第3話 想いを伝える魔法
マンションの自室に帰ってすぐ。ジュースを取り出そうとして冷蔵庫を開け、思わず「げっ」と声を出してしまった。チョコレートの箱が、たくさん詰め込まれていた。
私はほとんど自炊しないので、いつもは冷蔵庫に飲み物と冷凍食品しか入っておらず、スカスカである。多分、と言うか間違いなく、チョコレートは美羽ちゃんが買って来たのだ。
「こんな大量のチョコレート、誰が食べるの?」
テレビゲームをしている美羽ちゃんに訊くと、彼女はこちらに振り向きもせず言う。
「ユウキ、甘いもの好きでしょ? コンビニで、対象商品を三個買うと、アニメのグッズをもらえるっていうキャンペーンをやっていたの」
「だからって、こんなに大量に買わなくても……」
「グッズの全種類、欲しいじゃない。あなたも、アニメおたくなら分かるでしょ」
「私はアニメおたくじゃない」
アニメも好きだけど、最近はほとんど見ていない。同人誌即売会に行って、オリジナルの漫画や小説を読む方にはまっている。大学一年生のころに、SNSで知り合った人に連れて行ってもらって、同人の面白さを知ったのだ。
ハッとして部屋を見回すと、壁にアニメのポスターやタペストリーが何枚も貼られていた。
「まさか、押しピンとか使ってないよね」
「もちろんです。百均の、貼ってはがせるテープを使ったわ」
ポスターの中で笑っている、目の大きな可愛い女の子たちを眺める。それは、女の子同士が仲良く「きゃっきゃうふふ」しているタイプのアニメで、原作は「百合中毒」という日本で唯一の百合漫画専門誌で連載されている。……百合、それは、女の子同士の深い関係のことだ。美羽ちゃんは、「百合中毒」を毎月買っている熱心な読者である。
他人の好みにあれこれ言うつもりはないけれど、彼女が百合をテーマにした作品が好きなのは、なんとなく不思議に思う。性善説より性悪説を信じていたり、ブラックユーモアが好きそうなタイプに見えるから。
パズルゲームを夢中でプレイしている美羽ちゃんを観察しながら、この子にも案外、可愛いところがあるんだな、なんて考えていた。やり手の軍師や長老の茶目っ気、みたいな。十六歳だけど。
買い物に行くのがメンドウなので、夕食はチョコレートということにする。
「不健康の極み、って感じね」
そう言いながらも、美羽ちゃんが空ける箱は三つ目だ。私は、一箱だけでやめておいた。
「こんなに大量のチョコレートが台所にあるの、高校生のころのバレンタインデー以来だなー」
「あら、ユウキ、モテたのね」
「違う、違う。義理の友チョコだよ。その学校、クラスメイト全員に手作りチョコをわたさなきゃならない、って風潮があって、私も、もらってたの。普段はほとんど話さない子からもね。なんか、変な感じだよね」
「ふうん、人間って面倒ね」
「まるで、自分が人間じゃないみたいな発言……」
美羽ちゃんは、ハッと片手で口を押さえる。
「しまったわ。甘さに酔ってるのかしら」
「そうだよ、きっと。食べ過ぎ!」
私の突っ込みに彼女はニヤリとし、箱を持ち上げて傾け、口に流し込んだ。もぐもぐしている姿は、十六歳の子どもらしかった。
大学の講義が終わった。昨日夜更かししてしまった私は眠くて、机に突っ伏す。眠れるわけではないけれど、そうやって休んでいれば、少しはマシになるような気がした。なのに、タイミング悪く、誰かに背中を突かれる。
「何ですか?」
私が顔を上げると、机のそばに立っていた同学年の女の子がにっこり笑った。カールさせたセミロングの髪と、フレアのミニスカートが可愛い。清楚系、って感じだ。残念ながら、名前は思い出せない。ただ、彼女もいつもアームカバーを付けているので、気にはしていた。
「結城さん。これ、受け取ってくれますか?」
差し出されたのは、可愛いピンク色の巾着袋だった。水色のリボンが巻かれている。お風呂上りの美羽ちゃんみたいな配色だ。
「これは、えっと……?」
