第7話 ちゅん兄さまって綺麗で可愛いから
▼
「さて、現在の状況だけど。フォースタリアの勢力図が明らかになって来た。」
アランのおいしい料理を食べて食後のお茶で寛いでいるところ、エミレンが切り出した。
フォースタリアの現政権を担っているのはアイネス大公家から出ているソリス王だ。アイネス大公フィリスの弟にあたる。本来はフォースタリア全体をまとめる役であり、国自体は連邦国の形態になる。
しかしながら、各大公は独立して自分の領地を統括しており、言わば五つの小国が同盟関係を持って集まっている国家である。五公国に接する中央に王城が存在する小さな王領があり、政権交代は二大公以上の発議でおこり、政権大公は五大公の談合でほぼ決まる。
立国後暫くは仲間意識もあり、この体制でうまく回っていたが、時が経てば、こんな不完全な体制がうまく行くはずがない。今や政権というまとめ役は勢力の弱い大公家が選ばれ、権力は無いも同然であり、まとまりのない大公家同士をなんとか繋いだり、国として外交の仕事が増えるばかりで貧乏くじな役目だった。実質各々の大公家が勝手にふるまっているのが現状であった。
事の起こりはそんな国体を改革しようと、サイラス大公家が立ち上がったことだ。サイラス大公家は三番目に勢力の強い家だ。
常々、王がお飾りの政権担当であることに疑問を感じていたアイネスは、始めこそ強い関心を抱き、サイラスに協力的だった。
しかし、サイラスの考えは弱小三家を統一し、二大公家に対抗しようというもの。その野心を理解したアイネスは、サイラス陣営から離脱、アルジェント大公を味方につけて対峙している。サイラス大公はアイネス、アルジェントに対し、武力を示す姿勢を採っているため両者の間には不穏な空気が流れている。
それを見たエルネス大公、スルーラット大公は、潰し合ってくれれば万歳とばかりに静観を決めている。皆、独立気質が強い大公家だ。並みの条件では協力的にならないだろう。
改革自体は悪いことではない。新しい風を吹き込まなければ国家としてはじり貧である。国家統一も方向性としては良い選択だろう。ただ、一度は協力していたサイラスとアイネスが反目した理由によっぽどなものがあるのだろう。
アイネスは言ったという。これは国盗りだと。サイラスは思ったより野心家で、手段を選ばない性質であると。
以上はアルジェント大公を通じてアノワンダ侯爵が入手した情報であり、別途、グランタナの次兄、フォースタリアに潜入中のミラアルテウスイステが入手した情報を裏付けている。ただ、ミラの情報は、サイラス大公の為人から違和感を覚えている旨が添えられていた。
「ミラ兄の話では、サイラス大公自身は、かつては穏健派で野心家の面は見せてなかったらしい。しかしここ数年の急な変わりよう。違和感はそこからくるみたいだね。ただ、その息子であるダリウムはなかなかの武闘派らしい。このあたりから野心的な考えも出るかもね。確実な情報を得るために、ミラ兄はサイラス家に潜入するつもりみたいだよ?」
「あら! それはおもろ・・ いえ。ちゅん兄さまのことだから心配はないでしょうけど、何か起こりそうな気がするわ。」
エミレンの報告にリンゼがそう反応した。
「リンゼ。お前、今おもしろそうな事が起こりそうとか思っただろう?」
アランのツッコミにリンゼは手を振り慌てて否定した。
「そ、そんなことないわよ! ただ、ちゅん兄さまって綺麗で可愛いから、何かと周りが放っておかないでしょ?」
「うん。まぁ。それは否定できないな。」
アランは遠い目をしながら考えていた。エミレンとは別の意味でミラも巻き込まれ体質なのだ。
それにしてもフォースタリアに事が起こればラスアスタも浮足立つことは間違いなく。周辺国がちょっかいを出してくるかもしれない。
「まぁ。北の方は父上に任せておけば問題ないだろう。しかし、何だな。勢力の構図が分かりやす過ぎる気もするが。」
何かスッキリしないが気のせいだろうと、アランは思った。
「ただねぇ、ミラ兄にしてはその報告、歯切れの悪い所が気になるんだよね。だから僕もフォースタリアに行ってこようと思うんだ。」
フットワークの軽い所が兄弟達の長所である。リンゼは除くが。
「え~?司書の仕事はどうするの?」
エミレンが王城図書の司書である恩恵で、出入りができていると思っているリンゼは、慌てて訊いた。
「心配しないでも、リンゼは既に顔パスになるくらいは通ってるだろ?
