第5話 お転婆さんが多いですね!

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 何日か経って、エミレンとリンゼはアノワンダ侯爵邸に招待されていた。先般のお礼を兼ねた内々のパーティーである。そしてその場には長兄のアランサンダルエルもいた。アランは先程からじっとエミレンをみている。

「アラン兄。視線が痛い!痛いよ!」

「何故にこうなった? ん?」

 アランは先日近衛に招聘されていた。警邏隊は近衛の下部組織だ。先日の話を聞いたエスタが興味を持ち、アランに非公式な試合を申し込んだらしい。その結果、エスタの人事権により、近衛に転籍になった次第だ。

「まぁ。考え方次第ではある。王都内情報収集の為には警邏隊は色々と自由に動けるが、組織の上部に入り込むには制限がキツイ。その点、今回のフォースタリア問題の最も渦中にあるとされるアノワンダと関係ができたのは僥倖ともいえるか。」

 アランはニヤリと笑ってエミレンの頭をクシャっと掻き回した。

「たぁ兄さまが王都にいるなんて、ちっとも知りませんでした。」

 リンゼは不満顔をアランに向けた。

「すまんすまん。これも作戦だ。なぁエミレン。」

「アラン兄。僕に対する態度と違い過ぎやしませんかね。」

 確かにエミレンは遭遇体質だが、ここのところの連続した出会いはちょっと度が過ぎている気がする。エミレンはチラッとリンゼの方を見た。リンゼも同じような体質か? 昔から傾向があった気がする。その相乗効果? 胃が痛くなるような想像をするエミレンだった。



「まあまあ、いらっしゃい。先日は息子たちを助けて頂いたそうで。今日は思う存分におもてなし差し上げますからね。」

「これはこれはアノワンダ侯爵夫人。お招き有難うございます。サナス家を代表してお礼申し上げます。」

 控えの部屋に入って来た侯爵夫人は、二十代の子がいるとも思えない若々しさで挨拶したのに対し、アランがお礼の口上を述べると、館の奥に誘われた。侯爵夫人に連れられて別室の広間に入ると、料理が並べられた円卓があり、側に先の三兄妹が立って出迎えた。

「皆さん、おいで頂いて嬉しいですわ!趣向を凝らした料理を用意しましたの!お口に合えばいいのですが。」

 エリカが先日とは打って変わった綺麗なドレスを着ていて、お嬢様に拍車がかかっていた。

「今宵はできれば無礼講でお願いしたいところだ。アラン殿にも来て頂いたことだし、色んな話を聞きたい。」

 エスタがそう言うのを聞いてエミレンは戦慄した。僕はこの場を凌げるだろうか。チラと横を見るとアランが泰然とした様子で、

「いえいえ。今宵の主役は我が弟と妹です。私は付き添いに過ぎない。な?エミレン?」

 アランの何気ない振りに、内心引き攣りながらエミレンは挨拶をした。

「今宵はお招き有難うございます。妹共々楽しみにしておりました。」

 リンゼは無言でドレスを摘み、優雅に貴族風の挨拶を行った。

(ほう?)

 アノワンダの皆は感心して。グランタナの兄弟はいつの間に的な驚きを持って、リンゼの所作を見ていた。

「さあさあ。席におつきになって。楽しいパーティにしましょう。」

侯爵夫人の発声でパーティの開始となった。


「おいしいです! こんな料理食べたことありませんわ。」

 リンゼが言うと、すかさずエリカが説明を入れる。

「これはフォースタリアの田舎料理ですの。お母さまの実家の郷土料理ですのよ? わたくしも大好き。」

「気に入って頂いて、わたくしも嬉しいわ。どんどん食べて。」

 侯爵夫人が色々な料理を勧めていく。

「時にアラン殿。エミレン殿とリンゼ殿に武術を教えたというのは真か? 二人とも大した腕とお見受けしたが。」

 エスタの言葉にアランはちらっとエミレンに視線を送って来た。話を合わせろ的な視線だ。

「教えたという程ではありませんよ。二人は才能が有りまして。今じゃ私より強いんじゃないかなぁ! ははは!」

(どう話を合わせろと?)

 エミレンは仕方なく、ははは!と笑いを合わせて話題を変えた。

「公爵夫人はフォースタリアのご出身なのですか?」

「ええ。そう。聞いたことはあるかしら?アルジェントから来たの。」

 夫人は少し影を落とした顔で答えた。アルジェント大公家は現王家寄りの改革派であり世論の後押しもあるが、保守派の二大大公家が障害となって、劣勢に立たされていると聞いた。

 フォースタリアは五大公家が運営する連合国家だ。しかし五大家はここ数十年で協調性が取れなくなってきた。保守派の大公家、エルネスとスルーラットは海に面していることもあって、経済的にも人的にも豊かであり、経済面、軍事面で他の三公国に大きく差をつけた。本来ならば建国時の約定により、その富は国中に循環するべきであるが、人間というもの、一度欲が高じると止められなくなるらしい。二大公国は自国の利を追求するようになり、他家を軽んじるようになって久しい。本来その公国同士をまとめるのが持ち回りで選出される王であるが・・・

