第105話 Believe(5)

「おい。」



父はゆっくりと洗濯ものを棚に閉まっている母に低い声で呼びかけた。



「え?」



「・・いつ退院できんだ、」



どきんとした。



「今してる治療の経過が良かったら・・一度退院できるって聞いてるけど、」



医師から言われた通りの答えをした。



「だから。 いつぐれえなんだ、」



「あと・・1週間くらいで一度終わるみたいよ、」



「そうか。」




それだけ聞いて納得したのかまた背を向けた。



拓馬のことは聞いているだろうに



一切それを聞いてこない。



それもまた不気味な感じがしたのだが、こちらから振るのもヤブヘビになりそうなので母は黙っていた。





「え・・会社を辞める?」



喜和子は突然詩織からその話を切り出された。



「・・社長さんにお話をして。 今月いっぱいで辞めさせて頂こうと思っています。」




拓馬に別れを切り出されてから



ずっと落ち込んだ様子だった彼女だが



この日は少し違った。




しゃんと背筋を伸ばしてやつれてはいたけれど、ハッキリとした声だった。



そこにいた千崎もハッとして彼女を見る。



「これからは。 『千睦流』のお仕事だけに専念したいと思います。 いっそうの厳しいご指導をお願いいたします。」




深く深く頭を下げた。






「ホッとしました、」



千崎からそんな風に声を掛けられて、詩織は無神経な彼の物言いにムッとした。



拓馬との話が破談になったことはおそらく母から聞いているだろう。



何にホッとしたと言うのか。



「これからは・・華道の道に邁進します。 よろしくお願いします。」



表情を変えずに彼と目を合わそうともせずに小さな声でそう言った。






自分ができることはこれしかない。



別れても



もう彼しかいないという気持ちが壊れたわけではなく



思う気持ちは変わらない。



もし



彼と自分の運命が同じなら



どこかで繋がっているかもしれない。



それまでは自分がするべきことを頑張ろう



詩織は夏の日差しが燦々と降り注ぐ空を見上げた。



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