第11話 変装・・なのかな? これ。
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ミラとエミレンは連れ立って、エルネア公国の公都の脇道を歩いていた。目立たぬよう、フード付きの旅装姿である。
大通りはそこそこ賑やかだが、一歩入った通りではそこここに浮浪者が蹲り、中には小さい子供まで暗い目をして、こちらを伺ってくる。人通りは殆どなく、たまにすれ違う人も活気がないか、逆にイライラを持て余してる者達ばかりだ。ハッキリと雰囲気が良くない。
公都の中でそんな状態だ。大公が把握してないはずはないのだが。放置している状況が理解できない。
公都に来るまでにも外の町や村を通って来たが、民への締め付けが厳しいのが原因で、活気が全く感じられなかった。
「大公は無能なのか? 話は聞いていたけど、ここまで民が疲弊していると国力が損なわれるのは明らかじゃないか。これじゃ、帝国の方がまだマシだよ。」
エミレンは珍しく不機嫌に言葉を吐いた。エミレンは最近まで帝国を旅してきた。帝国も民への締め付けという点では同様だが、少なくとも放置はしていない。
「ボクの得た情報では、側近の専横ぶりが酷いようだね。勿論大公も同類だけど、大公自身は自国の民には目を遣ってない。足元がどんなだか分かってないだろうね。側近から揚がる情報を鵜吞みにして、吸い上げるだけ吸い上げてる。大公は自分の足を喰いながら腹を満たしていることに気付いてもない様だね。」
ミラもその整った眉をひそめて語った。今のミラは旅中なので男装だが、フードを取ればどこかのご令嬢が長旅ご苦労様、という印象に違いない。
「なにか、弱点とか切っ掛けが欲しいな。」
エミレンが言うのは、革命とかの荒療治ではなくエルネアとスルーラットをとを失墜させ、国の再編を導くことである。エミレンが考えたシナリオとは、固い結束のあるエルネアとスルーラットを分断し個別に撃破することだった。どちらか一国であれば、サイラスも対抗できるだろう。
「とりあえずボクがここに来るときに、泊まる家を確保しているからそこに行こうか。大通りに出よう。」
ミラは一人で宿を取るには目立ち過ぎるので、あちこちに拠点を設けている。
二人して大通りに出て、暫く歩いたところで、エミレンが通りの向こう側を急いで歩く女性二人組に気付いた。
「あ? なんでこんなところに・・ 」
エミレンが呟くと、ミラもすぐに気が付いた。見ると、妹のリンゼに違いない。もう一人も見覚えがある。呼びかけそうになったが、リンゼ達も何か目的があって急いでいる様だ。目に付きたくはないだろう。ミラはエミレンに目配せをして、人目が少なくなるまで尾行することにした。
「おい! リンゼ!リンゼ!」
路地に入った時に呼びかけられ、リンゼは驚いて振り返った。
「まぁまぁ! ちぃ兄さまに、ちゅん兄さままで! 一体どうなさったのです?」
「いやいや! こっちのセリフだって! 王都にいたんじゃないの?」
エミレンが呼びかけ、思わぬ再会への言葉の応酬があった。
置いて行かれたセリンはリンゼの袖を摘んで引っ張り、どういうことか、と無言で視線を送った。
「あっと。紹介しますね。セリン。エミレン兄さまは会ったことがあるわよね。で、こちらがミラ兄さま。ちゅん兄さま? こちらはセリン=エストリアさん。」
「え? リンゼのお兄様? お姉様ではなくって?」
「よく言われるよ。セリン嬢。よろしくね。」
思わずセリンから出た言葉に、ミラが苦笑しながら答えた。
「ハッ! わたしったらなんて失礼なことを! 申し訳ありません!」
セリンは顔を真っ赤にして深々と頭を下げた。エミレンに向かってもそのままの姿勢で再会の挨拶をし、何気にセリンの新しい側面を見られたような気がした。
「ちょっと、状況の整理をしよう。ここじゃ何だからボクの拠点に行こう。急いでいるみたいだったけど、ボク達も協力できるかもしれない。」
ミラの提案にリンゼは頷いた。
「願ってもないです。これからどうしようかと思ってたところなの。」
その言葉を聞きながら、エミレンは自分の遭遇体質に呆れていた。
(いや。これはリンゼも持ってるよね!相乗効果っての?こんな外国で偶然出会うとか!)
