第10話 侮れんな。

 丁度その頃、リンゼの周りでは事件が起きていた。

 学園の休日、かねてからの約束で、リンゼとセリン、エリカで馬の遠乗りに出かけていた。遠乗りといっても王都近郊で馬に乗ってのピクニックといったところだ。リンゼはセリンの馬の前で横乗りになり、セリンにしがみ付いての移動だった。

(う~。やっぱり走った方が楽だわ~)

 実際には痛みなんかあまりないけれど、何となくお尻を撫でながら、お昼のお弁当の用意をするリンゼだった。


 一面の花畑の一角に用意したシートを広げ、持ってきたバスケットをセリンと一緒にセットしていたが、近くの小川に水を汲みに行ったエリカがなかなか戻らない。リンゼが気になって言った。

「エリカ、ちょっと遅くないですか?」

 この頃になると、三人はすっかり名前呼びの仲になっていた。

「こんな王都近くで何か起こるとは思わないけど、捜しに行きましょうか。」


 二人は作業を中断し、連れ立って川の方へ行ってみた。辺りを見回してもエリカの姿は見えない。リンゼは胸騒ぎがして、岸辺に近寄ってみた。落ちたとしても溺れて沈むような深さではない。

「いないわね・・」

 ぽつりとセリンが心配そうな声を出した。

 その声を皮切りにリンゼは森育ちの経験を発揮して、周囲を調べ始めた。よく見ると川岸に少し争ったような痕跡がある。リンゼは川下の方に目を遣った。近くで心配しているセリンと目が合った。

 いつものリンゼと雰囲気が違う。ほんわかとした感じが微塵もなくなっている。

「攫われたようですね。ちょっと行ってきます! セリンは王都に戻って衛兵に伝えて。」

「リンゼ。ちよっと待って! 一人じゃ危険よ! わたしも行く!」

 リンゼは立ち止まって考えた。確かに相手が不明なだけに一人は危ない。この場合はセリンを一人で帰すのは危ないという意味だ。なので、考えはすぐ決まった。

「うん。二人で行きましょう。」

 先ず、繋いである馬を放した。少ししたら王都に帰ってくれるだろう。それで異常に気付いてくれる人があるはず。

 リンゼ達は微かな痕跡を追って、川下に向かって行った。

「攫った者達はなかなかな手練れです。お弁当を広げたところから川までそう離れてないのに、エリカの声も、争う気配も、水音もしなかった。そもそも、あたしたちがお弁当にする場所は決めてなかったんですから、尾行されてたに違いなく、それに気づくこともさせなかった。」

 セリンはリンゼの言葉に、緊張した顔で黙って頷いた。

 暫く下って行くと、対岸に上陸した跡を見つけた。狭い川だ。石を伝って、向こう側に渡ると明らかになった足跡を追って歩いた。

「足跡によると犯人は二人。一人が先導し、後ろがエリカを担いで行ってるみたい。」

「よく分かるわね。」

「足跡を見て。一人の歩幅は広いでしょ。そしてもう一人は狭くて深い。」

 なるほど。セリンは納得して、リンゼを追った。セリンも王権サバイバルに参加してる身だ。一般人よりは余程体を使える。しかし、その気になったリンゼを追いかけるのはなかなかホネだった。

(これがリンゼの自称お転婆の実力! 侮れないわ!)

 セリンの息がかなり切れかかって来た時、リンゼが止まった。

 視線の先に小さな小屋が見える。

「恐らく、あの中にエリカが捕らわれているわ。少し様子を見ましょう。大丈夫。害することが目的なら、こんな面倒な事はしないわ。」

 リンゼが小屋の方を見遣りながら言った。


 暫く様子を見ていると、小屋の方で動きがあった。一人の男が出て行った。首尾の報告に出たのだろう。それを見てリンゼは言った。

「今なら手薄。近づいてみましょう。」

 少し小屋に近づいた時、不意に後ろから声をかけられた。

「おや。お嬢さん達。ご令嬢のお友達じゃないか。ここまで追ってきたとは!正直驚いた。」

 声と同時に三人の男達が姿を現す。セリンが思わず剣に手をかけたが、リンゼは両手を頭の上に挙げた。暫く無言で対峙していたが、どうやら男達は相手が娘二人だからと言って侮る様子はない。セリンも仕方なく両手を挙げた。

