第12話 髪色が目立つのは大変ね。

「見つけたよ。」

 ミラは帰ってくると、居間に集まっていた皆を見回すと言った。

「お疲れ様。早かったね。捜すまでもなかった?」

 エミレンがミラを労い、問いかけた。

「うん。予想通り、というか、第一候補場所にに囚えてるとか何も考えてないよね、奴ら。発覚したらどうなるかなんて想像力が足りないのか、相当な自信があるのか。」

「それで、エリカ無事なの?」

 リンゼが勢い込んでミラに迫り訊ねた。

「うん。エルネア館の奥に閉じ込められてる。酷い扱いを受けてはいない様だけど、雰囲気は良くないね。早速だけど、助けに行くよ?用意して。」

 何気ないミラの一言に、兄妹は動き出した。一人出遅れたセリンは固まってたが、リンゼに手を引っ張られた。

「とりあえず、着替えましょ。」



「シルフィを捜そう。」

 ミラはエミレンに近づいて言った。エミレンはその一言で理解した様だ。

 シルフィは魔法的な生き物で人族の世界では精霊と呼ばれている。龍人とは近しいものであり、意思疎通が可能である。そして魔法の起源であるエレメント、即ち風、土、火、水の性質に近い種族があった。殆どは山脈の向こうに住んでいるが、人族に殆ど認識されないことから、こちら側にも一定数住んでいたりする。なかでも風の精霊達は龍人にシルフィと呼ばれていて、その移動速度の速さから急ぎの通信伝達のお願いをすることが多い。

 ミラの考えは、この事態をアランを介してアノワンダ侯爵に伝え、エルネアを牽制してもらうことにある。武力で言えばアノワンダはエルネアと同等。無視できるものではない。本来ならばアノワンダはアルジェントを助けて国境牽制を行う筋書きだったはずだが、状況は変わった。少なくとも、エルネアはアノワンダを牽制するつもりだったろうが、誘拐という手段をとったことで墓穴を掘ったと言えなくはない。

 エミレンのシナリオは反乱および革命を抑えて、エルネアとスルーラットを廃す流れだ。成り行き上サイラスも排除せざるを得ない。そして現王権を担っているアイネスを中心とした新生国家を樹立してもらう。ただ、サイラス大公クライアと公子ダリウムにはその後も働いてもらうことになるだろう。

 サイラス大公には、長年の計画を折って悪いがこの市民革命は時期じゃない。このまま行くと犠牲が大きいだけでこの後、何十年もこの国は混乱するだろう。

 ダリウムは言った。サイラスだけではエルネアとスルーラットを相手取ることはできないと。では片方だけではどうか。例えばエルネアの動きを封じることができれば各個撃破は可能だろう。

 シルフィは風の様に移動するので、ミラやエミレンが直接アランに伝えに行くより遥かに速い。幸いに、ミラは顔見知りのシルフィが住んでる大体の場所を知っていた。

 ミラはエミレンに一枚の紙を見せた。

「これは。命令書か。」

「うん。さっきエルネアの館に侵入した時に確保してきた。エリカさん誘拐の指示書だね。大公印もある。動かぬ証拠というやつさ。」

「これがあればアノワンダも心置きなく暴れられるってもんだね。」

「そういう事。ホントはシルフィに託せればいいんだけど、物を運べないからね。アノワンダが来た時に渡そう。」 

 エミレンはこれでやり易くなったと思い、ミラへの信頼を強めるのだった。そしてこの後の救出計画を相談した。

「この後だけど、速やかに救出というのは賛成なんだけど、エルネアの所業が外に伝わる形にしたいんだ。エルネアがアノワンダにちょっかいを出したという事実をね。だけどエリカさんを傷つける訳にはいかないから、誘拐の線は伏せたままでね。」

「つまりエミレンが考えてるのは、エリカ嬢は速やかに救出するとして、エルネア大公とその身内にはエリカ嬢誘拐の報復を匂わせ、それを知らない外部の人達には、何やらエルネアがアノワンダを怒らせたと喧伝することかな?」

