第13話 何が起こってるの?

 ミラの家では、途中の開いてる店で調達してきた出来合いの食事が並べられ、それを摘みながら、これまでの経緯を代わるがわるエリカに説明していた。

「まあ! それではここはエルネア公国で、わたくしはそこに拉致された挙句、争いの道具にされているってことですの?」

「一言でまとめてくれてありがとう。でも違うんだ。エリカ嬢に責任はないよ。逆にエミレンとボクはこの状況を利用して革命とやらを潰し、サイラス大公を助けることを考えている。」

「あなた方はいったい・・・」

 さすがに、セリンはこの異常事態に気付いた。この国家的な陰謀をこの兄妹たちだけで曲げようとしているのだ。セリンは思わず問いかけようとしたが、別の言葉で訊ねた。

「お母さまは知っているのですか?」

 既にこんな状況だ。この兄妹はセリンの正体など知っているだろう。

それに対し、ミラは微笑んで答えた。

「ボクたちは〝ラスアスタの盾〟だよ。セリーナ姫様。」

 セリンはその言葉に息を飲んだ。〝ラスアスタの盾〟は王家にとって特別な意味を持つ。王位継承権を得た時からグランタナリウスアイゼンに関しては敬愛を持って接せよと口を酸っぱくして叩き込まれる。グランタナは特別だ。王家の意思とは別に動くことができる。しかし、それを知るのも王家の極一部の人間だけだ。そんな特別扱いの伯爵家だが、社交界にも出ない家の事などは実感として希薄だったのが正直なところだ。それが現実として目の前に現れた。セリンは感動と少しの恐れに震えた。そんなセリンに隣にいたリンゼは少し近づいて手を握りにっこりと微笑んだ。その笑顔を見たセリンは少し落ち着いてきた。

 その時エリカは別の事を思っていた。

「皆さんもセリンの事を姫様と知っていたという事ですの? わたくしだけ大きな秘密を抱えていると思っていて緊張していたのがバカみたいですわ!」

「ごめんなさい。学園ではみんな平等に過ごすのが指針だと言い含められていたので。お互いの正体には触れないようにしてたの。おかげでいいお友達に出会えたと思ってますよ?」

 リンゼの言葉に、セリンの緊張も解けてうんうんと頷いていた。エリカも、そうですわね、と頷いている。

「ところで、〝ラスアスタの盾〟とは何ですの?」

「ごめんね。エリカ嬢。この事は外で言わないでね。王家の秘密だから。」

 ミラの言葉を聞いてセリンが思わず身を乗り出し、エリカの手を取ってコクコクと頷いた。その勢いにエリカも驚き、思わず頷いた。

(近づいちゃダメな秘密らしいですわね!ここでこの場で忘れちゃいましょう!)

 セリンも、ミラによって突然に暴露された秘密に大きく動揺していた。〝ラスアスタの盾〟〝北辺の英雄〟〝宗主一族〟〝緋色の災厄〟最後のは専ら帝国貴族の間で言われる呼び名だが、グランタナを表す二つ名はたくさんある。だがどれも浸透している訳ではない。極一部で尊敬を込めて、または恐れを込めて囁かれるのだった。セリンも王族でなかったら、全く気にすることなく過ごしていただろう。

 セリンがドキドキしながらも自分の考えに耽っていると、ミラが話を続けた。

「これからの事なんだけど、戦いを回避するのは最早難しい。そこでエリカ嬢、アノワンダ家に乗り込んでもらうつもり。アノワンダ侯にはそうする理由があるからね。」

 エリカはそれを聞いて、一瞬考えたがその理由に思い立った。

「まさか、わたくしですの? それは、わたくしがエルネアに拉致されたなど伝わると、皆激怒すると思いますけれど・・特に兄達が。」

「ですよねぇ。エスタさんや、クレスタさんはすぐに駆け付けそう。」

 リンゼが素直な感想を言うと、エリカは深く頷いた。

「けれど、わたくしはこうやって無事に助け出していただきましたし。それは、皆激怒するかもしれませんが、戦争までにはならないのではなくて?」

 エリカが尤もな感想を述べたが、ミラの返事は予想外の内容だった。

「実は、既にアノワンダ家にはエリカ嬢誘拐の件は既に伝えているんだよ。助けに入る前に使いを出したから、そろそろ伝わってるんじゃないかな。そうすると、すぐに派兵して来るでしょ? エスタ殿の性格だとまず間違いなく。そして、ボクたちはエリカ嬢を助け出したことを伝えない。ギリギリまでね。」