「すまないな。お嬢さん達。暫くご令嬢と一緒にいてくれ。」

 リーダー格の男がリンゼ達の腕を後ろ手に縛り、小屋の中に連れて行った。中では新しく整えられたとみられるわら草を敷き、布を被せた簡易の寝床でエリカが眠っていた。エリカの無事な様子を見て、リンゼとセリンはホッとした。

「ちょっと薬で眠っているだけだ。安心しな。声を上げられるとまずかったもんでな。あと、足も縛らせてもらうよ。」

 リンゼとセリンは大人しく手足を縛られてエリカの側に座らされた。

「ちょっと不自由をかけるが、暫くの辛抱だ。逃げようとしなければ何もしねぇ。約束する。」

 思わぬ紳士的な言葉にリンゼは違和感を持った。

「それだけの腕を持っていて、何故、誘拐などに手を染めるのです?」

 リーダー格の男はフッとシニカルな笑みを浮かべて言った。

「なぁに。色々と事情があんのよ。やりたくてやってんじゃないのよ。まったく・・・」

 それを聞いたセリンが問いかけた。

「あなた。フォースタリアの訛りが混じってるわね。そうね。エルネアあたりかしら。」

「ほう? 凄いなお嬢さん。ここまで辿り着いたことと言い、侮れんな。俺達だって、こんな仕事やってられんよ。だが仕方ないんだ。」

 セリンは不満たらたらでやっていると思われる男達から情報を得ることを考えた。何事も自分の立ち位置をハッキリさせることは次の行動に繋がる。

「ねぇ。あなた。時間もあるし、愚痴くらいなら聴いてあげるわよ? か弱い小娘相手に愚痴ったって、何がどう変わるものではないでしょう? どうしてやりたくもない仕事をすることになったの?」

 リーダー格の男は、暫く顎を掻きながら考えていたが、周りの男達をチラッと目を遣ると、話し始めた。

「まあ。只の愚痴だ。問題ないだろう。俺たちは割といい所の職場にいたんだが。そう。誇りを持って仕事に当たってた訳よ。いい仲間にも恵まれ、遣り甲斐もあったさ。だが上司には恵まれなかったね。正確には上の方の連中さ。俺たちを守ってくれるような近い上司はどこかに飛ばされ、だんだんやりづらくなっていった。なあ。」

 リーダー格の男は、同意を求めるように近くの男に目を向けた。

「ああ。そうだな。人攫いの真似事をしろと言われた時にはさすがにカチンと来たぜ。」

「そんなことをするために日々厳しい訓練に堪えてきたんじゃないよ。」

 他の二人も不満そうだ。見たところ、三人とも細身でよく鍛えられたしなやかな体格をしている。斥侯部隊か間者の部隊の者か。話すことにあまり躊躇いが無い様なので前者だろう。肝心なところを話さないのはそれなりの学があると見える。

「それは大変ね。拒否はできなかったの?」

 男達は揃って嫌な顔をした。

「それは無理だ。俺たちには命令は絶対よ。それはどこの国でも同じだと思うぜ? 規律が守れなくなるからな。だが・・」

「あいつら、それが分っていながら家族を人質に取るようなマネを!」

「おい!」

 一人が口を滑らせた様だ。エルネア公国の兵はラスアスタでも一目置くような強さだと聞く。ただ、それが脅しによるものであればいただけない。

「まあ、そういうことだ。愚痴を聞いてくれてありがとよ。ラスアスタには、忠誠を誓う相手にも資格が要るんだってな。そして、その相手を下々は選ぶ権利があると。本当かね?。」

