視線を遣ると、目が合ってしまい、何? と睨まれた。

「そうだな。そもそもこれは我が愚息のダリウムが仕掛けたことだからな。ダリウムに説明させよう。」

 クライアはダリウムに視線を送り、前に出させて説明を求めた。

 ダリウムはミラとエミレンに目礼をし、前に出て説明を始めた。

 そもそもこのシナリオはエミレンが考え、ミラが補完して作り上げたものだ。本来は他国の内政に口を挟む様な行為は許されるものではない。最初からダリウムに盾になってもらうことは承知済みである。

 ダリウムは、当初の計画の短所を挙げ連ね、民衆の犠牲が大きくなりかねないこと。次期国の体勢が整うまで長い時間を要するであろうこと。その間に他国の侵略などを受けかねないこと等を述べた。

また、エルネア、スルーラットの圧政と、国を蔑ろにする行為に対し、時間が残されている場合でもないこと。しかし、次期国の体勢下の指導者が十分に育ってないこと等を述べた。

 次に、ここに来てエルネアがアノワンダ侯爵令嬢を誘拐する暴挙に出たことを語った。

「手出しされたくなかったんでしょうな。天下を確実にモノにしたかったか。アノワンダ侯爵家が動けなければ、必然、アイネス家、アルジェント家も動けなくなる。誤算は早々に誘拐犯がエルネアと特定されたことでしょう。冷静に考えてみれば、この誘拐事件はエルネアが起こす必要は無かった。必然性の無いものです。緩んだエルネスの規律を抜けた偶発的なものと推察されます。」

 そんな時、たまたま、偶然にサイラスに遊学に来ていたミラと知己になる機会があり、知り合いの令嬢の誘拐の報に接したミラがダリウムに相談を持ち掛けたことに、この計画の端を発する。

 そして、たまたま令嬢の囚われ先がエルネアと分かり、協力することに。アノワンダ家に知らせると、激高した家族が急進してきたので、エルネアの気がそちらに向いている隙に令嬢を助け出した。

 エルネアがアノワンダ軍に対してくぎ付けになっているところを好機と捉え、即断にてスルーラットに攻め入り、各個撃破に至った。

 少し苦しい所はあったが、概略このような説明をダリウムが行った訳だが。

 それを聞いて頷きながらも難しい顔をしたフィリスが口を開いた。

「なるほど。公子の話を聞いて、これまでの話がようやく通った気がする。それにしても上手く行き過ぎではないだろうか。我々はたまたまガリア王国で起きた大混乱に乗じて、最低限の兵を残し、それこそやけくそに・・ 失礼。決死の覚悟でここまで駆け付けたら、既に事は片付いており、民衆への被害も殆どない。正に理想に近い落としどころに落ち着いている。だがしかし、我々の長年の遠大な計画は何だったのだろうな・・・ 特にクライア殿。あなたはそれこそ色々なものを犠牲にして準備をしていたからなぁ。複雑な気分であるよ・・・。時に公子。あなたの話にはこういう結末に導いたであろう、巷で広がっている人物の話が出てこなかったが?」

 ダリウムがチラッと背後を振り返り、スマン!とミラに向かって視線を遣った。

(そうなるよなぁ!誤魔化し切れるとは思ってなかったけど。)

 ミラは深いため息をつき、エミレンにすぐ戻ると言って退室した。

 エミレンは、ダリウムに近づき耳打ちした。ミラは覚悟を決めた様だから、ここは繋いでくれと。

「まさに! フィリス様が言われた様に、その人物、即ちサイラスの姫騎士あっての今回の作戦でした。」

 ダリウムはホッとした様に、姫騎士の活躍を褒め称えた。

「おお! 真に姫騎士が存在したのか!して、彼の君は今どこに?」

 その言葉に興奮気味に応じたのはアルジェント大公シュトーマ。フォースタリアの建国の英雄とまで祭り上げられてしまった姫騎士の大ファンであった。

 殆ど大したことをしてない当時の姫騎士クリスは、目立つことを嫌って、サッサと行方をくらませていた。謎の人物はそのミステリアスさも相まって伝説になり易い。 

 挙句、現在ではフォースタリアの英雄として慕われ、今回の内戦はそれを利用して制した形となった。

「後ほど、ご紹介できると思います。目立つことが嫌いな方なので、この場だけの親交でお願いしますよ。」

 まるで、人気女優の会員限定のパーティの様である。シュトーマは興奮し、普段から冷静そうなフィリスでさえ、目を輝かせている。アノワンダの者でさえ興味深々である。

「それはさておき、今後の事だが、当初の計画通りに共和政へ移行するのはどうだろうか。」

 唐突に切り返してきたのはクライアだった。ミラに気遣って、皆の興味を削ぐつもりなのだろうが、クライア自身、ミラの姫騎士姿をもう一度目にできる興奮を隠せていない。妙な雰囲気になりながらも、皆大人である。議題を進めることにした様だ。

