第9話 バカなこと言ってないで。
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先ず、サイラス大公の目的はフォースタリアという国の再編である。
フォースタリアの国としての体制は限界であり、十数年前の国境紛争の時、国としての在り方に見切りをつけたサイラス大公は、遠大な計画を組むことにした。しかしその動機はサイラスの利益を求めるものではなく、現状バラバラなフォースタリアをまとめることにある。
その手段としてダリウムは驚くべきことを言った。フォースタリアはアイネス主導の元、共和国を目指すということ。サイラスはフォースタリアが存続するに当たっての癌と言っても差し支えないエルネアとスルーラットを排除することを第一弾の目標としていた。
現在表向きサイラスとアイネス・アルジェントは対立していることになっている。エルネア、スルーラットを油断させる為だ。サイラス一国ではどうあがいても二大公国に対抗できない。三公国は当初から共闘関係にあった。
アイネスの女大公、フィリスとは十数年前のガリア王国との国境紛争からこちら、密かに連携してきていた。お飾りとは言え政権を担ってきたアイネスは、立場上、全く独自に振舞うサイラスに対し苦言を呈することで対立感を演出し、同様に勝手に振舞うエルネア、スルーラットに対し強い非難を向けていた。弱者側であるアイネスは二大公家には全く相手にされず、逆に家を保全できたと言っていい。
アイネスは姉妹国アルジェントと共に、謀略を担当していた。二家は悲しいことに力がない。しかもアイネスは山側の立地でガリア王国と接しており、常にその脅威に晒されている。
前のガリアとの紛争はエルネアの手引きだった疑いがあった。目的はアイネス、サイラスの国力を削ぐためと思われる。そんな厳しい環境にあったため、こと三公国の兵は精強であった。しかしながら圧倒的に数が足りない。数は力である。圧倒的な兵力を保持するニ大公国に悟られぬよう、兵力育成の点ではサイラスに注意を引き付けてもらい、アイネスとアルジェントも兵力増強に力を入れ、一方、明日に向かっての謀略を練っていた。
エルネアとスルーラットは同盟関係にあるが、エルネア大公サデスが主導権を握っていた。スルーラット大公ジョズはサデス同様の権力バカだが気が小さく、つけ入る隙があると思われる。
また、両国に共通する弱点は領民の心が大公家から離れてしまっていることだろう。権力に奢った両大公は、自分達が豊かな暮らしをする為のあからさまな不正を隠しもしない。権力とはこうも頭を曇らせるものか。
そして、その大部分の取り巻き達は自分達も甘い汁を吸おうと、大公達の意に沿うようなことを勝手に作り出し、甘言を弄し、大公家を肥え太らせている有様だった。そう。大公達は最早正しい判断ができない環境にある。これもつけ入る隙だろう。
アイネスはそんな二大公家に対し、領民の離反の加速を誘導している。これには不遇な扱いを受けている兵達も含む。上手くいけば領民による反乱を誘発できるかもしれない。起爆剤はサイラス国内の反乱だ。自作の反乱を隣国スルーラット、次いでエルネアに波及させる。それと同時にサイラスは反乱の鎮圧を大義にスルーラットとエルネアに攻め込む作戦だ。その時にはアイネス、アルジェントも同調することになっている。
アルジェントは事が起きた時にガリア王国からの介入を阻止するため、ガリア王国と国境を接するアルジス帝国にあること無いこと吹き込んで、ガリア王国に対し疑念を持たせることに成功している。ガリア王国は帝国との国境に気を割かないといけないだろう。
サイラス大公は大変な努力と犠牲を払って、ここまで持ってきた。
あとは大きな切っ掛けが欲しいところだった。
ミラは話を聞くにつれ、驚きを隠せなくなっていた。
「そんな大きな動きをして大丈夫ですか? エルネス、スルーラットも今や大きな国です。腐っていても優秀な人材はいる筈。気が付かない訳がないと思いますが。」