 リーダー格の男が訊いてきた。最早、外国人であることは隠すつもりもない様だ。ここは、とにかく話を繋ぐことだ。セリンは男の問いに答えた。男達の興味を引くように。

「そうね。ラスアスタではとにかく実力が伴わない指導者が忌み嫌われるわ。だってそうでしょう?指導者の失態の後処理は大小に関わらず、必ず下の者が被ることになるのだもの。だから大前提として、指導者層は実力を伴わないといけないの。身分よりもね。実際により低い身分の者が上司に就くことはよくある話よ。この場合はお互いに気を使っちゃうから健全とは言い難いけどね。組織の不完全な部分よね。そして、ラスアスタには忠誠を強要することはないわ。さっき、忠誠を誓う相手にも資格が要るっていう風に伝わってるみたいだったけど、正確には、忠誠を尽くすべき相手を見極めて選ぶって感じかな。つまり、その見えない資格が大きいほど、その下に人材が集まって勢力が増すって構造かしらね。」

 ほぅ。そうなんだ。と、側で聞いていたリンゼは感心した。引き籠りのリンゼには政治向きの話は関心の対象から少し外れてたが、ちょっと興味を持った。

「へぇ!お嬢さん物知りだなぁ。こんな若いお嬢さんがそこまで理解しているなんて、教育の実力からして高いなぁ。それにしても、そんな国に俺たちが勝てる訳ないじゃないか。俺らの上の方はいつも無体な事ばかり言いやがる。」

「おい!ヤツが帰って来たみたいだぞ。」

 微かな足音が聞こえて来た。それを聞いて、男達は外に出ていく。どうやら報告に出ていた仲間が帰ってきたようだ。暫くしてリーダー格の男ともう一人が戻って来た。

「すまないな。ご令嬢を連れて出ることになった。こんな事はしたくないんだが、あんた達二人は暫くここにいてもらうことになる。二、三日分の食料を置いていくよ。あんた達のここまで追って来られる器量ならその内出られるだろうよ。」

 すると、男はリンゼとセリンの足の拘束だけ解いてくれた。リンゼは気になったことを訊いてみた。

「ねぇ、おじさま? この草のベッドはおじさま達が作ったの?」

「あ? ああ。おじさまって歳じゃないんだがなぁ、まだ。ご令嬢を拉致するって話だったからな。汚れたところは不慣れだろうとな。まぁ。思ったより短い時間しかいられなかったが。後はあんた達が使ってくれ。おっと、馬が来たようだ。じゃあな。」

 どこかに繋いでいたのだろうか、複数の馬の足音が近づいてきた。男はまだ意識の無いエリカを丁寧に担ぐと小屋を出た。するとすぐに外から扉を封鎖する音がした。

 二人は暫く外の様子を伺っていたが、リンゼが口を開いた。

「もうすぐ夕方になりますね。それでも移動したのは、別の拠点に移るつもりか、夜通しの移動をする必要が生じたか。」

「誘拐は許されるものじゃないけど、あの人達って、普通に良い人達みたいだったわね。こんな仕事じゃなかったら、国で平和に暮らしてたのでしょうに。」

「うん。そうでしょうね。権力者がまともじゃないと、一般人に皺寄せが行くという構造はどうにかならないものかしら。」

 珍しくリンゼが腹を立てているようだ。セリンがリンゼの方を見ると、既にリンゼの腕の拘束は解かれていた。

「え? うそでしょう? これ、そう簡単に、は、・・んん・・」

 セリンはもがくが、腕の拘束はびくともしなかった。リンゼがセリンの拘束を解きながら言った。

「どちらにしても追いかけますよ? いいです?」

「当たり前じゃない! 絶対にエリカを助けるんだから。」

 陽が落ちるにはまだ間がある。だが、さすがに馬には追いつけないから野宿となるだろう。娘二人で野宿というのは普通考えられないが、どうやらこの二人は普通じゃないらしい。まだ、そんなに長い付き合いではないが、お互いの考えを理解できる位には分かり合って来た二人でもあった。