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一人で使っていたから少々狭い小さな家だったが、殆どの物は揃っていた。暫く空けていたので手早く手分けして掃除し、落ち着いたところで四人はテーブルを囲んでいた。
「なるほど。エリカ嬢が攫われた先が知りたいんだね。」
リンゼ達の話を訊いたミラが人差し指を顎にあてて少し考えた。そうしていると仕草こそ違うがリンゼに雰囲気がそっくりだ。セリンは思わずミラを見つめてしまう。ふと、視線を戻したミラと目が合ってしまった。
「どどどど、どうしたらいいでしょうか~?」
セリンらしからぬ慌てぶりで、とりとめのない言葉を発した。
「取り敢えず一緒にお風呂に入って来なよ。二人とも土と埃まみれだよ? 一体、何日駆けてきたの。」
リンゼとセリンはお互いに見遣り、その有様に改めて嘆息した。
改めてミラがお風呂を勧めると、リンゼは戸惑ってミラとエミレンの顔を見た。
「でも・・」
「さっき、お湯を溜めたから、二人でゆっくり入っておいで。髪の埃もよく洗い落としてね。着替えは用意しておくから。」
ミラがそう言うのならいいのだろう。 リンゼは自分の黒髪を掬って見つめた。
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リンゼとセリンは家の大きさに見合わない広い風呂場で、お互いの髪を洗って綺麗にしていた。二人とも髪は長いのでそれなりの時間がかかる。セリンの髪を整えた後、リンゼの番になり、丁寧に洗っていると、セリンが驚いた声を出した。
「まぁ! リンゼって髪を染めてたの? わぁ!綺麗な赤い髪。」
「故あって、髪を染めていたのです。」
リンゼはやや硬い声を出した。
「ええ? どうして? こんな綺麗な髪なのに勿体ない。けれど、何だか懐かしい色だわ。」
どうやらセリンは気づいてない様だ。いや、思い出さないのか? 実はセリンの身近にこんな髪の人がいるのだけれど。
(クリスおばさまが王都の離宮に住んでるらしいけど、今度会いに行ってみようかしら。自由人だからなかなか会えないのだけれど。)
まぁ、赤い髪が全くいない訳ではなし。そもそも知らないかも。グランタナが世間から姿を隠してかなりの時が経つ。セリン一人に知られてもどうってことはないだろう。そう考えるとリンゼの心は軽くなった。
「ああ~スッキリするぅ! 髪染めると何気に息苦しいのですよねぇ。」
「あ~。わかる! わたしも変装で時々髪染めるから。あら? 変装なの?それって。」
「ん~。変装・・なのかな? これ。」
首を傾げたリンゼを見て、セリンは笑った。
「へんなの~。」
二人で流し合いながらおしゃべりしていたが、セリンが訊いてきた。
「ねぇ。リンゼのお兄様方って、仕事何してらっしゃるの? こんな異国の地まで来て。」
「そうねぇ。外交・・じゃないわね。調査の仕事でしょうか。」
「国外の情勢なんかを調べてるってこと?」
「そうそう。ラスアスタの大事な仕事って言ったましたよ?」
「まぁ!何となく只者ではない感じがしてたのよ。」
妙に納得顔のセリンを横目にリンゼは呟いた。
「エリカ。お風呂に入れてるかな~。」
リンゼのふとついて出た言葉に二人は神妙になり、暫く無言で体を温めていた。
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「ねぇねぇ。どうして女物の服があるのかしら。」
見ると、二着分の部屋着が用意されていた。
セリンの素朴な疑問に答えていいのやらどうやら迷ったが、リンゼはスルーすることにした。
居間に戻るとエミレンが地図を広げて思案していた。
「やあ。さっぱりして綺麗になったね。」
「お先に。ちゅん兄さまは?」
「リンゼ達の話を聞いて、早速エリカさんの居場所を探りに行ったよ。ミラ兄なら、すぐに見つけて来るさ。」
「有難うございます! どうやって見つけようか悩んでたんですよね。ねぇリンゼ?」
セリンがリンゼに同意を求めて来た。
「うん。まさか兄さま達にここで会えるなんて心強いわ! ところでさっきは訊けなかったけど、兄さま達はここで何をしてるの?」
「そうだな。ここで会ったのも何かの縁だろう。二人には知っておいてもらった方がいいかな。」
エミレンは、セリンがここにいることに何か意味があるような気がして、これまでの事を語って聞かせた。
