第115話 Believe(15)

病室に入って行くのかと思えば



拓馬は俯いてしばらく考えた後、手にしていた小さな紙袋をドアノブに引っかけた。



そして



そのまま足早に去ってしまった。



千崎はそんな彼の後姿をジッと見送ったあと、病室の前までやって来た。




「・・おはようございます、」



そっと病室に入ると詩織は起きて長い髪をひとつに束ねていた。



千崎は拓馬が置いていったその紙袋を彼女に差し出す。




「・・そこに。 ひっかけてありました。」



拓馬のことは口にしなかった。



「え? どなたが・・」



詩織はその紙袋の中の小さな白い箱を取り出した。



そして



その箱を開けると



「え・・」



カーネーションやトルコキキョウやブルーレースやなでしこが



直径10cmほどのドーム型に整えられたアレンジメントだった。



そのかわいらしさに胸の中枢をぎゅっと掴まれた。



そして



これをくれた人物が



もう直感でわかってしまって。



詩織はそれをジッと見つめたまま、大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙をこぼした。



「・・詩織さん、」



千崎はそんな詩織に掛ける言葉がみつからない。



きっと彼女はこの花が誰からのものか



わかっている


そんなにも



あの男のことを



大事そうにその箱を手にして



詩織はいつまでも涙が止まらなかった。




「この前建築会社の人間から拓馬の腕、褒められたよ。 細かい所もキチっとやるって。 今、電気工事士の資格も取ろうと頑張ってんだろ? そうするとまた仕事が広がるし、」



拓馬の父は仕事仲間からそう声をかけられた。



「さすが。 オヤジの息子だなあ。 これから徹っちゃんも楽になるって、」



久しぶりに拓馬と仕事場に一緒に行くようになり



彼が本当に真面目に取り組み、丁寧に仕事をしていることを目の当たりにしていた。



自分の代理で仕事を負うようになり



拓馬は見た目にわかるほど変わっていた。



詩織と別れて



仕事に打ち込む拓馬の姿を父は黙って見続けた。

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