 小屋の隅には言ってた通りの食料と、セリンが持ってきた剣とリンゼのナイフがわざわざ置かれていた。これで拘束を解けというつもりだったのだろう。

「まぁ! なんてお人良しなんでしょう!」

 リンゼは言いながら助走をつけ、扉を蹴破った。

「えぇ! リンゼってば、お転婆って範疇超えてるわよ?」

 破壊された扉を見ると、割と厳重に外から封じてあった痕跡がある。セリンは目を丸くしてリンゼの評価を上方修正するのだった。明後日の方向に。

 二人は残してくれた食料と小屋にあった使えそうな生活道具をベッドになっていた敷布に包んで背負った。暫くの追跡には耐えられるはずだ。

「馬の蹄の跡はハッキリしているから雨が降らない限り、見失うことは無いでしょう。けど、街道に出るようなことがあれば厄介ですね。馬だから街道に出る方が早いですが・・ 」

 リンゼは森の中を駆けながら考えを話した。セリンはというと、リンゼに追いて行くのがやっとで、早々に考えることを放棄していた。

 辺りは既に夕闇が迫る雰囲気になってきている。

「今日はここまでですね。野営はあそこに庇のある岩陰が良いでしょう。周りから見えにくいです。」

「ハァハァ・・ リン、リンゼってば、どこでそんな、サバイバル、術覚えたの、よ。」

「あら? 言いましたよね? あたし森育ちなんですよ。」

 リンゼのいつもと違うキリっとした顔を見て、ああ。確かに言ってたなあ。と、セリンは思い返したが、なんか思ってたのと違うと激しく感じた。

 セリンがぐったりとしている間にリンゼはそこらの石を使って小さな竈を組み、枯れ枝を拾ってきてあっという間に火を付けた。

「どうやったの? まるで魔法みたい。」

 セリンは驚いて言った。

「いえ。普通に摩擦熱で。魔法で小さな火が出せたらそれは凄いですよね。セリンの生活魔法への夢に一歩近づけますね。」


 セリンは魔法を生活に役立てたいという夢を持っていて、常にアイディアを探している。単純に小さな火や水を出せる魔法があればいいが、基礎が戦争用に構築された為か、いざ使うとなると規模が大きすぎて生活場面では使い物にならない。というより、個人の魔力次第の規模で出るか出ないかなので、基本コントロールはできないのだ。小さな火を点けるという操作は、よっぽど魔力が小さければ可能かもしれないが。そんな人達はそもそも魔法を使おうとは考えもしないし、そもそも発動しない。魔法発動には魔力の閾値があるようだ。しかし魔法が存在するのだから工夫次第なのではないかしら。セリンはいつもそこに引っ掛かるのだった。


 セリンがぼーっと考えている間に、リンゼは火に小さな鍋を掛け、水を入れ、何時の間にか摘んできた野草やキノコと持ってきた穀類と少しの肉を手際よく入れて煮込んでいた。途中途中で、ポケットの中から調味料を取り出して味を調える。

「ちょっ、ちょっと。なんでそんなもの持ち歩いてるのよ?」

「調味料は必須ですよ? 美味しくない食事は嫌でしょ?」

「いや、そうじゃなくって・・・ あぁ。もういいや。リンゼが変なのは今に始まったことではないわ・・」

 セリンは疲れもあってか、考えることを放棄した。そして、どうぞ、と出された具沢山スープをいただいた。

「あら。美味しい。リンゼ凄いわ。わたしにも覚えられるかしら。こういう料理。」

「料理自体は難しくは無いはず。あたしが苦労したのは森の恵みを覚えることでしたね。本に書かれているものと、実際に森に在るものを一致させるのに一番時間かかったかな。特にキノコ。これは知っている人に付いてってもらって教えてもらわないと無理。」

「まあ!じゃあ、リンゼが先生になって。お願い。」

「うん。じゃあ、今度ね。今はエリカを助けるのが先だから。」

「エリカ、無事かしら。」

「よっぽどなことが無ければ大丈夫。人質は無事でないと意味ないですから。」

 セリンは気になってたことを訊いてみた。

「ねえ。さっきの捕まってた小屋の中で、エリカ助けられたかしら。リンゼ、囲まれた時わざと捕まったでしょう? 小屋の中で助けるつもりだったんでしょう?」

「そうだったのだけれど、予想以上の手練れの人達だったし、エリカは動けないし、三対二では不利だし。怪我覚悟なら行けたでしょうけど、あの人達ならあたし達を害することはない、という判断。」