念の為に閲覧許可証も発行してもらっておくよ。」
エミレンはリンゼの質問の意図を正しく理解しながら答えた。リンゼはそれだけ聞くと満足したようだ。
▼
ミラアルテウスイステは困惑していた。
ミラの容姿は母親譲りで、弟よりも華奢で小柄なので年下に見られる。ただ、兄妹の内では最も敏捷で、よく潜入調査を任せられていた。
今回もその容姿を生かして、というより、むしろ目立たないように街娘に扮し、フォースタリアのサイラス公国の街を歩いていたところその場面に巻き込まれたのだった。
街の路地で、どこにでもある様に、若い娘がゴロツキに絡まれていた。それを見たミラは助けようとしたが、一足先に別の助けが入ったのだった。
「おい! その娘を離せ!」
大柄で引き締まった体躯をしたその男は、顔を隠したいのか口元を質の良い布で覆っていた。そして体格に似ない素早さでゴロツキに迫り、腕をひねり上げて、絡まれていた娘を解放した。ゴロツキは地面に転がされ、そして男が鋭い眼光で睨むと、怯えた顔であたふたと逃げ出した。
男は振り向くと、丁度ミラと目が合った。その瞳の印象に不思議な感じを僅かに受けたが、次に起こったことですぐに忘れてしまった。
「そこな娘!悪いがこの人を家まで送ってくれ。」
男に指名されたミラは、一枚の銀貨を渡され、強引に絡まれた娘の介抱を任されたのだった。ミラが娘の方に意識を向けた一瞬の間に、男は素早く現場から立ち去っていた。何もかも一瞬の出来事だった。
(今のはサイラスの公子だよな。顔を半分隠してたけどたぶん。確か第一公子ダリウム。しかし、噂では粗野で好戦的。ボクが以前遠目に見かけた印象もそうだったな。ふむ。)
ミラの印象と、先程の男の行動がかけ離れていたように思えて戸惑ったのだった。人違いだろうか。
釈然としない気持ちを抱えたまま、貰った銀貨で甘い飲み物を買って絡まれていた娘を落ち着かせ、家まで送り届けた。何もしていないのに何度もお礼を言われて困惑し、何だか戸惑いが続く一時となった。
余ったお金でミラは屋台で甘い焼き菓子と飲み物を買い、公園のベンチで食べながら思索に耽った。
(あ、これおいしい! リンゼも好きかも。)
暫く会ってない、自分に似た妹を思いやりながら、菓子をほおばった。
それにしても、先程の男がダリウムだとすると・・。ミラは先程感じた違和感を思い出しながら考えた。
今代のサイラス大公クライアは数年前までは、穏健で領地経営も過不足なく、評判の良い人物だった。それがある切っ掛けで人が変わった様になる。
当時フォースタリアは西の隣国であるガリア王国に攻め込まれ、紛争状態になった。その国境を接していたのはサイラス公国とアイネス公国で、二国は否応なしに紛争に巻き込まれた。当時、サイラスとアイネスの公国としての序列は三位と四位であり、防衛力が高いとは言えなかった。当然の如く、国の盟約に基づいて他の大公家に援軍を要請したのだが、やって来たのは序列最下位のアルジェントだけ。他の二大公は何かと理由を付けて援軍を出し渋り、遂に援軍がやって来た時は、領土をいくつか削り取られた後だった。特にアイネスは領土の四分の一も削り取られ、最早反攻する余裕もなかった。
ガリアは、二大公の援軍が到着すると、占領した砦に守備兵を残しただけで、それは見事な引き際でフォースタリアから去って行った。
サイラスとアイネスは援軍が遅れたことに、大いに抗議したが、遅れて来たエルネア、スルーラットからは軽い謝意と、見かけだけの復興支援が届けられただけだった。奪われた砦の奪還という話は毛ほども出ず。
この出来事の後、サイラスとアイネスは大きく勢力を削ぎ、結果エルネアとスルーラットの発言権が増したことは言うまでもない。
サイラス大公は、この時より力を求めるようになった。穏健な顔はかなぐり捨て、手段を選ばない露骨な富国強兵策をもって、ここ十数年で序列二位のスルーラットに迫る軍事力を育てるまでになったのである。それに伴って領民への締め付けは厳しいものになり、大公に対する領民の評判は悪いものになっている。
ミラは思った。最近は鬼と評されるサイラス大公クライスだが、当然公子ダリウムはその薫陶を受けただろう。確かにダリウムの評判は粗暴で直情的というもの。その人物像からは人助けは似合わない。そこに先刻の出来事に対する違和感がある。
「少し調べ直すか・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます