第99話 In a dream(19)

拓馬は



仕事に追われながらも



ずっと



ずっと



迷い続けていたことがあった。



迷う、というのは



何かを選択する時に遣う言葉なので、



実際はそれは正しくない。



モヤモヤとして



何をどう解決していいかわからないものだった。




そんな時



詩織の母が突然白川家を訪れた。



「突然に申し訳ございません。 もし事前にご連絡をしたらお断りをされるのではと思いまして。」



いつものように着物姿ではなく



スーツ姿で



たまたま白川家にいた拓馬も一瞬誰だかわからなかった。



髪を下ろした彼女は着物で『家元』としてふるまっている時よりも格段に若々しく見えた。



「いいえ・・とんでもございません。 散らかしてしまっていて、」



拓馬の母は少し慌ててしまった。



「・・お構いなく。 こちらが不躾でしたので。 今日は・・こちらを、」



喜和子はスッと袱紗を取り出して広げた。



『お見舞い』と書かれた熨斗袋だった。




「ご主人様には突然のご病気で。 私どもも白川さんには大変にお世話になっておきながら・・」



拓馬の母に頭を下げる姿は



いつもの『千睦流』の家元のように美しい姿勢だった。




「そんな。 こんなことをしていただいては、」


「いいえ。 もっと早くに伺いたかったのですが。 詩織のこともご挨拶にお伺いせずに、」



「いえ、もう本当に。 こんなバカ息子がお宅のお嬢さまとなんていったいどうなっちゃってるのかって。 一度主人に内緒でウチに来て頂いたんですけれど。 全てに申し分のないお嬢さんで。 なんでこんな息子がいいのかって思うくらいで・・」



拓馬の母はだんだんと調子に乗ってベラベラとしゃべり始めた。



「もー、黙ってろよ、」



拓馬は恥ずかしくなって母を制した。



「あらあら、お茶もお出ししないで。 ちょっとお待ちくださいね、」



もうなんだかバタバタする母にため息をついた。



「詩織の言っていた通り。 本当に趣味のいいお宅で。 あの子が大好きな空気が漂ってる、」



喜和子は家を見回して微笑んだ。



「いえ・・もう古いばっかりで、」



拓馬はボソボソと恥ずかしそうに答えた。



「お仕事大変なんですってね。 あなたの方は大丈夫なの? 母も心配していました、」



「おれは・・体力だけはありますから。」



「詩織も気にしているけれど、」



詩織のことを言われると



胸が苦しい。



「あなたたちが将来の約束をしていることも。 娘から聞きました。 私も母も反対はしていません。 一番好きな人と一緒になることが一番の幸せなのですから。」



そんな言葉をかけてもらって



拓馬はますます居心地が悪くなった。



ずっと抱えてきた『迷い』が膨らんでくる。



「・・本当にいいんでしょうか。 こんな息子で。」



お茶を運んできた拓馬の母が言った。



「拓馬さんは素晴らしい方です。 詩織のことも私たちのことをいつも思いやってくださって。 拓馬さんとおつきあいをするようになって詩織は変りました。 今までは自分の気持ちを表現することがどちらかというと苦手で、なかなか自信も持てずにいましたが、今は花を見てもとても堂々としている。 詩織はいつも拓馬さんの感性が素晴らしいと話をしています。 きっとあなたに感化されていったんでしょう。 詩織にはそういう人が必要です、」



喜和子は静かに二人に向き合った。

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