 勿論、怪我覚悟というのはセリンとエリカの事だが、言う必要のないことだ。セリンはふ~ん、と気のない返事をして話題を変えた。

「どこまで行ったかしらねぇ。」

「眠ったままのエリカを連れてるから、そんなに急げないと思いますよ。拠点が近くなら明日には手掛かりを掴めるはず。今日は早く寝て、明るくなって来たらすぐ動きますよ?」

「うん。」

 セリンは返事をすると、無性に眠くなってきた。

「どうぞ。おやすみなさい。」

 柔らかくリンゼが微笑んだ。わたしより小さいのに時々お姉さんのようだわ。と、セリンは思い、意識を手放した。



 翌朝、まだ暗いうちから起き出したリンゼ達は、軽く食事をして白み始めた空を見ながら移動を始めた。足元はまだ暗いが、リンゼは迷いなく、しかしセリンがついて行ける速さで駆けた。どうやら街道に出る気は無いようだ。

 足元が明るくなってからは、一段速度を上げ、時々休憩を挟みながら馬の足跡を追った。

 「ちょっと前から、並足になってたのだけれど、ここで馬を降りたようですね。拠点が近いのかしら。」

 昼過ぎになって、リンゼは立ち止まってしゃがみ、地面を撫でながら頬杖をついて考えた。セリンからは、荒い息が聞こえるだけで返事は無い。ここからは慎重に動こうとリンゼは思った。

 リンゼは近くの大きな木の陰にセリンを誘い、そこで少し待つ様に手振りで示した。セリンはコクコクと頷き、木の幹に背中を預け、休憩の体勢に入った。

 リンゼは、息を潜め、足音を消し、前方を探りに行った。少し歩くと視界が開け、どこかの小さな村に出た。身を隠して観察すると、どうやら廃村の様だ。人の気配が無い。リンゼは気配を消して村の中に入り、手掛かりを探した。すると、一軒の家に違和感を感じて、こっそり近づき、窓から中を覗いた。

「あ・・・」 

 リンゼは思わず出た声を手で押さえ、周りに人気が無いのを確認して、家の中を再び覗き込んだ。

(なんてこと!)

 そこには昨日までリンゼ達と会話していた男達の無残な姿があった。

三人が一刀両断で斬られている。相当な手練れだったはずだが。

 故郷に家族を残して仕事に来たと言っていた。不本意ながら。その理不尽さにリンゼは悲しく感じ、同時に怒りが湧いてきた。ドキドキする。リンゼは胸を抑えて深呼吸した。考えよう。

 男達は四人いた。死んだ三人は小屋にいたあの気さくな人達だ。いないのは報告に出て帰って来た一人。見たところそんなに強い感じは受けなかった。すると、この人達を切ったのは別の者だろう。報告に行った人間は監視者だったのかも。死んだ三人は反体制的な考えを持っていた。使い捨ての人間だったのかも知れない。

 当たり前だがエリカはいない。三人をこんな目に合わせた人間の手にエリカが渡ったと考えるだけで、一気に緊張と怒りが増して来た。普段、そんな感情とは無縁に過ごしてきたリンゼだけに、気持ちを持て余し気味に、暫く家の壁を背にしゃがみこみ、両手で頬を挟み込んでじっとしていた。

(頭にきたわ!)

 視線を上げたリンゼのエメラルドの瞳はその優しい色に反して、燃え上がるような光が混じっていた。



「追撃します!」

 リンゼはセリンの所に戻るなり、セリンと目を合わせて言った。

「つ、追撃って・・ 」

 セリンは、さっきまでとは違う様子のリンゼに戸惑いながら訊いた。

「なにか手がかりがあった? 分かるように説明して?」

 リンゼは、ハッとして、自分を落ち着かせるように少し瞑目し、見て来たことと、自分が思うことをセリンに話した。

 セリンはリンゼの話を静かに聞いていたが、そう。と一言呟くと少し悲しそうに目を伏せた。

「行きましょう!」

 セリンの言葉にリンゼは黙って頷いた。

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