「それでは、サイラス大公はエルネア、スルーラットを道連れに世直しの犠牲になろうとしているのですか。それは・・ 無責任な・・」
セリンは真剣な目をしてエミレンの話を聴いていた。為政者の目だ。エミレンはそう感じた。まだ若いのに、女王アリスが贔屓にする理由の片鱗を見た気がした。
そのセリンが言う。
革命が成功したところで、誰が導くのか。力の有る者が最後まで面倒を看るべきだと。サイラス大公はその役目をアイネスとアルジェントに託すつもりだろうが、如何せん、両者は力不足だろう。
「それは尤もだね。このままでは民に大きな犠牲が出るのは間違いないし。だけど、サイラス大公はそれを押してでも国が変わらなければならないと考えているようだね。だが、今回はセリンさんの言うことに賛成だね。」
エミレン曰く、覚悟の足りない反乱や革命は長続きしない。今回の革命は民衆が誘導されて起こるようなもの。成功したとしても民衆は強い指導者に丸投げするだろう。当然そこにつけ込む者が現れる。
リンゼが人差し指を立てて意見を述べた。
「革命によって成立した、このフォースタリアが良い例ですよ。当時の民衆は今よりずっと追い詰められていた。革命は成功したけど、それでも結局国の運営は当時の五英雄に丸投げだもの。その結果が今の状態です。あたしも今回の革命は時期ではないと思います。」
「ふふ。リンゼはよく勉強しているねぇ。そこでだ。エリカさんには、餌・・いや、囮じゃなく、協力してもらおうと思って・・」
リンゼがその言葉を聞いて、目の色を変えた。
「ちぃ兄さま! あたしのお友達をどうするつもり?」
「ま、まあ、落ち着いてリンゼ。エリカさんはすぐにでも助け出す。協力というのはその後だ。」
エミレンは自分の失言に対するリンゼの反応に及び腰になりながら説明した。
エリカの実家はアノワンダ侯爵家だ。姻戚関係にあるアルジェント公国の要請で、事が起こったら援軍を派遣する約束をしたらしい。ラスアスタ王国内では力と信用のある家だ。女王には許可が必要だが、ほぼ自由に動ける身分にあった。そして、要請の実態はサイラスの思惑で、ガリア王国の国境牽制になるだろう。しかし、娘のエリカがエルネアに攫われたとなると話は別だ。
エルネアは秘密裏にエリカを攫ったつもりだろう。エリカを人質にアノワンダの出兵を牽制すると思われる。そうすれば同盟関係にあるアルジェントとアイネスは国境の警戒に人員を割かねばならないし、そちらに手が一杯となる。だが、誰が攫ったか分かればその限りではない。アノワンダのターゲットにされれば、只では済まない事はエルネアは分かっているだろう。
「けれど、なんでエリカさんなんだろう? 現状アノワンダ侯爵家はアルジェントと縁続きというだけだ。革命が起こりそうだという雰囲気は作り出されているけど、事が起こったとしても結局は国内の内乱に過ぎない。アノワンダは万が一のために、国境守備をお願いされるだけだろう。アルジェント自体が脅かされる状況はそこには無いと思うけれど・・・ 例えあったとしても、エルネアがこんな危ない橋を渡る理由にならない。」
エミレンは思案顔で言った。それに答えたのは意外にもリンゼだった。
「やっぱりエルネアにとっては危ない橋を渡る理由があるのよ。ほら。以前ガリア王国がフォースタリアに侵攻したことがあったでしょ? エルネアとスルーラットは援軍を遅らせた。これって、噂通りにガリア王国と繋がってたってことでいいでしょ? そして、今も続いてる。ガリア王国に弱みでも握られているか、何らかの密約があるか。 反乱を鎮圧するためにアイネスとアルジェントが出兵するなら国境が手薄になるから、ちぃ兄さまの言う通り、アノワンダ侯爵家に頼るんじゃない? それが無ければガリア王国はまたアイネスとサイラス、うまくいけばアルジェントを削ることができるでしょ?」
「つまり、この国の危機に乗じてアイネス、サイラス、アルジェントを更に弱体化させるのが狙いってこと? ありそうな話だね。エルネア・スルーラットとガリア王国はウィンウィンの結果を導こうって訳だね。」
それにしても、仮にも自国を削ることには抵抗はないのかね? と不思議な気がしたエミレンだった。
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