第107話 Believe(7)

「・・て。 もうめっちゃできあがってるやん、」



志藤が会社帰りに『こまち』に寄ると、すでに拓馬はカウンターに突っ伏していた。



「ほんと。 女々しいんだから。」



楓は呆れてため息をついた。



拓馬はムクっと起き上がり志藤をジーッと見た。



「・・なんだよ。 幸太郎か、」



据わった目でボーっとして言った。



「飲みすぎちゃうか? 明日仕事ちゃうの?」



彼の隣に座った。



「・・明日は半休。 午後からだからー。」



ビールを自分のグラスについで、志藤のグラスにもついでやった。



「あー・・もう何もかも捨てて・・どっか行きたい、」



拓馬は突然そんなことを口にした。



「はあ?」



「も・・なんっも考えたくねえ、」



そしてまた突っ伏した。




「・・さっきっからおんなじことばっかり言ってんだよ。 そうとう彼女と別れたの堪えてるみたいよ、」



楓はこそっと志藤に言った。



嫌いになって別れたわけでもなく



どう見てもまだまだ未練ありまくりがダダモレなのが傍から見てもわかる。



志藤は彼が気の毒でどうしようもないのだが



それもまたどうすることもできず。



「おれ・・結局おやじに勝てねえし。今はもう・・オヤジの思いに応えることしかおれにはできねえ、」



泣いているような声だった。



「ほんまに。 白川家は・・いい家族やなあ。」



志藤はつくづくそう言った。



「ゆうこ見ててもほんまに思うもん。 みんながみんなのこと大好きやねんな。 おれなんか一人っ子やし、15で実家は出てしまうし。 正直、家族って言っても・・まあ、親と子やなってくらいで。 でも、白川家の人達はめちゃくちゃ愛に溢れてる。 結婚して自分の家族を持っても、同じやな。 めっちゃ強い絆で結ばれてる。 羨ましいくらい、」




拓馬はゆっくりと顔を上げた。



生活に余裕があったわけではない。



両親が必死に働いて自分たちを育ててくれた。



だけど



不幸だなんて一度も思ったことはなく、むしろ



本当に幸せだったのに。



未熟だった自分は



両親に心配だけをかけた。




今までの自分が情けなくて



情けなくて



そう思ったら、泣けてきた。



「親は・・いつか子供より先に死ぬもんな。 おれ、そんな簡単なこともわかんなかった、」



手で涙を拭った。



「ずっとずっと・・このままでいれると思ってた、」



「ほんまはなー。 恋人と家族、どっちが大事なんてことあったらアカンと思うねん。 そんなもん、どっちも大事に決まってるし。 拓馬の場合はどっちも家を離れられないって理由やったし。 でも、なんかいい方法があってもええかなあって、」



「おれだって。 たくさん考えた。 一番ダメなのは・・おれが、白川家から離れられなかったことだと思う・・」



拓馬は鼻をすすった。



楓も



志藤も



やりきれない気持ちで彼を見た。


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