第17話 襲ってくるなら前もって知らせてくれなきゃ。
図書質の窓際で頬杖をつき、リンゼは物思いに耽っていた。
(クリスおばさまには暫く会ってないけど、どこにいらっしゃるのかしら。)
クリスも龍人の例に漏れず放浪癖があり、ここ十数年顔を見てない。
「リンゼ。やっぱりここにいたか。これ、リンゼ宛。」
リンゼが顔を上げると、エミレンが手紙を持って立っていた。
エミレンは、フォースタリアのミッションを終えていたが、何故か引き続き王宮図書の司書に復職していた。リンゼの学園生活に付き合うつもりらしい。
リンゼは微笑んでお礼を言いながら手紙を受け取り、封蝋を見て目を丸くした。
(噂をすれば! いえ。してないけれども!)
まさに、たった今考えていたクリスの印が付いていた。早速開封してみるとお茶会の誘いだった。
「まぁ!クリスおばさま、帰って来てたの?」
「うん。ついニ、三日前らしい。僕たちのフォースタリアの話を聞きつけて、直接話を聞かせてってことらしい。興味津々だってさ。」
「クリスおばさまに会うのは久しぶりだわ。楽しみ!」
「僕はそれ以上に会ってないなぁ。前にミラ兄とお茶会に呼ばれて以来かな。そうそう!聞いたかい? アノワンダ侯爵がまだ幼い時に、そのお茶会でミラ兄に会っていてね。フォースタリアの会議の席で、ミラ兄が抜き差しならない状況に追い詰められたのさ。流石のミラ兄もあれは困っただろうねぇ。イタッ!」
突然、エミレンは頭を抱えたので、見るとミラがエミレンに拳骨を落としたところだった。
「あの状況を作り出したのはエミレンのせいだとボクは思ってるんだけどね。相変わらずタイミングの悪い奴だよねぇ、エミレンって。やぁ。リンゼ。手紙は受け取った? 今回は父上、母上も来るし、アランも呼ばれてるみたい。一家揃うのって久しぶりだね。」
「まぁまぁ! それは楽しみね。おばさまのお話を聞きたいわ。どこに行ってたのかしら!」
リンゼは皆の旅の話を聞くのが大好きだった。今回は自分も少し話し手の方に加わるのだろう。これまで聞くばかりだったリンゼは、そんな状況に少しワクワクしていた。
♢ ♢ ♢
セリンはその時、久しぶりに母親であるアリス女王と午後のお茶を愉しみながら、おしゃべりをしていると、遠くで爆発の様な音を耳にした。
「おかあさま、何かしら?」
見るとアリスも真剣な面持ちで耳を澄ませている。
暫くすると、扉の外で慌ただしい足音が聞こえ、ノックの音と共に入室の伺いが立てられた。許しを得て入室した侍従は焦った顔で言った。
「陛下!離宮の方で爆発音が。急ぎ避難を!」
すると、アリスが一瞬嬉しそうに目を輝かせたのを、セリンは見逃さなかった。
「よい! それより民を近づけさせるな! 近衛を急いで進発させよ。離宮と城周りの道を封鎖だ。わたし達は地下に避難する。わたしが良いと言うまで警戒を解くな。以上、宰相に伝えよ。」
そう言って、侍従を下がらせると、アリスは呟いた。
「帰っていらしたのか!」
セリンは不審な目でアリスのにやけた顔を覗き込むと、アリスはハッとして、突然セリンの存在を思い出したように真顔を取り繕った。
「おかあさま。 何を考えてるのかしら? その顔見覚えがありましてよ?」
伊達に何年も母娘をやってない。他国の王族なら分からないが、ここラスタリアの親子は近しい関係にあった。セリンはアリスの顔にいたずらを思いついた子供を連想する笑みを見た。
アリスはソワソワした風で考えていたが、やがて言った。
「セリン。秘密は守れるか?」
アリスがそう言う時は、楽しいことが起こる前兆だとセリンは知っていた。
「勿論! わたしを誰だと思って?」
フンッと、どや顔で返すやり取りは定番であり、母娘の約束でもあった。
「よし、避難するぞ!」
そう言うと、アリスはセリンと近衛を二人だけ連れて、地下に走った。
