第103話 Believe(3)
拓馬さんが大好きです
その詩織の言葉に
拓馬は何も答えることができなかった。
電話が切れて
無機質な電話の電子音だけが聞こえても
耳から離すことができなかった。
詩織は小さく声を出して
泣きじゃくった。
だって
他に答えが出ない。
こうすればいいって
答えがない。
父は抗がん剤治療の1クール目を終えて、あのどうにもならないほどの具合の悪さからは一時解放された。
それでも入院という慣れない環境で、いつもの元気はなくなってしまっていた。
「少しは食べれるようになったみたいだな、」
拓馬は食事のあとの父を訪ねて少し笑った。
「病院はメシまで薬くせえ。」
悪態をつく父に少しだけらしさが戻って来て嬉しかった。
「顔色も良くなってきたな、」
横のイスに腰掛けた。
「酒が飲めねえから夜も寝付けやしねえ、」
「さすがに病院じゃなあ、」
拓馬は笑ったあと
「・・おれ。 詩織さんと別れることにした、」
真面目になって父に言った。
父は黙って拓馬を見た。
「オヤジの言ってること・・もう一度よく考えた。 考えれば考えるほどやっぱりおれにはムリなんじゃないかって。 この仕事もずっと続けていきたいし、」
ひとりでベラベラとしゃべってしまった。
「いいかげんな気持ちじゃつきあえないから。 お互いのためだ、」
なんだかそわそわして指をせわしなく動かした。
父が何も言わないので逆に怖い。
「おれは。 これからは身の丈に合った生き方をする。 もっともっとオヤジについて仕事して。 ひとりで仕事仕切れるようになって。 おれはこれで生きてくよ、」
それはウソ偽りない気持ちだった。
もう
父が現場に出ることはないかもしれない。
でもその気持ちは変らないと思った。
父は小さくため息をついて、寝返りを打ち拓馬に背を向けた。
何も言わなかった。
それからは
何も会話を交わさずに、拓馬はただひたすら父の傍らに座り込むだけだった。
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