第3話 ほほほ!

 王立学園は広く人材を育てるという教育方針で、身分に関係なく、それなりに素養の在る者に対し、門戸が開かれている。実力主義のラスアスタ王国らしく選抜試験があり、かなりの狭き門である。

 学園は幼年部からあり、実力不足で落第も有り得る。リンゼが編入するのは大体十五歳辺りから所属する高等部である。

 試験も難なくこなし、当然の様に編入試験に合格したリンゼは戸惑っていた。

 編入者オリエンテーションで、魔法の授業があることが分かったのだ。そう。この世界には魔法がある。


 主に軍事的な研究が長い間行われてきた。その努力の賜物として、呪文という形で体系化された魔法の発動機構と、集団による火力増強によって、戦いの前哨戦に使える位には実用化されてきた。しかし、実際の戦闘に関しては、正直攻撃では剣や弓、防御では鎧や盾の方が断然効率が良いのが現状である。

 個人技の利点としては無手の状況で使用できること。多少離れていても効果を与えることができるくらいか。効果範囲は人それぞれで、その距離と範囲が魔法能力の目安として扱われている。

 魔法の種類は多くない。基本的にモノに作用するか、精神に作用するかの二種に大別でき、例えばモノでは石を飛ばすとか、風を起こすとか。火を飛ばすとか。精神的には幻惑をみせるとか、人を操るとかである。何れにせよ致命性を与えられるものではなく、個人技としては今ひとつであった。

 龍人は存在そのものが魔法と言ってもよく、意図して魔法を使うことは無いし、必要と思ったこともない。


 編入オリエンテーションに保護者として付き合ってきたエミレンも戸惑っている様子だ。エミレンも魔法を意図して使ったことは無い。

勿論、世の中には魔法を使える人の方が遥かに少ないので悪目立ちすることは無いが、使えないと単位を貰えないのだろうか。

 結論から言えば、使えなくても問題ない様だった。必須だったら編入試験時点で振り分けられるだろう。魔法の才能を示す生徒は早くから国で囲い込む意図らしい。

「リンゼ、無いとは思うけど、間違っても魔法の対戦なんかするんじゃないよ?後々面倒くさいからね。そんな状況に陥った時は仮病で逃れてね。」

「まぁ!ちぃ兄さまったら心配性ね。あたし魔法使えないから問題ないですよ?」

 エミレンが心配して言うと、リンゼはにこやかにフラグめいた言葉を吐いた。ちょっと引き攣るエミレンだった。

「それにしても・・」

 エミレンはオリエンテーション会場の反対側を見遣った。先日街中で出会った娘がいる。つまり、彼女が王女だろうと思われる。

ちょっと見つめ過ぎたか。彼女もエミレン達に気が付いた様だ。ちらちらと視線を向けてくる。



 オリエンテーション後、王女(仮)から声をかけて来た。

「先日は、声をかけて頂き、ありがとうございました。おかげさまで無事にお家に帰ることができました。」

 王女(仮)は柔らかい満面の笑みを向けて礼を述べた。

 あまりの雰囲気の違いにエミレンは少し驚いた。先日のキリッとした表情は影もない。リンゼは、まぁ!という風に頬に手を当て目を瞠っている。

「いえいえ。たまたま通りかかっただけですから。何もしてませんですし。それより自己紹介がまだでしたね。僕はエミレン=サナス。この子は妹のリンゼ=サナス。どうやら妹とは学園で一緒に学ぶことになるようですね。」

「リンゼです。よろしくお願いしますね。」

「こちらこそ申し遅れました。セリン=エストリアです。まさか、同じ学園編入の方だったなんて。こちらは私の後見の叔父様ですわ。」

 セリンは後ろに控えている渋い中年男性を紹介した。

「イグニス=エストリアです。お見知りおきを。ところでセリン。先日、何かあったのかね?」

「いえいえ。先日の外出中、少々道に迷ってしまって、この方達に教えてもらっただけですわ。ほほほ!」

(ごまかした!)エミレンとリンゼは思わず顔を見合わせた。

 セリンはさりげなく目配せを送ってくる。話を合わせろってことだろう。

「この街はどこも賑やかで、気を付けないとすぐ迷いますね。」

 エミレンが口を挟むと、その言葉に満足したように、にっこりと笑ったセリンは二人を誘ってきた。

「せっかくお知り合いになれたのですから、これからお茶でもいかがですか? もし、お時間があればですけれども。」

「願ってもない。リンゼも学園生活が始まって早々、知り合いができるのは僥倖ですよ。ね、リンゼ?」

 本当に僥倖だ。王女に近づく手間が省けた。

 エミレンはリンゼに向かって同意を求めたが、リンゼはうん、と頷きながらも別の事を考えていた。

(ほほほ、って笑う人初めて見たぁ!)