城の地下はセリンも近づいたことが無い。子供の頃から地下に纏わる噂をよく聞いていたからだ。曰く、幽霊が出るだの、地下牢があるだの、そこに囚われた者の奇声が聞こえるだの。
「まぁ、こんな所があったなんて。」
リンゼが見たのは上に比べればかなり簡素ではあるが、きちんと掃除が行き届いた小奇麗な通路が長く伸びた場所だった。灯りも煌々と照らされて明るく、全く陰湿な感じは無かった。そしてとある扉の前でアリスは近衛に伝えた。
「何人たりともここを通さない様に!緊急の場合は宰相に伺いを立てよ!」
近衛にとって女王の言葉は絶対だ。最敬礼をして、扉の前に立った。
アリスとセリンが部屋の中に入って扉が閉まると、アリスはにっこり笑って言った。
「行くぞ!」
アリスは部屋の奥の本棚の奥に手を突っ込んで何やら探っていたが、やがて大きな本棚がスライドし始めた。その後に現れたのは通路だ。次いでアリスがなにか仕掛けを弄ると、入口から順番に灯が入りはじめ、通路が明るくなっていった。
セリンはさすがに驚き、興奮して手を握りしめた。
「ここは? どこに通じてるの?」
「ああ。離宮だよ。結構遠いが、王族の緊急脱出路だ。セリンも覚えておくがいい。」
「離宮って。ああ! クリス様に会いにいくの?」
先程のアリスの呟きの意味に思い当たったセリンはそう訊いた。
「ふふっ。その通り! 彼の御仁はいつも不意に帰って来たり、いなくなったりで、中々会えないからなぁ。知らせぐらい寄こしてくれてもいいのに。」
後半は少しボヤキの入ったアリスの言葉に、セリンは笑った。
「クリス様かぁ! わたしも小さい時に会ったっきりですわ。」
「離宮のあの大きな音だが、恐らくはグランタナの衆が来てるな。派手なお茶会をやってるに違いない。セリン。乱入するぞ!」
「ええ?どういうことなの? グランタナ伯爵家の方々がいらっしゃるとは・・ 」
そこで、セリンの頭には不意に、素晴らしい赤髪の記憶が横切った。
(リンゼの赤髪って、よく考えたら珍しいわよね? そしてクリス様も・・ え?)
通路は本来隠し通路なだけに、掃除はされておらず埃っぽかったが、造りは丁寧だったので歩き易かった。
「おかあさま。以前、リンゼのことをお話した時、何気に以前から知っていた風な感じでしたわよね。あの頃はお母さまがまだ小さい子爵家令嬢までを把握してると思わなかったから流してたけど。あの赤髪は・・」
「おや。彼女がその美しい髪を見せてくれたのかい? それは重畳!セリン、だいぶ仲良くなれたんだねぇ。」
セリンがふと思いついた疑問を、あっという間に解決してくれたアリスに向かって、セリンは言葉を投げた。
「そうだった! ラスアスタの盾! そうだった! あの赤髪。え? ていう事はクリス様ってグランタナ縁の方なの?」
一気に入って来た情報と、そこからくる想像で混乱を招いていたセリンはアリスに問いかけていた。
「なかなか賢いなセリンは。だから最初に秘密は守れるか、と訊いたんだ。ふふ。」
詳しくは着いてからのお楽しみだ。と、アリスは詳しくは教えてくれなかったが、セリンは突然に与えられた情報で頭がパンパンだった。
何しろ、グランタナは王家の者でも殆ど会えない者達で、特別な家の者達だ。そんな人達と、つい先般までセリンは行動を共にしていたのだ。
そしてクリスは宗主様と呼ばれる方だ。セリンは急に未知の領域に踏み込む様な、得体のしれない緊張感に包まれるのだった。
そうしてるうちに前方に扉が現れ、それを開けたところで、大きな爆音と、風が襲ってきた。そこはこじんまりとした祠の中で、更に外に出ると目の前に色々な花が咲いている離宮の庭だった。離宮の敷地は広い。王都の城壁の外に寄り添うように造られ、更に城壁が設けられているが、その中は森や川もあった。
「おいで!」
アリスはセリンを手招きすると、綺麗な庭を囲む壁際に身を寄せ、その影から外を伺った。同じように外の様子を伺ったセリンはあまりの光景に驚き、思わず口に手をやった。
