第4話 助太刀いたす!

「わぁ~! こんなに採れたわ!」

 籠一杯になったものを見て、リンゼは大はしゃぎだった。

 休みの日の今日、リンゼはエミレンを伴って薬草を採りに王都の外の森に足を運んでいた。歩き易いように山歩きの格好である。

 リンゼは領地の館にいる時は少ない娯楽として、本から得た知識を実践するお手軽な方法を実行していた。その一つとして、近場の森で採れる薬草を加工したり、栽培したりというものがあった。そうやって手を動かして身に着けた知識は、素人ながらそこら辺の薬師以上だろう。

 今日は庭に植えるものや、お茶にするもの、料理に使うものを目当てに足を延ばして来たのだった。

「やぁ。やっぱり自然はいいねぇ。王城図書で本に囲まれた生活も良いけど、僕は緑と土に囲まれたところが落ち着くね。」

 エミレンは休憩場所に選んだ河原で手足を伸ばしながら言った。

「うふっ。もう旅に出たくなっちゃいました?ちぃ兄さま?」

 リンゼは採って来た薬草を並べて仕分けしながら訊いてみた。

「そうだね。けど、旅はいつでもできるよ。まぁ、その旅を心おきなくできるようにするのが今回の任務ではあるね・・・・・」

 言いながら、エミレンの様子に堅いものが混じるのをリンゼは察し、折角仕分けしようとしていた薬草をさっさと籠に戻した。

「只の野盗ならいいんだけど。僕たちが狙いかなぁ?」

 エミレンが言う通り、リンゼも不穏な空気を感じていた。この不穏な気配を発している以上、なにかを狙っているに違いない。

 暫く息を潜めていると、そう遠くないところで剣戟の音がし始めた。

「行こう!」

 エミレンが言うと駆けだした。リンゼも黙って従う。森育ちの兄妹だ。時間もかけず音もたてずに現場に着き、木の幹に体を隠して様子を伺った。

 見ると、十人ほどの武装した男達に囲まれた、良い処のお嬢様ご一行の図だ。そこには如何にもといった豪奢な金髪を流したお嬢様を護衛と思われる二人の男が護っている。お嬢様は見たところ乗馬服なので、遠乗りでもして来たのだろうか。

「どちらを助けるかは言うまでもない気がするけど、少し様子を見る。あの護衛の腕次第だが、危なそうだったら僕が割って入るから、リンゼはあのお嬢様を頼む。」

 リンゼは了解の意を頷くことで伝えた。

 暫く見ていたが、護衛はかなりの腕だった。お嬢様も短剣を構えており、なんとか対処できるほどの腕はあるようだ。しかし、多勢に無勢。だんだん押されているのが明らかになって来た。

「よし! 行くよ!」 

 エミレンが勢いよく飛び出し抜剣した。リンゼも同時に飛び出したが武器は持っていないので無手である。

「助太刀いたす!」

 エミレンの口上に目を丸くしながら、リンゼはお嬢様の傍に立った。

「す、助太刀いたします!」

 リンゼは武器を扱えないが、自分の反射を体術に見せかける訓練を兄達に施してもらっていた。能力を隠す偽装である。こんなところで役に立つとは! 兄達に感謝するリンゼだった。

 目立ちたくない二人は、ギリギリまで手を出さない戦い方をしていたが、迫って来た敵には対処しなければならない。エミレンにしろ、リンゼにしろ、長年に培って来た技は体が勝手に反応するもの。相手が死なない様に気を遣いながら華麗に対処していった。

 お嬢様は目の前で起きていることに感動すら覚え、短剣を構えてただ固まっていた。助けに入った女の子は、剣を構えて突っ込んでくる男を、自分より小さなその身体でいなし、突き、蹴り、投げて圧倒していた。その動きには無駄があり過ぎるのに、なんだか安心感を伴い、見蕩れていたのである。

 そのうち形勢は逆転し、武装した男達はボスらしき男の一言で速やかに退却して行った。

 お嬢様が安心したのか、ふぅ~っと息を吐いて、ガシっとリンゼの手を取った。

「あ、ありがとうございます! あなた方はわたくし達の命の恩人ですわ!」

「兄ちゃん、若いのにやるじゃないか! ありがとう!」

 護衛のガタイの大きい方がエミレンの肩に手をまわし感謝の意を表した。

「兄さん。それは感謝してる態度じゃないよ? けど、本当に助かった。感謝するよ。」

 少し線は細いが均整の取れた体格をした男がエミレンに握手を求めて手を差し出した。

「申し遅れました。わたくし達はアノワンダの者で、わたくしはエリカと申しますの。こちらの大きいのは長兄のエスタ、そしてこちらが次兄のクレスタですわ。どうぞお見知りおきを。」