「セリンさんは、しっかりしてますね。お幾つになるんですか?」

 お茶の後、仲良くなったセリンとリンゼは立ち寄ったカフェの庭に咲く花を見に連れ立って行った。

 エミレンは一緒に来たイグニスと何気ない会話をしていた。

「十四になります。まぁ、家庭環境のせいでしっかりせざるを得なかったというところでしょうか。学園在学中は少し気を抜いて過ごしてもらいたいのですが。」

「では、リンゼと同じ歳ですね。早速友達ができたようで嬉しい限りです。これから宜しくお願いします。」

 歳のところは話を合わせながらエミレンは言葉を返した。

「いえいえ。こちらこそ。しかしリンゼさんは二つ三つ年下と思ってましたよ。高等部編入なんて相当優秀なんだな、と。」

 イグニスは公爵家の人間でありながら身分には無頓着の様だ。公称一庶民のエミレン達に対しても自然な接し方だ。

 学園関係者はその身分を語るのはNGである。それで、普段は隠して行動することが求められている。さすがにエストリアなど名乗ればバレバレであったが。

 しかし、中には自分の身分に対して過度な誇りを持つ貴族がいるにはいる。だが、ここアスタリアについて言えばポカをやればすぐに剝奪されるような軽いものである。逆に庶民が貴族に採り上げられる例も少なくない。そういう訳で、この国では身分とは公務上の序列的なものと認識されるようになっている。

 


 庭に出たリンゼはどうしても気になってることをセリンに切り出した。

「箒・・」

「え?」

「先日の。どうして箒を抱えてたのです?」

「あ~。これは内緒ね。わたし、どうしても一人で街に行きたくって、仲のいいメイドに服を借りて外出したの。箒はカモフラージュの道具って訳。」

「なかなかのお転婆・・」

 リンゼはセリンの予想外の面が見られてくすっと笑ってしまった。

「ふふ。でもあの時は助かったわ。騒ぎが大きくなると困るもの。わたしのメイドにも迷惑かけるとこだった。」

 セリンは少し消沈した様に俯いた。

「お出かけ難しいの?」

「一人ではまず許して貰えないわね。ああっ!もう少し自由が欲しいわ!」

「あたしが一緒ならどうでしょう?」

 はた、とセリンはリンゼを見つめた。それは可能かもしれないことに気付いたからだ。王族の学園生活は可能な限り、一庶民と同様な生活をすることが推奨されている。サバイバル能力も王位継承競争の判定対象になっているほどだ。リンゼと一緒なら街中の危険度はぐっと減るだろう。イグニスも強くは言うまい。

 セリンはクスっと笑った。

「ありがとう! あなたとお友達になれてとても嬉しいわ! 今度一緒に、お気に入りの服を探しに行きましょう! その後にスイーツ!気になるお店があるの!」



 学園の授業はとても楽しい。リンゼが本によって得た知識は相当なものだったが、授業で得られるものは更に価値あるものの様に思えた。

 学園に編入して数か月。いつしかリンゼは質問魔として、教師達に一目置かれる存在となっていた。

「いやぁ。リンゼ君の質問は鋭いですなぁ。こちらも勉強になりますよ。」

「そうですな! あの広い知識に裏付けられた問いには毎度緊張を強いられます。」

 何となくマンネリ授業をしていた教師達に、図らずも活を入れた形になったリンゼは、今日も図書館に籠っていた。

 最近はよくセリンも一緒に図書館通いをしている。リンゼの豊富な知識に感化された形だ。

「正直、リンゼとお話してる方が学問が身につく気がするわ。」

 テーブル越しに向かい合い、セリンは頬杖をつきながら言った。

「まぁ! それは言い過ぎよ? 先生方の知識の深さは測り知れないわ。何度も聞かないと良く分からないですもの。」

「それは、リンゼの質問内容が高等部の授業レベルを逸脱してるからよ。大学の最先端の話に鼻を突っ込んでるんじゃないかしら? おかげで先生達の張り切りようったら! 授業内容が難しくなってるのは気のせいかしら?」

 確かに、最近授業についていけない生徒が増えているような気がする。授業が難しくなってる? リンゼは両手を頬に当て考え込んだ。ここで学園を掻きまわすのはまずい。リンゼが目立つのは全く本意ではない。ちょっと質問は控えよう。 

「ねぇ。あたしって目立ってるかしら? ちょっと恥ずかしいかも?」

 リンゼは半ば本気で問い返した。

「そうね。リンゼは見た目大人しいし、本ばっかり読んでるから、生徒たちの間では勉強好きな普通の女の子よ? 今のところはまだ。勉強熱心な子も多いし、先生たちに積極的に質問する子も普通だし。問題はその内容よ? 間違いなく先生たちの間では目立ってるわね。」