 ミラの言葉を聞いて、エリカは少し眉をひそめた。

「ミラさんは兄の事をご存じですの? わたくしは自分の為に兵が傷つくのは嫌ですわ!」

「うん。ごめんね。アノワンダにはエルネアの牽制をしてもらうつもり。元々、サイラス公がアノワンダを巻き込むつもりだったから、方向が変わっただけかもだけど。できるだけ戦いは避けるようにすると約束するよ。実際に戦ってもらうのはサイラス公だね。ここまでに至った責任は取ってもらう。」

 ミラはエリカを宥め、決意を表情に表した。リンゼもそんな顔をするミラを珍し気に見つめた。



「閣下! アノワンダからの使者と言う者が来ました!」

 遠出から帰ってくるなりエルネア大公サデスは家宰の報告を受け、眉をひそめた。

「何? アノワンダが何の用だ?」

「アノワンダ侯爵令嬢誘拐の件で、と。既に城下には触れて回っているようで、貴族を始め領民の動揺を誘っているようです。」

 サデスは何のことだ? と、少し考えていたが、確かに皆の様子が少し変だった気がする。そして思い当たることがあったようだ。

「アノワンダ襲撃は失敗したのではなかったか。」

 以前、アルジェントと親密な関係にあるアノワンダが、計画に介入できない様にその子息たちを襲わせたことがある。その件では足が付かない様に工作し、うまくいっていると報告があった筈だったが。 サデスが問いかけると、家宰は答えた。

「その後も作戦は継続しており、この度侯爵令嬢を誘拐することに成功し、当館に幽閉しております。」

 それを聞いて、サデスは激怒した。

「何故その大事をすぐに報告せん! しかも誘拐の事実が割れておるではないか!」

「も、申し訳ありません! 閣下の所在が俄かに分からなかったこともありますが、今回は優秀な者共の仕業でしたので、昨日今日の事で足が付くとは思いもせず!」

 家宰が言い訳を連ねたが、サデスが自分の欲求を満たすためにお忍びで出かけた際は、捜すなと命令してある。自業自得なのでそれ以上怒りをぶつけることもできず、拳を震わせた。

 エルネアの暗部は優秀だ。少なくともサデスはそう評価しているし、エルネアが五大公家一の勢力を得たのは、この暗部の力によるところが大きい。家宰の言う通り、こんなに速く事実が割れることは考え難い。

「それで、その使者はどうしている?」

「閣下の帰りを待つと言うので、客室に逗留頂いております。」

 サデスは暫く思案していたが、家宰に告げた。

「よし! 謁見室に通せ! 館に居る者だけでいい。要職にある者は謁見室に集めよ! 断罪してやる。」



「さて、使者殿。城下で吹いて回っているようだが、迷惑千万な事だ。侯爵令嬢誘拐など、事実無根。この後始末どう支払って貰おうか。」

 謁見室は館に詰めていた主だった者達が十分に入れる広さだ。サデスは謁見室の玉座に踏ん反り返り、礼を取った姿勢にある使者、エミレンに向かって言葉を投げつけた。それを受けて、エミレンは頭を上げ、大公に視線を遣った。

「ほう?誘拐はしてないと仰る。当方では事実を確認したからこそ、ここに使者として私がいる訳ですが。」

 エミレンは皮肉を込めた目で、大公を始めとする謁見室の中にある貴族達を眺めまわした。エミレンの工作によって前もって伝え聞いていた貴族達は僅かな動揺を見せて、事の成り行きを見守っている。