「手作りのクッキーです。昨日、作り過ぎちゃって。同じ学年で同じ学科の女の子に、配ってるんです」
「そうなんだ、ありがとう」
断る理由はない。疲れていて、丁度甘いものが欲しかったから、私はウキウキしながら受け取った。
リボンを解いて中身を出そうとしたとき、背後でバタンと大きな音がした。ぎょっとして振り返る。女の学生が、仰向けに床に倒れていた。講義室じゅうの緊張した視線を集めている彼女は、すぐに立ち上がり、「転んだだけだよ」と笑ってみせる。
「大丈夫?」
「保健室行けよ」
心配する声を掛けながらも、周りの学生たちは安心したようだった。
まだ傍にいた、クッキーをくれた女は、口を手で覆い隠している。「あらあら」と面白そうに彼女が呟いたのを、私は聞いてしまった。それで、クッキーを食べるのが怖くなってしまって、マンションに持ち帰った。
台所で、巾着の中身をお皿に出してみる。ごく普通の、丸くて黄金色のクッキーだ。変なものは入っていないだろうけれど……なんとなく、くれた彼女を信じきれなかった。捨てるわけにもいかない。仕方なく、ラップをかけて冷蔵庫に入れる。
美羽ちゃんは、例の百合アニメを見ていた。主人公である中学生の女の子たちが、学校の調理実習でケーキを作っている様子が流れている。
『みゅうちゃん、お鼻にクリームが付いていますわよ』
『ホントだ! ありがとう、ここちゃん』
にこにこしている女の子たちには、悪意なんて全くなさそうで、周りにピンクのもやが漂っていて、ほんわかしている。優しい世界……。
私が十代のころは、決して無邪気ではなかったし、正の感情も負の感情もたくさん抱えて、抱えきれずに問題を起こしたりしていた。アニメに描かれているのは、大人の妄想なのか。それとも、こんな風に世界の見えている人がいるのだろうか。
そうだ、このクッキーのこと美羽ちゃんに訊いてみたら、わかるかもしれない。
「ねえ、美羽ちゃん」
「そのクッキーなら、食べても大丈夫よ」
「即答だね……」
いつも通り画面から目を離さず、美羽ちゃんは言う。
「あなたは、そのクッキーを作った人間にとって、どうでも良い存在だから。何も起こらないわ」
「どういうことなの?」
「自分で本人に聞いてみなさいよ。そう決まってるんでしょ、魔法使いの間では」
翌日、講義室で彼女を見かけた私は、少し離れたところから「Horizontal gene transfer」を行おうというジェスチャーを送った。彼女からの返答は、「OK」だった。そのまま素知らぬ顔で帰ろうと思っていたのに、講義が終わったあと、彼女は私に話しかけて来た。
「結城さん、クッキー、美味しかった?」
「うん、美味しかったよ」
タメで話しかけて来たので、つい、私もそうしてしまう。彼女は、ほっとしたように、胸に手を当てて少しかがんだ。
「そっか、よかったあ。今回、すごく評判が悪かったの。まずい、って言われちゃって」
「……私は、すごくおいしいと思ったよ……」
「ありがとう」
本当に美味しかったから、きっとその「まずい」と言った人の口に合わなかったのだろう。あるいは――
美羽ちゃんの言葉を思い出す。
「あなたは、そのクッキーを作った人間にとって、どうでも良い存在だから」
彼女が持っている魔法は、どんなものなのだろうと思った。
「ところで、あの……あなたのことをなんて呼べば良いかな?」
「今更感、半端ないんだけど……ミサキだよ、よろしくね」
ミサキさんは、とても親しげに微笑んだ。
中高生のころ、私は学校のクラスでかなり浮いていた。魔法使いになったばかりで、「自分は特別な存在だ」と思い込んでいたせいもあって、人と話すのが苦手だった。遠足などのイベントで班分けをしなければならないときは、星野が自分のグループに入れてくれたからなんとかやり過ごせたけれど、いつも、疎外感だとか、「一人ぼっちのやりきれなさ」を感じていた。
