第100話 In a dream(20)

「でも。 詩織と一緒になってもらうには大変申し訳ないのですが、ウチに入っていただかなくてはなりません。 ご両親のお気持ちを思うと、」



喜和子は申し訳なさそうに少し視線を落とした。



「・・それは仕方のないことです。主人はいまだに反対をしていますが私は息子の人生なので思うようにさせてやりたいと思っています、」



拓馬の母はいつかきちんとこのことを詩織の母に話をしたかったので



彼女の突然の訪問を少しありがたく思った。



拓馬はそんな母の言葉を聞いて



膝の上に置いた拳をぎゅっと握り締めた。



「・・ません・・・」



うつむいた彼の言葉の最後しか聞こえずに



「え、」



喜和子は彼の顔を伺った。



すると拓馬はガバっと顔を上げた。



「おれ・・友永の家には・・入れません、」



「え・・」



二人は突然の告白に驚いた。



「すみません・・今のおれは・・もう、」



拓馬は大きくうな垂れた。



「この仕事も辞められないです! いえ・・辞めたくない。 オヤジがおれに遺してくれようとした・・この仕事を。 そして、白川の名前も! おれには・・捨てられない、」



搾り出すような声で



そう言った。



「・・拓馬、」



母は突然そんなことを言い出した息子に驚いた。



「詩織さんのことを・・真剣に思えば思うほど。 もう・・どうしようもないほどやりきれなくて! いったいどうすればいいのかおれにもわかりません、」



ずっと抱えてきた『迷い』をようやく口にできた。



黙って聞いていた喜和子は



「あなたの迷いはよくわかります。 そんなに簡単ではないことです。 お父さまのお加減もよろしくない時ですから。 この話は急がずに。 今はお仕事とお父さまのことだけを考えて下さい、」



彼の気持ちを慮った。



「あんなこと言っちゃって。」



喜和子が白川家を後にした後、テーブルを拭きながら母はまだうなだれる拓馬に言った。



「・・ずっと考えてた。 オヤジがあんなに反対をした理由も今は身にしみてわかる。」



「お父ちゃんの気持ちはあたしだって痛いくらいにわかるけど。 これは親の問題であってあんたに責任を感じてもらうことじゃない。 なんて言っても一番はあんたと詩織さんの幸せだろ?」



ここのところ拓馬の様子から



何かを考え込んでいるのではないかと予感はあった。



しかし



いきなり詩織の母親にそんなことを言い出すとは思わず、母は焦っていた。



「もっと。 きちんと考えたい。」



そう言って卓袱台の上に乗った携帯を手にして立ちあがった。

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