 護衛と思っていた二人はお嬢様と兄妹だった。しかもアノワンダといえば侯爵家。国の中枢の家柄ではないか。少々驚きながらもエミレンは平静を装って返した。

「これはご丁寧に。僕はエミレン=サナスと申します。こちらは妹のリンゼ。」

「あら! そちらもご兄妹? 何故だか嬉しいわ!」

 エリカはリンゼの手を握ったまま離さない。小柄なリンゼはがくがくと振り回されるままになっていた。それを横目に見ながらエスタが言った。

「改めて助太刀感謝する。俺たちはフォースタリアの親戚を訪ねた帰りでな。途中まで馬車だったんだが、前の街から馬で近道しようってことになって。街道から逸れて暫くしてこの有様よ。奴らはかなりの手練れだったが。それにしても大した腕だな。お嬢ちゃんもな! 正直驚いた。」

 エスタは歳の頃二十代半ば、クレスタは二十代前後、エリカは十五、六というところか。年下扱いは仕方ないか。エミレンは心の中で苦笑した。

「兄は、近衛の次席なんだよ。副隊長でね。その兄にそう言わせるんだから大したものだよ?」

 げっ!いらん情報が入って来た。エミレンは密かに冷や汗を掻いた。正直、グランタナ家の者の剣技は他の追随を許さないと自負している(リンゼを除く)。見る者が見たらその冴えは一目瞭然だろう。目立ちたくないのに。

 エミレンは自分が事ある毎に、妙に間が悪い所があることを認識している。先般の王女との遭遇の様に間が良い時もあるのだが。所謂遭遇体質であり、巻き込まれ体質である。

 エミレンは文官として赴任してきている。それが近衛より腕が上と評価されたらまずい。いや。それ程の技は披露してないはずだ。しかしいらん疑いをかけられるにはやはりまずい。エミレンは頭をフル回転させてこの場を言い逃れようとした。

「たぁ兄さまのおかげなんですよぅ。自分の身は自分で守れるようにって。小さいころから鍛えられまして。」

 それだ!グッジョブだリンゼ! エミレンは平静を装い言った。

「そう。僕たちの一番上の兄は腕っぷしが良くて。今も王都の警邏隊に所属して、街の安全を守っているんですよ。」

 それを聞いてエスタは驚いた。

「ほう。あんた達より強いのか。その御仁は。それはそれは寡聞にして知らなかったな。」

 エスタもクレスタも思案気だ。

「それより、先程の賊に心当たりは?」

 ここは話を逸らす一手だ。エミレンは気になっていたことを訊いた。

「ああ。詳しくは分からないが、フォースタリアか、ラスアスタか。我らアノワンダを快く思わぬ者たちの仕業だろうと思う。」

 なるほど、エミレンは思った。アノワンダはフォースタリアの五大家の一つと姻戚関係にある。不安定なフォースタリアの国勢にある中で、アノワンダのバックアップは強力な力となるだろう。それを削ぎたい勢力があるということか。

 僅かの間思案していると、エリカが声をかけて来た。

「王都に帰ったら、是非お礼をさせてくださいね。」

「いえ。お構いなく。たまたま通りかかっただけですので。」

 エミレンが遠慮すると、エスタはエミレンの肩に再び腕をまわして言った。

「遠慮しなさんな? あんた達は本当に命の恩人なんだ。アノワンダ挙げての礼をさせて頂く。」

「兄さん、少し言い方を考えたらどうだい? すまないね。ガサツな兄で。でも本当に礼はさせて頂くよ。」

 クレスタが丁寧に頭を下げて言った。

 それから連絡先を交わし、その場は別れた。



「ねぇ。ちぃ兄さま。たぁ兄さまが王都にいるってほんと?」

「あ。あぁ。実はそうなんだ。別に隠してた訳じゃないよ? アラン兄が近くにいるって言うとリンゼは会いに行くだろ? 今回は隠密性の高い任務だからそれは避けたいかなって。」

「ふ~ん。けど、ちぃ兄さま、さっきのお話で自爆してるよ? たぁ兄さまの隠密性解けてるわよ?」

「あ~~。それなんだよ! アラン兄に怒られるなぁ。」

 グランタナの兄妹がこれだけ集まるのは、結構重大事なのかもしれない。今更ながらこの事態に思いをはせるリンゼだった。

「それにしても・・」

 リンゼは思い出したようにクスクスと笑い出した。

「ちぃ兄さま。助太刀いたす。ってなぁに? 何時の時代よ。びっくりしちゃったわ!」

「え?変だったかな? けど、リンゼだって助太刀いたします。って言ってたじゃないか。」

「ふふっ。釣られちゃったの。ふふふ。」

 そして二人は薬草の入った籠を抱え、笑いながら王都への帰途についた。

 その帰り道王都の大門で、リンゼは門番をしている男と目があった。

「あ。」

 門番の男はちょっと驚いた様だったが、リンゼに向かってウィンクしてきた。

 リンゼはエミレンに顔を向けたが、エミレンもウィンクしてきた。

(黙って、通り過ぎろってことね・・)

 リンゼはクスっと笑って門番にさりげないウィンクを返した。

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