きっと、本当は誰だって寂しいのだ、空しいのだ。他人と本当に分かり合えることも、他人を全て受け入れることも、自分を全て受け入れてもらうことも、できないのだから。……十代のころの私は、そんなことを考える余裕もなかった。
そして、クラスメイトたちが皆に平等にチョコレートを配る「バレンタイン」というイベントでは、なんだか奇妙な感じがしていた。普段は皆の輪に入れていない私を、クラスメイトたちが「クラスの一員」として認めているということなのだろう、多分。嫌われているわけじゃないんだ、とホッとしたり、くれる人はすごく優しいんだと思ったり、空しくなったりしていた。
「受け取ってもらえなかったらどうしよう」と考えてしまうせいで、自分から配るなんてできなくて、ホワイトデーにお返しをすることが精いっぱいだった。……星野に対して以外は。
「明日、バレンタインデーだね」
「何のお菓子作るの? 私、チーズケーキ」
女子高の昼休み、二年生の教室。机をくっつけ合って、お弁当を広げ談笑している他の生徒たちの話が、聞きたくなくても耳に入って来る。私は教室の隅で、一人で惣菜パンを食べながら考えていた。
お菓子作りなんて、調理実習のとき以外はしたことがない。女子高では男子がいないんだし、バレンタインデーなんてそんなに盛り上がらないのだと思っていた、去年の二月十四日までは。二十数人いる、同じクラスの生徒全員にお菓子を配る人が、こんなに多いとは思ってもみなかった。
もちろん、教師にわたす生徒も少なくない。本気で教師に恋をしている子もいれば、お返しを目当てにしていたり、わいろのつもりの子もいるみたいだ。
私は教師にも他の生徒にも恋をしていない。だから、別にわたしたいなんて思わない。でも、他のみんなが友チョコ(義理チョコ?)を持ってくるのなら、私も作らなければならないのかもしれない。彼女たちの目的が女子力アピールなのか、学校の伝統なのか、なんなのかはさっぱり不明だけれど。
色々考えたあげく結局作らないことにした私は、バレンタインデーの当日、教科書と筆記用具だけを持って登校した。
やっぱり、生徒たちは楽しそうにお菓子の包みを交換し合っていて、私の机の上にも、全員分ではないものの、いくつかのせられていた。ホワイトデーに、文房具でもお返しとしてわたそう。
席に着き、お菓子の包みを鞄に入れる。ふと顔を上げると、星野が他の子に包みを手渡していた。「あれ?」私の机の上には、星野のものはなかったけれど……。
「あっ、結城さん。おはよう」
私の席の横を通りがかった星野が、声をかけてくる。
「おっ、おはよう」
ドキドキしながら挨拶を返す。星野はそのまま、自分の席に戻ってしまった。
……星野から、お菓子をもらえなかった。
なんとも身勝手で不条理な悲しみを感じながら、私はチョコレートを口に運んだ。甘かった。
放課後、靴箱に向かうと、星野も丁度帰るところだった。
「一緒に帰ろうよ、結城さん」
「う、うん」
並んで、駅に向かって歩き出す。私の頭は、パンク寸前だった。星野に、「他のクラスメイト全員にわたしているのに、どうして自分にはくれないのか」なんて聞けない、もちろん。私を嫌いなのだろうか。それにしては、こうやって声を掛けてくれる。「去年お菓子を作って来なかった結城は、きっと今年も作って来ないだろう」と思ったのだろうか。実際に、私は作って来ていないわけで……。
「そろそろ良いかなー」
そう言って、不意に星野が立ち止まった。私も、ハッとして足を止める。
「はい、これ。あげる」
「えっ、なんでっ」
「結城さんには、他の皆とは違うお菓子を作ったの。だって、私たち、『魔法使いの仲間』でしょ?」
すごく嬉しかった。魔法使いだから泣けないけれど、胸が熱くなった。
「ありがとう」
「良いの、良いの。それで、結城さんは?」
ニコニコしながら、星野が両手を出してくる。
「あの、ごめんなさい。私、料理苦手で……」
