第104話 Believe(4)
「え・・別れたって・・」
ゆうこは母に紅茶を淹れてきたが、その話をいきなり切り出されて思わず声を張ってしまった。
「なんだかね。 急に。」
母も深いため息をついた。
「たぶん・・お父ちゃんのことで拓馬、参っちゃってんだと思う。 絶対に今の仕事を辞めたくないし、白川の家も出ないって言って。 そのためには詩織さんと別れないとならないからって。理屈はそうなのかもしれないけど、だけど、本当にいいのかって。」
ゆうこも母と同じ思いだった。
あんなに
あんなに
彼女のことを思っていたのに。
どれだけつらい選択をしたのか、と思うだけで胸が痛い。
「どうにも・・ならないのかなあ・・」
ゆうこのつぶやきに母は答えられない。
誰もがみんなが幸せになれる方法がわからない。
詩織はショックで仕事もお花も手につかなかった。
「しーちゃんは、だいじょうぶなの?」
閉じこもる詩織に祖母は心配した。
「なんとなく拓馬くんがそう言い出すんじゃないかと思っていたけれど・・。」
母も困ったように言った。
シルバーのハートのペンダントヘッド。
一番最初にくれた桜の栞。
ハンカチを返してもらった時の薄様の和紙の袋もとってあった。
安曇野で作った器が自宅に届けられて
もう全てに彼との思い出がつまっていて、見るだけで涙が出てくる。
「・・詩織、」
母がそっと部屋にやって来た。
背を向けていても泣いていることがわかってしまう。
「・・拓馬くんは本当につらい決心をしたのよ。 自分の仕事を頑張ろうと思ってる。 あなたたちが愛し合っておつきあいしたことはあなたにとって素晴らしい経験だったと思うの。 このことでも私は彼は本当に実のある素晴らしい人だと改めて思ったわ、」
母からこう言われた詩織はさらにつっぷして泣いてしまった。
「あなたもしっかりしなくちゃ。 拓馬くんはお父さまの命をしっかりと受け継ぐ決心をしたのよ。 あなたを選ばなかったわけじゃない。 人間、最後は自分の力よ。 誰と出会っても愛し合っても。 自分を見失っちゃダメ。」
母はしゃがんで娘の背中に優しく手をかけた。
私は
いつの間にか拓馬さんしか見えなくなっていて
突然、目の前から去られてしまって
自分までいなくなってしまったようだった。
詩織はハンカチで涙を拭って顔を上げた。
「あなたは『千睦流』をいつの日か取りまとめる家元になるのよ。 拓馬くんと同じように自分の仕事に誇りを持って命をかけて、人間一生のうち一度は夢中になる時があってもいい、」
なんて弱い人間なんだろう
いつもいつも人に頼ってばかりで。
自分で歩くことさえ
してこなかったなんて。
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