死屍累々。何人かがそこに倒れており、二人が立っていた、その一人が誰か気付いた時、思わずセリンは壁の影から飛び出した。
「リンゼ!」
リンゼもセリンに気付いて駆け寄って抱き着いてきた。リンゼの服はボロボロで涙目になっている。その綺麗な赤髪もくしゃくしゃだ。
「セリン~。クリスおばさまったら酷いのよ! せっかくのお茶会に、一生懸命に着飾って来たのにこの仕打ち! もう!跡形もないわ。」
「やぁ。すまない! 久しぶりに会ったので、嬉しくってねぇ。我慢できなくなった。」
そこに倒れていた一人がむくりと起き上がり、謝罪した。噂のクリスだ。綺麗にまとめられてたであろうくしゃくしゃな明るい橙色の髪に森を思わせる濃緑色の瞳。剣を杖に立ち上がった姿はボロボロな元は可憐であろう男装姿。それでもリンゼの方がボロボロ度が酷かったが。
「リ、リンゼねえさま! 大丈夫ですか?」
「ありすちん・・」
続けて現れたアリスもリンゼの方に駆け寄り、抱きかかえた。
リンゼもべそをかいたままアリスの胸に顔を埋めている。
(ん?ねえさま? ありすちん???)
一瞬、セリンは引っ掛かったが、次の瞬間に声を掛けられたので忘れていた。
「まあまあ。アリスちゃん来ちゃったのね? じゃあ、こちらがセリンちゃんかしら。まあまあ。大きくなったわねぇ。」
ただ二人立っていたうちの一人は、リンゼによく似た髪色と瞳。綺麗に着飾ったドレスには傷一つない。手にはその姿に不釣り合いすぎる身の丈ほどもある幅広の大剣を持っていた。
「エレン! 相変わらず強いなぁ。一撃も入れられないとは。ゼノが尻に敷かれる訳だ。」
クリスはリンゼの母親であるエレノアを褒めたが、その燃えるような炎髪や服についた土埃を叩きながら起き出して来たゼノは反論した。
「クリス姉。俺は決して尻に敷かれてる訳ではないぞ? それにしても酷い有様だな。」
「そうだよ。襲ってくるなら前もって知らせてくれなきゃ。ドレスで来なくて良かったよ。ほら!リンゼが泣いてるじゃない。」
起き上がったミラがクリスに文句を言うと、後に続いたアランとエミレンも、うんうんと頷いた。
龍人が龍鱗を持っているからと言って、打撃が通らないわけではない。高度な戦闘では気絶も有り得るのだ。
「やぁ。すまない! だが、皆も腕を上げたなぁ。それが知れて嬉しいよ。」
そう言うと、クリスはアリス達に近づき、二人の頭を優しく撫でながら微笑んだ。
「アリス! セリーナも久しぶりだな! 本当に大きくなったなぁ。アリスは相変わらずのお転婆ぶりと見える。この騒ぎが王宮に伝わったか・・・ それでここに駆け付けたんだろう? 仕事の方は大丈夫なのか?」
頭を撫でられて顔を赤くしていたアリスは拗ねた子供の様に言った。
「クリス様! 帰って来たならご一報をとお願いしたではありませんか! しかもこんな楽しそう・・ いえ、グランタナの皆様もお招きしているとあればなおのこと。いえ。お帰りなさいませ。」
その聞きなれないアリスの口調に、周りの状況について行けずに固まっていたセリンが息を吹き返した。
「おかあさま・・人格が崩壊してますわよ? でも・・ リンゼ。あなた大丈夫なの?」
セリンはぼろぼろになったリンゼに抱き着きながら聞いてみた。
その問いにはクリスが答えた。
「見ての通り、この場の二強はエレンとリンゼだよ。まあ、この世の誰も敵わんだろうな!」
リンゼはどこから持ち出されたのか、エレノアによって、上着に包まれていたが、ちらっと母親の顔を見てセリンから離れてそこに直り、鼻を擦りながらセリンに向かって言った。
「改めて紹介するわ。あたしたちのことは、まだちゃんと伝えてなかったですものね。おとうさまとおかあさまは、セリンにとっては初めての様なものね。」
そこで、アリスはリンゼの手を握り割って入った。