 初めにフィリスが言葉を継いだ。

「当初は、民衆から自立的に指導者が出てくることを願ったものだが、時期尚早だったか。目星をつけた者もいるにはいるが、指導者というには物足りない。」

「そうですな。フォースタリアの現状の政体は限界の様だ。共和政に移行するのは私も賛成だが、すぐという訳には行くまい。その前に一旦、統一王政に移ってはどうだろうか。我が国の周りは王政や帝政を布いた国ばかりだ。共和政は理想だが、諸事判断に時間がかかる欠点がある。周囲国の判断の速さに後れをとる可能性が大きい。」

 シュトーマは学者大公の異名を持つ。そのきちっとした物腰は、端から見るとフィリスの執事と言った方が似合うなぁ。とあさっての方向の事を考えながらエミレンは議論を聞いていた。 

「その挙句、国を獲られてしまうのでは本末転倒でありますな。」

 何気なくダリウムが口を挟んだ。その言葉の何が琴線に触れたのかは分からない。ダリウムは三大公の視線を集めた。

「その通りなのだ!ダリウム。最優先事項は民の安寧を保つこと。戦はそれを踏みにじる最悪の人害である。それを避けるにはどうすればいい? 矛盾するようだが、他国が攻める気を無くすような力が必要だ。」

 クライアは腕を組みながら、これは何度も議論されたことだがな、と呟いた。それを聞いて、溜息をつきながらフィリスが言った。

「その前に、フォースタリアの政体を変えることも重要だったからな。このままではエルネスとスルーラットに食いつぶされるのは目に見えていた。結末は遠からず他国の侵略を受ける羽目になっていただろう。背に腹は代えられないということで、市民革命を使嗾しようとした。だが、今は全く違う状況になった。もっといい案があるのではないか?」

「そう。ラスアスタ王国にはグランタナ辺境伯という抑止力が存在する。何百年もの間、帝国の侵略を阻んでいるという。どうやってかはとんと伝わって来ぬが。我らにもそんな抑止力があればいいのだが。」

 シュトーマの言葉の中に自分達の事が唐突に現れたので、エミレンはビクッとして、顔を上げた。すると、その時案内が告げられ、次いで扉から、軽鎧を着こんだミラが鮮やかな橙白色の髪を揺らしながら入って来て、騎士流の挨拶をした。

 部屋の中の者は皆立ち上がり、言葉を失っている。ダリウムとエミレンは例外だが、エミレンはこの注目度に嫌な予感を感じていた。

 真っ先に機能を回復したクライアが紹介した。

「皆さん。この度は我が国の危機を救ってくれたサイラスの姫騎士の再来、ミラ殿だ。」

「ああ、ああ! そうですか!あなたが!」

 シュトーマは、正に姫騎士の再来に相応しいと、その姿に感激しきりだった。この国の者は幼少の頃から姫騎士の話を寝物語に聞かされて育つので、姫騎士には特別の想いを持ち、それは大公と言えど例外ではない。

 フィリスも同様で、思わずミラに近づきその手を取って言った。

「この度は本当にありがとう。あなたのおかげで、この国は救われました。国を代表してこのフィリスが最大級の礼をあなたに。」

「いえいえ! わたしは何もしてはおりません。クライア様とダリウム殿の願いが形になったものと思いますよ。」

 こうしてフィリスに迫られた形では、フィリスの方が男前である。何故かミラの可憐さが引き立ってしまっていた。

 なんだ! この盛り上がりは! 思わずミラはエミレンに視線を遣ったが、どうしようもないと、エミレンはジェスチャーを送った。

 そもそもミラが日和ったからこうなったのだ。最初から姫騎士の姿でいたら、少しはマシな扱いだったかもしれない。と、エミレンは思った。

「ミラ殿は相当な天然なのか? 目立つのが嫌なら姫騎士の格好は避けた方が良かったと思うのだが。」

 ダリウムの言葉にエミレンは激しく同意した。

「同感だよ。ダリウム殿。普段は冷静沈着な兄だが、自分のことになると、途端にポンコツになるんだよ。しかも登場のタイミングが最悪。抑止力がどうのていう話だったからね。」