「あっ、そう。だったら、ホワイトデーに三倍返しね」
「えーっ!?」
「冗談だよ」
私たちは人目もはばからず、駅前通りで大笑いした。楽しかった。星野には申し訳なかったし、後ろめたかったけれど、彼女がくれた包みを抱えていると、「幸せ」を感じた。幸せだった。こんなふうに笑い合える友達がいることが。
ホワイトデーの日、私はレシピを見ながらなんとかシフォンケーキを焼き上げ、星野に贈った。あんまり美味しくなかったらしいけれど、それはお互い様だ。
深夜の公園。人間は誰もおらず、街灯だけが息をしているような、午前二時半。私は公園の中央まで進み出て、ミサキさんが来るのを待った。約束の時刻の三十分前だ。
一応、交換をしようと持ち掛けた方が相手の家を訪ねるのが、礼儀らしい。ミサキさんは親と一緒に暮らしているから、彼女の家では「交換」ができない。だから、今日は、外ですることになってしまった。
「あっ、結城さん。ごめん、待たせちゃって」
ミサキさんは、待ち合わせ時刻から十分遅れて現れた。化粧を落とし、学校にいるときとは別人のような顔をしている。上下とも、ジャージを着ているのも意外で。正直、びっくりした。まじまじ見ていると、彼女は嫌そうな顔をした。慌てて、私は驚いた顔を取り繕う。そして、口上を述べ始めた。
「こんばんは。夜に住む私たちが、いつか光を生み出せるようになるために……」
「その前置き、いらないよね」
山根先輩に続き、ミサキさんも私の言葉を遮った。仕方なく、うなずく。
「私の魔法は、『夢に見たことを本当にする』というものだよ」
手袋を外しながら、私はいつもの建前を言った。本当はどんな魔法か分からない、なんて言ったら、きっと交換してもらえない。
「……すごいね、それ。扱いにくそう……」
「そうなんだよね。良い夢なんて、なかなか見ないし。ミサキさんは?」
「私はね、『自分で作った料理を食べさせた相手に、想いを伝えられる』って魔法」
「……? それって、具体的にどういうことなの?」
「私が好きな人は、私の料理を食べて幸せな気持ちになれるし、私の嫌いな人は、苦しむ、ってこと」
「なるほど」
美羽ちゃんの言葉の意味が分かった。ミサキさんは私をよく知らなくて、なんとも思っていないから、彼女が魔法を掛けながら作ったお菓子を食べても、私には魔法は働かない。
「私はね、みんなに幸せを届けたいの。だけど、食べた人の中には絶対に『まずかった』って言う人がいるんだよね。きっと、心の奥底では、その人が嫌いだったり、嫉妬してたりするんだと思う。私って、心が汚いんだよね」
「誰だって、そうだよ」
「そうかなあ」
私たちは両手を合わせた。ミサキさんが、ぼそぼそと呪文を唱える。白い光が、遊具や植木を一瞬明るく照らし、消えた。
私とミサキさんは、ぜえぜえと荒い息をしながら、ベンチに腰掛けた。久しぶりだからか、けっこうしんどかった。
「交換の後はお腹が空くと思って、お菓子を持って来たの」
ミサキさんが、ポーチから小さな袋を出す。
「どうぞ、食べて」
「ありがとう」
袋ごとチョコブラウニーを受け取って、口に運ぶ。その瞬間、激しい痛みが舌を貫いた。吐き出しそうになるのを、必死で抑える。けれど、ミサキさんには分かってしまったようだ。
「ごめん、まずかった? 本当にごめんね、ごめんね!」
「ううん、美味しいよ」
明るい声を出しながら、私は、すぐにその場から逃げ出したかった。
「なんで嫌われちゃったのかな」
自室の床に寝転がって、呟く。テレビのチャンネルは珍しくワイドショーに合わせられていて、美羽ちゃんは神妙な顔で、女優の不倫問題についての下馬評を聞いていた。
「私、何か気に障ることをしたのかな」
美羽ちゃんはちらりとこちらに振り向き、
「ユウキは何もしてないでしょ」
と言った。
「何もされなくても、嫌いになってしまうこと、ユウキにもあるでしょ?」