「気付いてるとは思うが、侮ってもいるだろうな。弱小国家に何ができると。エルネアとスルーラットの富は偏り過ぎている。足元が見えない指導層は表面だけ見て自国の軍事、経済共に豊かだと思っている。我々が攻め込んで来たところで問題なく一蹴できると思っているのではないかな。詰まる所、驕りが過ぎているな。だが、全員がバカではない。あそこまで大きな国にした人材がいるのは確かだからな。」
ダリウムはフッと少し笑って話を続けた。
「現状、経済は一部の商人と貴族官僚が握り、お互いの私腹を肥やしている。軍隊はその指導力を持ち合わせない軍閥貴族が威張り散らすために私兵扱いされている。少しでも見識がある者なら国の先が見えるというものよ。つまり、彼の国には相当数の協力者もいるわけよ。そんな訳で付け入る隙は沢山ある訳だが、問題は一度事を起こせばどれだけの犠牲が出るかというところだ。」
勝算はあるにしろ、相手は弱小三公国を大きく上回る経済力と軍事力を有する。数は力である。どれだけ無策であろうとそれなりの力を発揮する。泥沼化すれば双方の犠牲は測り知れないだろう。また処理が長引けば、他国の干渉を許し、最悪他国に侵略される道を辿るだろう。
ダリウムは淡々と語り、それを聞いたミラはどうしても納得できてないことを問うた。
「もう一度訊きますが、そんな重大事をボクなんかに聞かせてどうしようっていうのです? それこそ国家機密中の機密じゃないですか。」
「うむ。先に言ったが、そなたをこの一大事に巻き込もうとしているのだ。既に理由は言ったな。そして俺はそなたを只者とは思ってない。以前にも言ったが、俺はそなたをラスアスタの間者とみている。そしてアノワンダ侯爵家に関りを持っているだろうとも。どうだ?」
ミラはダリウムの鋭さに少し驚いていた。どこかでそれを匂わせることをしただろうか。ミラは人差し指を顎に当てて首を傾げ、少し考えた。そんな仕草は母親のエレンによく似ている。
「お察しの通り、ボクはラスアスタの者です。一体どこからそんな結論に至ったのやら・・ 」
「そうか。ラスアスタの者と感じたのは、言っちゃ何だが、今のフォースタリアの間者の質はイマイチだからな。同じ間者でも帝国やガリアの手の者は剣呑な気を放っているから分かりやすい。そういう事かな。アノワンダにはアルジェント公爵の妹が嫁いでおり姻戚関係にある。アルジェントとアイネスも昔から誼を交わしており姉妹国の様なものだ。フォースタリアにとって、ラスアスタに近しいものと言えばアルジェントであり、アノワンダ侯爵家だからな。アノワンダ侯爵を巻き込んだのは、いざという時、ガリアとの国境を抑えて貰いたいからさ。」
ミラはアノワンダとの関係を肯定も否定もしなかった。
アノワンダ侯爵家の領地はラスアスタ南端にあり、アルジェント公国に接し、王国に許可を得た上でアルジェントとは独自に同盟を結んでいる。実際にガリアと国境を接しているアイネスとも話は通じているのだろう。一侯爵家ではあるが、武門を生業とし勢力としてはアルジェントやアイネスより遥かに高い。
「で、話を戻しますが、ボクに何をさせたいのですか? 大してお役に立てるようには思わないのですが。」
ミラは完全に相手ペースに乗せられているのを自覚しながら訊いた。
「いや。特には。ラスアスタに事情を知った者が欲しくてな。事が成就した暁には、この国は弱体化しておるだろうから支援の当てを増やしておきたい。そなたもどこぞの権力者に報告義務があるのだろう? あわよくば、だ。そなたの主人を説得してくれると助かる。」
は~、とため息をついた。
「また、そんな当てにもならないことを・・・」
「わはは! 言ったではないか。俺は人を見る目があるのだ。」
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ミラとダリウムは楽しい?食事を終えて、馬車に乗るべく店を出た。ミラは可憐に店の主人に美味しかったと礼を言い、店のエントランスでは好奇心が隠せない主人以下、いつもより大人数で送り出され、ダリウムは苦笑いをしていた。
外に出て、馬車を待っていた時である。
「あれ? ミラに・・」
通りの少し離れたところから声がし、ミラがそちらを向くと、驚いた目と視線が合った。
「あ。エミレン! 公子様、ちょっと失礼します!」