「わたくしが引き継ぎましょう、リンゼねえさま。セリーナ。こちらがゼノビアラバストル様、グランタナリウスアイゼン辺境伯爵家御当主様。こちらがご夫人のエレノアンゼリーゼ様です。そして、最近までお世話になっていたのは、ご次男のミラアルテウスイステ様。ご三男のエミレンクライスアレス様です。」
それを聞いて、アランがからかった。
「ほう!やっと俺たちの名前を憶えてくれたか! 偉いぞアリス!」
「と、当然ですわ! わたくしがどれだけアラン兄さまに弄られたと思ってるんですか!」
ラスアスタ王国女王が、まるで子供の様に振舞っている。セリンはこんな母親を見るのは初めてだった。思わずクスっと笑ったセリンはあることに気付いた。
「それでは、王家に伝わるあの伝承は本当のことなの?」
王族には、王家に纏わる伝承を王自ら伝える伝統があり、その内容は門外不出である。その中には、建国の英雄たるグランタナに纏わる話があるが、荒唐無稽なものが多く、到底本当のこととは思えず、建国神話の一部として認識されるのが常だった。
「わたくしも子供の頃はそう思ってましたわ!でもね、セリン。わたくしの名はリンゼねえさまから取られたのよ? ついでに言えばねえさまには小さいころによく遊んでもらったの!」
「おかあさま、その口調は!って。ええ~?」
セリンはアリスの聞き慣れない口調に突っ込みを入れかけたところで驚愕した。アリスのリンゼに対するねえさま呼びは聞き間違いじゃなかった。そこまで来ると、セリンはすっと心が落ち着いてきた。
あの伝承を前提とすると色々と納得できることが多いことに気付いたからだ。かと言って動揺を抑えることはできない様で、あさっての問いを発した。
「リ、リンゼから名前を取ったって・・ どこにそんな要素が?」
「あら? ねえさまのちゃんとした名前が伝わってなかったかしら。ねえさまの名前はリンゼアリスティア様。ね? アリスって入ってるでしょ? 皆様の名前覚えにくいから、セリンもちゃんと覚えるのよ?」
セリンはどう突っ込んでいいか分からず、コクコクと頷くしかなかった。そして、再び問いかけた。
「そ、それにしても、おかあさま。その口調・・」
「アリスちゃんの普段の口調は、クリスおばさまの影響ですものね!もちろん、王として侮られない様に、という点では役に立っていると思うわぁ。でもね。セリンちゃん。アリスちゃんの子供の頃はとてもお嬢様だったのよ?」
エレノアの思わぬ暴露話にアリスが慌てて言った。
「エレノア様! 今更そのようなことを晒さないで下さい。恥ずかしいですわ! 確かにこちらの方が素ですけれども! セリンも他所で言わないでね!」
長年一緒に居るはずの母親の違う一面を見れて、セリンは驚くと同時にとても嬉しくなった。それにしても・・・ リンゼは今の話だとずっと年上になるけど。そう思ってリンゼの方を見ると、目が合ってにっこりと笑みを返された。
(まぁ。リンゼはリンゼね。思えば頼りになるところがたくさんあるけど。どう見ても年下にしか見えないのよねぇ。)
現場および環境適応能力は飛びぬけて高いセリンだった。
「そうそう。クリスおばさまの影響と言えば、フォースタリアの、今はクリスタニアに替わったけど、フィリス様がやっぱりそんな感じだけど。」
ミラがその橙白色の髪を揺らして話に加わって来た。それにアリスが楽しそうに答えた。
「まぁ! ふふふ! フィリスはわたくしの小さな頃からのお友達ですのよ。それに超がつくほどの姫騎士ファンで。わたくしは姫騎士の正体を知っていましたから、優越感を持って知ったかぶりを披露したのですわ。その言動や態度とかはあちらに残された記録と一致もして。あの頃はすっかり姫騎士ごっこ遊びに夢中でした。ふふ。まだ逃れられてないとは。ずっと会ってはないけれど。今度会った時にはからかってあげましょう。」
「おかあさま。それ自爆してますわよ?」
セリンの冷静な指摘に、皆笑ってしまった。
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