ピンと来ない。あるような気もするけれど、あまり覚えていない。
「ユウキは、他人に興味がなさすぎるのよ。それにしても、その女、自分がユウキのことを嫌っているって自覚はあるのかしらね……」
「うーん、ないかもね」
大学の、午前中の講義が終わって、私は席で大きく伸びをした。売店に、おにぎりを買いに行こう。机の上の物をリュックサックに詰め込み、立ち上がる。
「ねえ、結城さん。今日、一緒に昼ご飯、食べない?」
後ろから声をかけてきたのは、三崎さんだった。私は、曖昧に笑った。
ラウンジで、丸テーブルに向かい合って座る。三崎さんは、手作りのお弁当を持って来ていた。カニカマとチーズの入った卵焼き、たこさんウインナー、キュウリの叩き漬け……。美味しそうに見える、外見は。
「結城さん。おかず、どれでも取って良いよ」
私があんまりじろじろ彼女の弁当をみているせいか、三崎さんが言ってくれる。
「えっ」
思わず、口を押さえる。あの夜の痛みを、思い出してしまった。
「もしかして、結城さんもまずいの?」
三崎さんの顔から表情が消え、血の気が引いた。真っ白な顔で、私を正面から見る。
「美味しいよ」
私には、そうとしか答えられなかった。三崎さんはうつむき、弁当の卵焼きを、ゆっくりと口に運ぶ。
一口噛み、そして、苦しそうに両手で首を押さえた。歯の間からうめき声をもらしながら、倒れる。がしゃん、と椅子が床に当たった。
私は、しばらく目の前で何が起こったのか分からなかった。数秒経って、慌てて彼女に駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
何事もなかったように彼女は立ち上がり、椅子を立て直した。頬が紅潮していた。
「保健室、行ったほうが良いよ」
「大丈夫。この卵焼きが、すごく不味かっただけだから」
三崎さんは、私に向かってにっこりと笑った。
「なんでだろうね。最初は『美味しい』って食べてくれる人も、だんだんと『まずい』って言うようになってゆくんだ、昔から。私もたまに、自分の料理を食べられなくなるときがあるの。料理をやめちゃおうかな、って思うんだけど、どうしてもやめられなかったんだよね」
魔法使いである彼女は、泣けない。その告白をする声も朗々として、まるで楽しいことを言っているようだった。にこにこしている彼女を、私はあっけにとられて見つめていた。
「でも、多分、もうやめると思う」
彼女は顔に笑いを張り付けたまま、うつむいた。
私は何と言って良いか分からなくて、けれど体は勝手に動いていた。自分の割り箸を、彼女の弁当箱に伸ばす。卵焼きを口に入れると、舌がピリピリとした。食べられない程じゃない。かみ砕いて呑み込んで、今度はキュウリを摘んで……
食べている間に、少しずつ刺激は無くなっていった。ただ、当たり前に美味しくて、優しい味のするごはんだった。
全部食べ終わったときにはお腹がいっぱいで、私はホッとして呟いた。
「幸せ……。三崎さんって、料理が上手なんだね」
彼女は、何も言わなかった。
「ごはんを作って食べるって、誰かに何かを贈るって、本当に幸せなことなんだと、私は思うよ」
夜、ホシノに電話を掛けて、私はそんなことを言った。
「急にどうしたの?」
「高校生のころホシノがバレンタインデーにくれたお菓子、味はいまいちだったけれど、すっごく幸せだったなあ、と思って」
「ユウキが作ったのも、いまいちだったよねー。私は独り暮らしを始めてからずっと自炊してるから、ちょっとは上達したよ。ユウキは、どうせカップ麺ばっかり食べてるんじゃないの?」
「そうだよ。手軽だし、美味しいし」
「舌が貧困だ」
私たちは笑い合って、それから話題をアニメの話に移してで盛り上がった。
ホシノがくれたお菓子の包み紙は、今も机の引き出しの中で眠っている。
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