 エミレンはどこか遠い目をして言った。

「そうそう。ミラ殿は、本当にかつてのサイラスの姫騎士の縁者だそうだ。」

 嬉しさのあまり、クライアが爆弾を投下してしまった。

「なに! それは本当か!」

 突然、憧れの姫騎士の子孫などと言われたら、興奮に拍車がかかるのも無理はない。フィリスは握ったミラの手を放すことなく、グイグイ迫っていた。ミラはどう見ても麗人に迫られる姫の役どころである。ミラは思わずエミレンに視線を送り助けを求めた。

「はいはい。申し訳ありません。フィリス様。そろそろ兄を解放して頂けませんか? 皆さんも、がっかりされるかもしれませんが、こんななりをしてはおりますが、こちらは姫ではなく、私の兄上でして。」

 エミレンは強硬手段に出て、ここは皆の興味を逸らそうとした。

「なに! なんと可憐な!」

 何がフィリスの琴線に触れたのか、増々興味を持たれたミラだった。

「それでは、何かい? 君も姫騎士の縁者なのかい? エミレン=サナス?」

 それまでオブザーバーの立場を守って黙っていたクレスタが発言した。これを種に増々場が混沌としてきた。

 アノワンダ侯爵家と既知の間柄なのか、とか、すると、ミラはラスタリア王国の者なのか、とか。

「そうだ。ミラ殿をフォースタリアの貴族として招聘してはどうだろう。救国の姫騎士だ。周辺国家への抑止力にはなるし、国民の意識高揚の象徴にもなる!」

 フィリスがとんでもないことを言い出した。

「ちょっ! 本人を目の前に陰謀めいたことを言わないで下さい!」

 ミラが慌ててフィリスに迫ったが、クライアも乗って来た。

「どうだミラ殿!国を挙げて歓迎しますぞ!」

 そこで、意外にも助け船を出して来たのはアノワンダ侯爵ロベルタだった。

「皆様、落ち着いて下され。この場は他国の者として口を出すつもりは全くなかったが、先に推察された通り、ミラ殿はラスアスタの者です。同じラスアスタの者として、他国に奪われることは良しとしませんよ。ですな! ミラアルテウス殿。」

 ロベルタのミラに対する呼びかけに、ミラとエミレンは驚いた顔で、思わず侯爵を見つめてしまった。

(どこかで侯爵に会ったか?王都にグランタナの者の名前を正しく言える者は殆どいない。アリス女王とクリスおばさまくらい。正確に覚えていた訳ではないがミラの名前を聞いたことがあるということか。)

 ミラは一瞬のうちに記憶をひっくり返した。ロベルタ、ロベルタ・・ 

(あ。会ったことあるわ・・・ しかし・・)

 ミラはエミレンの顔を見ると話を合わせろと合図した。

「これはロベルタ殿。おばのパーティーでお会いして以来ですね。」

 それを聞いて、今度はロベルタが顔を真っ赤にして興奮した声をあげた。

「ふぉおお! ミラ殿! 覚えていて下さったか! またお会いしたいと常々思っていたが、まさか斯様なところで会えるとは!」

 クレスタがギョッとして侯爵を振り向いた。

 どうやら、ロベルタも確信が無かったのでカマを掛けたという所か。

だが、この流れに乗るしかない。

「皆様。ロベルタ殿の言う通り、わたくし共はラスアスタに仕える身。そして、主君に許可無くして、この度の政変に関わってしまったのです! ここは穏便に私共の事は伏せて頂きたく。切にお願いいたします。」

 ミラは深々と頭を下げた。これには一同慌てた様子を見せ、クライアが言った。

「ミラ殿! この場はあなたが頭を下げる場所ではありません。ええ。ええ! この度のあなたの御恩に報いるために、我々はでき得る限り何でも致します。少なくとも、あなたの正体が少し分かって良かった。恩返しできる当てができたというものです。ご主君には黙ってても我々にお力添え頂いた恩をゆめゆめ忘れはしませんぞ!」

 最早カオスである。それぞれの想いが、記憶が交錯し、ミラとエミレンは自分達の意図しなかった方向に向かっていくこの集会を黙って見守るしかなかった。

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