ミラはダリウムの返事も待たず、ススっとエミレンに近づいた。旅装姿のエミレンはミラの頭からつま先まで二往復程眺めて言った。
「ミラ兄、凄く似合ってるよ。母様とリンゼが見たら喜ぶだろうなぁ。」
「エミレン久しぶり。 じゃなくって! ちょっとこっち来て。」
ミラは、エミレンを見たとたん、この件に巻き込む判断をした。正直、ミラ一人では重すぎる案件だったのである。
ミラが引っ張っていく先には、逞しくもきちんとした格好の男性が待っていた。エミレンはミラを引き留めて囁いた。
「ミラ兄!まさかそっちの道に入ったんじゃないよね? そりゃ、ミラ兄が本気出せば大抵の男は、その・・・」
「バカなこと言ってないで。紹介するよ?」
ミラは再び、エミレンをダリウムの側まで引っ張って行き、ダリウムに言った。
「公子様、紹介します。これは弟のエミレン。エミレン?こちらはサイラス大公家のダリウム公子様。」
「ほう!弟御か! なるほど目元などが似ておるな!」
ダリウムはエミレンに向かって握手を求めながら言った。
「よろしくお願いします。じゃなくって! ちょっ! どういう事? サイラスの公子って? ええ?」
丁度その時、廻してもらった馬車がやって来て目の前に止まった。
「詳しい話は馬車の中で。」
ミラは混乱するエミレンを馬車に押し込み、ダリウムと一緒に乗り込んだ。
ミラはエミレンが同じ目的でフォースタリアに来たことを告げ、ダリウムの了解を受けて、一通りの話を呆然とするエミレンに語って聞かせた。ダリウムの補足を受けながら話を聞き終わる頃には少し落ち着きを取り戻したエミレンは訊いた。
「ていう事は何? そんなところまで事態は進んでるの? 驚いた。」
おい! とミラがエミレンを肘で突くが、ダリウムは苦笑しながら言った。
「驚かせたか! そなた達を出し抜いている時点で作戦は成功している感触を得たぞ! しかしそうなると速攻性は重要だな。エルネスとスルーラットが気付く前に行動を起こしたいものだが・・あとはやはり切っ掛けか・・・。」
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グランタナは長年の放浪癖の為に、色々な場所に拠点がある。たまたまサイラス公国にも小さな一軒家を持っており、ミラはそこで寝起きしていた。ダリウムに馬車で送ってもらい、エミレンとミラは家に落ち着いていた。
エミレンは旅装を解き、ミラは余所行きドレスを脱いでラフな格好で向かい合いお茶をしていた。
「あ~あ。ミラ兄と一緒に状況を詳しく探るために来たってのに、僕の仕事終わっちゃったよ。けれど、真実は小説より奇なりってね!どう対応するかなぁ。他国のことだしなぁ。」
ミラはエミレンに同意しながら言った。
「ごめんね?巻き込んじゃって。 ボクだけじゃ手に負えない事態になったから、正直助かった! 相談できる相手がいるだけで心強いよ。」
「巻き込むも何も、最初から一蓮托生でしょ? それに、今回の件は珍しく兄妹みんなが関わっている。父上達はこの事態、どれだけ把握してんだろうな。」
エミレンが考えるように言った。ミラは人差し指を顎に当て、首を傾げて返した。
「あの父上の事だ。ボク達のいい経験値稼ぎぐらいに思ってるかもなぁ。逆に言えば、ボク達で解決できる案件ってことだね。」
「どこがだよ~。戦だよ? 民衆の暴動も作戦の内に入ってるんでしょ?間違いなく犠牲がたくさん出る。どの辺を解決すればいいのさ?」
「エミレンも言ったじゃない。これは他国のことだよ。戦も暴動もボク達が手出しするものじゃない。ボクはね、ダリウム公子の為人を知ってしまった。この後の国には必要な人だと思うんだよね。遠目に見たことしかないけど、ダリウム公子が敬愛する大公も助けたい気がするし。二人が犠牲にならない様にする。ボクたちができるのはそこの所じゃないかな。」
ミラの言葉を聞いて、ふ~ん、と考え込みながら、エミレンはお茶を飲んだ。
「ちょっと、シナリオを考えてみるかな。」
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