 現王はアイネス大公家より出ており、特にこれまで失政と言ったものはない。いや、そもそもエルネスとスルーラットに軽んじられている現状では為せること自体少ない。特に最近の国内は不穏な動きがあり、アルジェント大公は心を痛めていた。即ち、国家分裂の危機である。

 二大公国の大公はその肥大した自尊心から贅沢に現をぬかすようになり、取巻き達はそのお零れに預かろうと更に持ち上げる始末。その皺寄せは他家のみならず自国の民にも及んでいた。

 当然ながらアノワンダ侯爵家は非公式ながらアルジェントをバックアップしており、否応なしにその争いに巻き込まれつつあるようだ。

侯爵自身がこの場にいないことを詫びられたが、会話の端々から、その争い関連で奔走している様子が伺えた。



 食事を終え、場所を移して歓談の時間になった。お茶やお酒を飲みながら、当たり障りのない雑談が主で、リンゼは学園の話やら、薬草の話をしたり、アランやエミレンは旅の話をしたりで盛り上がった。

「まあ!リンゼさんは十四歳なの? エリカと一つ違いじゃない。もっと下かと・・ あ、ごめんなさいね。あまりに可愛らしくって。」

「いえ。幼い感じにはよく見られます・・」

 侯爵夫人の言葉に、最近幼く見られることを自覚してきたリンゼは少し恥ずかしがりながら答えた。

「それじゃあ、エリカとお友達になれるわね。是非ともお願いしたいわ。こう見えてこの子結構お転婆で、なかなか同年代のお友達ができないの。」

「まあ!お母さまったら。でもわたくしからもお願い。お友達になって。」

 エリカは真っ直ぐな性質らしい。その真っ直ぐな申し出をリンゼは素直に受けた。

「是非、お願いしますわ。それにしてもあたしの周りにはお転婆さんが多いですね。」

「それは学園のお友達?」

 エリカの問いにリンゼが笑いながら答えた。

「うふふ。あたしの一番のお友達で、セリンというの! 今度紹介しますね。きっと良いお友達になれると思いますわ。」

「え? まさかエストリアのセリン様のことかしら? けどお転婆って?」

 エリカが若干困惑気味に訊ねた。

「あら? 既にご存じでした? とても可愛らしい方ですよね!」

 傍で会話を聞いていたエミレンは、エリカがセリンの正体を知っていることを察した。ここでも新たな繋がりが形成された様だ。やはりリンゼにも遭遇補正がついていると確信するエミレンだった。



 アノワンダ家のパーティを終え、お礼にと、ドレス生地やら宝石やら名剣やらを送られ帰途についた三人は、馬車の中で話をしていた。

「ところでちゅん兄さまはどちらに? 今更隠し事も無いでしょう?」

 リンゼの問いにアランが答えた。

「ミラはフォースタリアに潜入中だよ。しかし何だな。お前達が来て、色々と急展開だな。さて、俺も隠密行動の意味が無くなったし、宿を引き払ってお前たちと一緒に住むわ。」

「まぁ! ほんと? 嬉しい!」

 リンゼは無邪気に歓迎したが、アランとエミレンは当初の計画変更を余儀なくされたことでちょっと複雑な心境だった。

 アランは父親譲りの真っ赤な髪とがっちりとした体格を持ち、長男という立場がぴったりな雰囲気を持った男だ。今は兄妹同様黒く染めた髪をかき上げ、まぁ何とかなるだろう、と豪快に笑っている。 

「あの家は俺が選んで用意したんだぜ? いい家だろう?」

「うん! とってもかわいいわ! すっごく気に入っちゃった。」

 意外なことに、アランは繊細な物や可愛いものが好きな性格である。リンゼが褒めたので、だろう? とご機嫌なアランだった。

「アラン兄の料理が食べられるのは素直に嬉しいね。」

「本当ね。たぁ兄さまの料理は絶品。」

「おぅ。まかせろ! 好きなものを作ってやるぞ。」

 アランは褒めたら伸びる性質である。昔からアランを褒めると良いことが起こる。エミレンとリンゼは無意識にアランを褒めたたえる言葉を贈るのが常となっていた。

 だが事実として、兄妹は皆館にいる時も旅に出た時も、基本自分たちで食事を作るので料理は得意だが、アランの料理は頭ひとつ抜けていた。中でもそこにある食材を使っての料理の勘が鋭く、どんなものでもおいしくできる能力に秀でていた。

「うふふ。全員じゃないけど、兄妹が揃うのなんて久しぶりだなぁ。とても嬉しいわ。さぁ。食材の買い出しにいきましょ?」

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