 エミレンはそれに頷いた。

「それで今後はより動きやすくなるんだよ。民衆の心はよりエルネアから離れるでしょうよ。」

 ミラも了解したと自分より背の高いエミレンの頭をポンポンと叩いた。

 エミレンの考えたシナリオは、アノワンダの使いと称し、エミレンがエルネア大公に謁見を申し出る所から始まる。事が事だ。エルネアに拒否する選択肢はない。エミレンはエルネアの所業を盾に交渉を進める。裏ではミラとリンゼ、セリンでエリカ救出を敢行。その頃にはエルネアとエミレンの交渉は決裂しているだろう。エミレンは捕縛されるか亡き者にされるか。その時点でエミレンは大暴れを開始する。

 エリカ救出後、ミラはリンゼ達と別れ、あることないこと館の内外で吹聴して回る役に。後日現れるであろうアノワンダの軍勢の正当性を皆に認識してもらうように仕向ける。

 着替えたリンゼ達が現れて、ミラは少し悪い顔で宣言した。

「さあ、行くよ。エルネアには十分に反省してもらわなくっちゃね。」



 セリンは思った。なんだろうこの兄妹たち。お昼に偶然に出会ったと思ったら、もうエリカの救出に動いてる。そこに迷いも躊躇いもない。一連の動きにセリンは一切口出しができなかった。本来ならばセリンが仕切って動く立場にあるし、そう教育されている。不甲斐ないという感情と、任せておいて安心という感情がもつれて、心がざわついていた。

(いえ。優先すべきはエリカの救出よ。細かいことは後で考えましょう。)

 それにしても。前を歩くミラを見ながらまたもや自分の思考に浸った。

(何故に、ミラさんは女の子の格好なのかしら? いや。よく似合ってるけれども! こうしてみるとリンゼとは本当によく似た姉妹にしか見えないわ。いや。それ以上に、わたしたちなんで、普通に女の子の普段着なのかしら? 救出劇なのよね! 館に潜り込むのよね?)

 セリンは多少混乱しながら今の状況にひとり突っ込んでいた。

 リンゼは今はまた髪を黒く染めている。綺麗な色の髪だったなぁ、と明後日の方向に思考を散らせながらミラの方を眺めた。

「ねぇ。リンゼ。ミラさんの髪も染めてるの?」

「うん。ちゅん兄さまはあたしより明るい色。というか白味が強いかしら。陽に映えると桃色に見えるわ。とても綺麗よ。」

「そ、それはとても目立つわね・・」

 セリンは想像して動揺した。今の女の子の姿とそんな髪色と聞いて想像しみると、分かっていても男と認識するのがとても困難だった。同時にそんな赤い髪にどこか引っ掛かりを覚えていた。

(なんだろう。もやもやが止まらない。)

 そうこうしてるうちにリンゼ達は館の裏門に着いた。エミレンは別行動になっている。辺りは夕方の景色に彩られ、そろそろ家には灯りが入れられるだろうという時間。

 ミラは門番に話しかけ、すんなりと門を開いてもらった。

(えええ~? うそ。どんな手を使ったのかしら・・)

 セリンの動揺は止まらない。その心の動きを無理やりに鎮め、楚々とした雰囲気を保ちながら門を抜けた。

「さて。ボクたちの当面の役柄は洗濯女ね。それだけ認識してくれれば、普通にしてていいから。」

 ミラは館に入ると、洗濯場に挨拶に行き、三人はお仕着せに着替えた。ミラは適当な籠を抱えると二人に渡し、そのまま二人を連れてどんどん奥に入っていく。

「ね、ねぇ。リンゼ。あなた平気そうね。こんな状況慣れてるの?」

 不安を隠しきれず、セリンはリンゼに問いかけた。

「え? あたしも初めてですよ? でもちゅん兄さまに任せておけば大丈夫!」

 リンゼは何の不安も無いとばかりににっこりと微笑むと洗濯籠を抱え直した。その笑顔にどうとでもなれ、という気持ちになるセリンだった。

 そうしてるうちに突き当りのある廊下の前に至った。今のところ周りに人影はない。廊下の角から覗き込むと、突き当りの前の扉には見張りがいる。ミラが囁いた。

「二人か。声を出されても面倒だから、一気にやるよ? リンゼ、行ける?」

 リンゼは無言で頷いた。

「セリンさんはここで、誰か来ないか見張ってて。気付かれたら遠慮なく倒しちゃっていいからね。ボクがすぐに戻るから大丈夫。リンゼはエリカさんを連れて来てね。いくよ?」

 セリンは状況において行かれながらも頷き返したところで、二人の姿が視界から消えた。あわてて廊下を覗き込むとリンゼが見張りの一人にドロップキックを決める所だった。リンゼは自分が戦闘には向かないと言っていたが、あのスピードで突っ込まれると只では済まないだろう。吹っ飛んだ見張りはミラが受け止め、殆ど物音を立てないまま二人の見張りを気絶させていた。

「もう少し待っててね。」

 ミラがセリンの所に戻ってくると、籠を一つ抱えて行った。リンゼは扉越しに中の様子を伺っている。扉は鍵が掛かっているようだ。

 ミラを見ると二人の見張りを洗濯もので手際よく拘束していく。

 中にもう一人見張りがいるようだ。リンゼが人差し指を立てている。すると、リンゼは無造作に扉をノックした。中からはお世話係だろうか、女性が出て来て、リンゼを見下ろし首を傾げたところでミラがやったのだろう。女性は昏倒した。

 リンゼはそのまま部屋に飛び込み、ミラは女性を拘束して、セリンの所に戻って来た。

「なにもなかった?」

 セリンはハッとして、思わず頷いた。一連の出来事を見守るのに夢中になってて、周囲の警戒を怠っていたのは否めない。顔を赤らめたセリンを見て、ミラはその頭を撫でた。

「よしよし。もう少しだから。リンゼの所に行ってもらえる? ここはボクが変わろう。」

 すると足元に有った籠から綺麗に畳んだお仕着せを取り出して言った。

「エリカさんにはこれに着替えてもらって。終わったらここに来てね。」

 セリンは頷いて、お仕着せを胸に抱き、突き当りの部屋に向かったところで気が付いた。

(さっき、わたし達が着替えた時って、ミラさんいましたわよね? え? 本当にいたかしら。違和感なくみんなで着替えたような・・・ ええ~?)

 セリンは顔を赤らめながら部屋に飛び込むのだった。



 セリンが部屋に入るとそこは広くも狭くもなく、寝台と小さなテーブルと部屋に見合う調度品が置かれた質素な場所だった。

 そして寝台の上では涙目になったエリカとリンゼが抱き合っていた。

「よ~しよし。もう大丈夫だからねぇ。」

 リンゼが子供をあやすようにエリカの背中を撫でている。対してエリカは顔を真っ赤にしながらもごもごと何か言ってるが言葉になってない。

「まぁ。猿轡なんて。ひどい目に合ったのね。もう大丈夫よ。」

 セリンはエリカを見るなり駆け寄って猿轡を解いた。

「ぷふぁ。酷いですわリンゼ。人を見るなり猿轡を噛ませるんですもの。びっくりして声も出なかったですわ!」

「え?猿轡はリンゼがやったの?」

「大きな声出されても困るから。緊急措置。でも落ち着いたでしょ?」

 リンゼがエリカに手を回したままぎゅっと力を入れた。

「うんうん。助けに来てくれてありがとう。何も分からないままここに連れて来られて。とても不安でしたわ。」

 訊くと、エリカは全く状況を知らされず、何が起こっているのか分からないらしい。

「それは不安しかないわね。道中説明してあげるから、取り敢えずこれに着替えましょう。」

 セリンはお仕着せをエリカに渡すと、さっき思いついた疑念を思い出したのか、顔を真っ赤にした。

「セリン、どうしましたの?」

 それに気が付いたエリカが問いかけたが、セリンは何でもないと答えるだけだった。

「その豪華な金髪をどうにかしないといけませんねぇ。」

 リンゼの言う通り、エリカの金髪は目立ち過ぎる。どこにいてもお嬢様を主張する。

「素朴な三つ編みに編み込んで隠しましょうか。セリン、部屋の引き出しを見て、スカーフの様なものがないか探して。」

 リンゼがエリカの髪をどうにかしてる間にセリンが見つけて来た大判の布で髪を覆えばだいぶ庶民らしくなった。

(エリカにしろ、リンゼにしろ、髪色が目立つのは大変ね。)

 セリンは自分の栗色の髪を眺めながら、ほっとするやら、少し羨ましい感じがするやらの思いに耽っていた。



 リンゼ達がミラの所に戻ると、気絶した三人の兵士をミラが洗濯物で拘束しているところだった。

「丁度見回りが来てね。君がエリカさんだね。リンゼと仲良くしてくれてありがとう。」

 エリカはリンゼによく似たミラを見て、目を丸くしている。

「紹介しますね、エリカ。あたしの二つ上のミラ兄さまです。」

「え? リンゼのお兄様? お姉様ではなくって?」

「よく言われるよ。エリカ嬢。よろしくね。」

 どこかで繰り返された言葉に、ミラが苦笑しながら答え、セリンが顔を赤らめた。

「ちょっと手伝って。この人たちをあの部屋に入れるから。」

 ミラはそう言うと、気絶させた兵士達を、エリカが囚われていた部屋に皆で運び込み、鍵を掛けた上で鍵穴を壊した。これで、当面は出られないだろう。お世話係の女性だけは別室に入れる配慮を忘れない。

「では、ここを出よう。皆は籠を持ってね。」

 ミラは言うと、いつもの足取りで歩きだした。続いてリンゼ。何の警戒感もなく歩き出す。それを見たエリカは逆に緊張感を醸し出す。セリンはそんなエリカの腕を取って、静かに首を横に振った。

「ここは緊張するだけ無駄よ? ミラさんに任せておけば大丈夫。リンゼも言ってたし、実際大丈夫だったし。」

 セリンは既にリンゼに感化されて、大概の事に対して大丈夫と開き直る気持ちになっていた。そうして二人はリンゼの後を追うのだった。


 館に入った時と同様に、使用人部屋で私服に着替えようとしたが、セリンの視線に気が付いたミラは、フッと微笑んでエリカに自分の服を渡した。

「ごめんね。服用意するの忘れちゃった。ボクので悪いけどこれ着てて。ちょっと服調達してくるよ。」

 そう言うとミラは部屋を抜け出し、行ってしまった。するとセリンは慌てた様に着替えを始め、リンゼはいつものペース。エリカはというと、戸惑いながらも着替えを終えた。

「何故かしら? この服わたくしにピッタリなんですが。それにいい匂いがしますわ・・」

 何故かエリカがショックを受けている。

「ねえねえ、リンゼ。ここでさっきお仕着せに着替えた時って、ミラさんいたよね? いたよね?」

「え~? どうでしたっけ。」

 セリンはどうしても気になる様だが、リンゼは記憶が曖昧なようで煮え切らない。リンゼはセリンのそんな様子に気付いて言った。

「あ、思い出した。ちゅん兄さまの得意技の早着替えで一足先に出て行ってましたよ?」

 リンゼはその言葉にホッとした様子のセリンを見ながらも、実は思い出せず、小首を傾げていた。

 暫くして外で着替えて来たミラが現れ、再び外に向かった。

「おつかれさま~」

「お疲れさまでした。」

 途中、挨拶しながら何人かの退勤する人たちに紛れ外に出た。

普通、外から中に入るのは厳しいが、逆はそれほどでもない。特に疑いの目を向けられることもなく門の外に出て来たミラ達は、普通に帰宅するように家に向かった。

「あ~。今日もよく働いたね。みんなもよく頑張った。家に帰って食事にしようか!」

 ミラがそう言うと、リンゼが応えた。

「まぁ!今日はちゅん兄さまのお料理が食べられるの?」

 ちゅん兄さまのお料理はおいしいのよ? たぁ兄さまには敵わないけど。と、セリンたちに説明していた。

「アラン兄には中々敵わないよね。けど、料理はまた今度ね。エミレンの出方ではもう一仕事あるかもしれないし。エリカ嬢も早く事情を知りたいでしょう?」

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