「はん!ならば証拠を出せ。証拠を。使者殿! 出せぬならば即刻退場頂き、追ってアノワンダ殿には償いをしてもらおう。」

 サデスが増々大仰にエミレンに向かって言葉を叩きつけた。

「宜しい。盗人猛々しいとはこの事ですな! 証拠の一つはこれに。アノワンダ襲撃の命令書ですな。大公閣下の署名もある。あっと、これをお渡しすることはできませんよ? 大事な証拠品ですからな。そこからご確認下さい。」

 家宰が確認の為に壇から降りて来て、書類を受け取ろうとしたのを制してエミレンが言い、家宰は書類を見つめた。動揺が表情に現れたのをエミレンは見逃さない。

 家宰がサデスの所に戻り、耳打ちした。サデスは僅かに表情を動かしたが、口にはまだ余裕があった。

「そんな、偽物の書類が何だと言うのだ。証拠と言うから何かと思ったが。」

「こんな書類でも、出る所に出れば立派な証拠ですよ? それにアノワンダには既に知れている。今頃軍が進発しているんじゃないですかね。」

 エミレンがアノワンダの情報を開陳すると、さすがにサデスは少し顔色を変えた。

「ばかな。昨日今日の話が遠く離れたアノワンダに知れる筈がない。でたらめを言って我らを混乱させる気か!」

「おや? 誰も昨日今日の話などとは言ってませんよ? つまり、侯爵令嬢がここに囚われることになったのが昨日今日と言うことをご存じと言う事ですね。語るに落ちたとはこの事です。ねぇ、大公閣下。」

 エミレンは話術によって、サデスが口を滑らせた様に誘導した。サデスは事実を知っているため、誘導されたことに気付かない。

 大公が本格的に顔色を変えたところで、伝令が入って来た。家宰が報告を受け取る。家宰は明らかに動転した様子で、サデスに近寄り、耳元で告げた。その様子を見て、エミレンは口の端を上げた。

(いやあ。最高のタイミングだね。救出成功かな。流石は我が兄妹といったところか。)

 サデスは声をあげた。

「この使者を返すな。直ちに捕らえよ。殺しても構わん!」

 少なくとも証拠の命令書を奪え還すことを優先した様だ。その上で、脱出したエリカに追っ手を向けるのだろう。

 サデスの命令に対し、皆の動きが鈍い。仕込んでおいた誘拐話に戸惑っているのだろう。それでも謁見室に乱入してきた近衛兵達はエミレンに向かって殺到してきた。

「良いのですか? 私を殺してしまえば、誘拐の言い訳の余地が無くなりますよ?」

「ふんっ! 証拠さえ無ければ何とでもなるさ。」

「言っちゃいましたね! 皆さん!大公閣下は今、自ら誘拐を認める発言をしました。しかと聞きましたね? 皆さんにも証人になって頂きますからね。」

 エミレンは周囲で呆然としている貴族達に言い放ち、大公による侯爵令嬢誘拐の事実をしっかりと印象付け、近衛兵の攻撃を躱しながら応戦を始めた。

 謁見室では武装解除されているので、近衛武官の他は武器を持たない。エミレンは乱入して来た近衛兵の一人を掌打で倒し、剣を奪った。そこからはエミレンの剣舞の独断場だった。攻撃を躱し、主に足の腱を切り払うことで無力化する。

 龍人は一般的に争いごと好まない。戦闘における人死にを避ける傾向も顕著であった。余裕があるときは基本無力化を図ることを基本とし、エミレンもその傾向を持っている。

 エミレンは、この場においては無力化しておきたい人材を予め冷静に見定めていた。先ずは戦闘に関係する武官である。次に指揮クラスの兵。

 近衛兵達に追い立てられるように移動したエミレンは、大臣クラスから隊長クラスまでの貴族達を動けない様に斬り伏せた。数か月は動けないだろう。文官達は戦闘では役に立たないので放置。

 これでサデス公自ら、アノワンダと対峙しなければならない状況を作り出す。ここでサデスを討つのは下策だろう。世の中にエルネアの悪辣ぶりが喧伝され、定着されなければ滅ぼすのは難しい。