「ええ? それはちょっと。生徒たちの間でも変な目で見られるようになるのは嫌だなぁ。先生に色々訊くのは控えようかしら。う~ん。」

 セリンの言葉にリンゼはそう思って言ってみたが、半ば無理な気もしていた。そうセリンに零すと、

「ああ、それならそのうち兄さまを紹介するわ。三つ上なんだけど、もう大学で学んでいるの。ただねぇ、勉強熱心なのはいいのだけど、人見知りが激しいの。けど、興味のあるものに対しては別人の様になるわ。見てて面白いくらい。リンゼと話が合うかもしれないわ。大学に伝手ができるしね!」

「ほぉぉ! 是非!」

 リンゼは学園に通い出してまだ数か月だと言うのに、大学の研究やら何やらに興味を持ちだしていた。


 中でも魔法について、セリンの考えを聞いてからはすごく興味を惹かれていた。

 魔法。リンゼが知識以外で全くついて行けてないのが魔法だった。

「ねぇ、セリン。魔法のこと教えてくれない?」

 あるとき、リンゼがセリンにお願い事をした。

 セリンは魔法のことに関しては優秀だ。小さいころから興味を持って、優秀な家庭教師に教えを乞うたらしい。現状で魔法の成績は学年トップクラスで、実技の方は最早右に出るものは無いレベルだった。

「え? いいわよ? けど・・ リンゼって、魔法使えないんじゃ? 世の中には使える人の方が圧倒的に少ないし、実技は必須履修の対象に入ってないから問題ないんじゃない?」

「むぅ・・ けどけど、なにかこう、使えるようになる切っ掛けみたいのがあるのではないかしら? 使える人と、使えない人の明確な違いは分かってないのでしょう? そこに興味があるんだけど。」

 魔法という不思議な現象は、各個人の生まれながらの才能に依るものとされている。魔法学なる学問があるにはあるが、目に見えないものだけに論理的な研究が進まず、実際、授業では魔法の歴史と実際に起こる現象を学ぶだけに留まっている。

「わたしはどうやら魔法を使う才能に恵まれた様だけれど、使い方を教えようにも良く分からないわ。」

 セリンは首を傾げながら言った。セリンの得意な魔法は、顔に似ず攻撃魔法で、相手をスタンしてからの圧力攻撃。大きなハンマーで叩くようなイメージらしい。

「ズ~ンときたらダ~ン。という感じで押し出すの。」

 何とも観念的な説明だった。

 リンゼもそれを聞いて考えてみた。リンゼ自身も龍麟とそれに伴う反射を説明しろと言われれば困惑するだろう。そういう風に認識しているくせに、リンゼは龍麟を魔法とは思っていないのだった。

「イメージが大事なのかしら?どのくらいで発動するのです?」

「そうねぇ。考えて十数える位かしら。何か、体の内から圧力の様なものが膨らんで、一杯になったら放出する感じ。わたしはそんな感じだけど、人によって違うみたい。矢の様な飛び道具的なイメージの魔法を使う人は魔法を使うたびにキリキリと胃が痛む感覚になる人もいるみたいね。可哀想に・・ そう考えるとイメージと魔法発動感覚って、似通ってるところがあるかも? けど、皆が皆同じ感覚では無いらしいのね。」

 リンゼは再び考え込んだ。リンゼの龍麟は全く自動発動で、個人を守るものだ。例えば防御魔法は自分の周りのある程度の範囲に展開できる、場合によっては複数人守れる様な魔法だ。辺りの空気に作用し、魔法の能力で範囲や強さが変わる。やっぱりちょっと違うかも。

 そんなことをリンゼが考えていると、セリンが少し顔を寄せ、声を潜めて言った。

「わたしね。魔法に関しては少し夢があるの。魔法みたいな不思議な力、戦いにだけ使われるのって勿体ないじゃない? 何とか生活に利用できないかしらね。」

「確か、かつてそれを研究した人がいましたね。結局道具を使った方が遥かに効率的だって結論じゃなかったかしら?」

「そうなのよね。けど、まだ諦めるべきじゃないと思うのよ。何かお役立ちの魔法が存在すると思うの!」

「まぁ! 確かにそうね! 戦いばかりに使う魔法は印象良くないし、使いたいとか思わせられないですよね。あたしも魔法を使うのは諦めまないわ! それを考えることで何かヒントが生まれるかも! まぁ、なんかワクワクしてきました!」

 リンゼの何かに火が付いたのはそんなやり取りによるものだった。

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