 あらかた目的は達したので、近衛兵達の隙を見て、開いた扉から外に抜け出した。

「逃がすな! 追ええ!」

 家宰の絶叫が響く。サデスは既に退避した様だ。

 エミレンはなるべく派手に暴れまわり、次々に現れる兵達を無力化していった。その際、アノワンダの大軍が攻めて来るぞと触れて回るのを忘れない。それは館を抜け出し、城下に至ったところでも続けられた。



 翌日には、エルネアがアノワンダの姫を攫い、人質としたのでアノワンダが怒り、攻めてくるという噂が城下に定着していた。

 サデスは搾取系の領主だ。領民の評判が良いわけない。今回の失策に対し、口汚く罵る者や、怯える者があり、早速避難の用意を始める住民もあった。

 朝、エミレンは、シルフィの報告を聞きに森に行き、ミラの家で皆と落ち合った。

「やぁ。エリカさん。無事だったね。良かった!」

 開口一番にエミレンがそう挨拶すると、エリカは顔を赤らめて言った。

「エミレン様には、一度ならず二度までもお救い頂き、ありがとうございます。このお礼は後ほど是非にもさせていただきますわ!」

 エミレンはアラン、リンゼと共にアノワンダ家に招待された時の事を思い出し、お手柔らかに。と頬を軽く引き攣らせた。

「さて、アノワンダ家の動きだけど、どうやらエスタ殿が中心になってすぐに動ける者だけを集めて既に進発した様だよ?」

 エミレンは表情を改めて、ミラを見ながら告げた。

「さすがに速いね、疾風のエスタの名は伊達じゃないね。」

「あ、それ、兄さまの前では言わないでくださいましね。酷く恥ずかしがるので! それにしてもわたくしのせいで、こんな大事に。」

 ミラが感想を述べると、即座にエリカが割り込んで来た。

「前にも言ったけど、エリカ嬢のせいではないよ? 戦いにもならない。安心して。」

 ミラがエリカを安心させようと微笑んだ。エリカは何故か顔を真っ赤にしておずおずとリンゼとセリンの後ろに隠れるのだった。

 すると、エミレンが追加情報を言った。

「そうそう。滅多なことでは戦いにならないだろうね。アラン兄が同行してるってさ。この状況では心強いね。」

 それを聞いて、ミラは人差し指を顎に当て、思案しながら言った。

「そうね。アランが来てくれるなら、ボクも安心して動けるかな。ならボクは早速サイラスを焚きつけに行ってくるよ。ここはエミレンに任せるから、時期を見計らって、アノワンダ軍に合流して?」

「エリカ。たぁ兄さまが来るのならば、安心して。悪いことにはならないから。」

 リンゼがエリカに向かって微笑むと、エリカはやっと表情を和らげた。

「あなた達兄妹がアラン様に絶大な信頼を置いてらっしゃるのは分かりましたわ。それを考えると何だか大船に乗った気持ちになってきましたわ!」

 その言葉を聞いて、あまりの速い展開に若干着いて行けてなかったセリンが口を挟んだ。

「エ、エリカ? 納得するのが速いんじゃないの? いえ。リンゼのお兄様がとても頼りになることはお話で分かったわ。 エリカが安心したのも分かる。 けどそっちじゃなくって。あなたが囚われたのって、三日前でしょ? 場所が分って助けられたのが昨日じゃない! どうしてアノワンダ軍がもう向かってるの? それに町の様子が昨日とは違うし。何が起こってるの?」

 セリンの畳み込む様な口調に、三人の兄妹はニコッと、よく似た表情をセリンに向け、そしてミラが言った。

「じゃあ。ボクは出かけてくる。セリン嬢、あとはエミレン達に聞いてね。」

 言うと、ミラはすぐそこに買い物に出かける様な態度で、用意してあった小荷物を抱えて出て行った。

「え? あの・・」

 セリンはまたも取り残されて、呆然としてるところで、グランタナに纏わる二つ名をもう一つ思い出していた。王家にあり、王族にしか伝わらない秘密の王国史には書いてある。〝暴風龍〟と。

「疾風のエスタどころではないわね・・・」

 セリンが急に冷静な雰囲気になったのを見て、リンゼが言った。

「ねぇ。お食事にしない?」

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