第98話 In a dream(18)

拓馬は黙々と仕事をこなした。



自分が請け負った仕事のほかに、父がやるべきだった仕事場にも掛け持ちででかけて



土日も休みがなかった。




「あんまり無理をすると。 あんたも参っちゃうよ、」



夕飯にやってきた拓馬に母は心配した。



「いいんだ。 このくらい。 オヤジが若いころはもっとガンガンやってたみたいだし。」



朝早くから夜になるまでとにかく仕事だけの毎日だった。



詩織が電話をしても繋がらないことが多かった。



彼から連絡が来ることも



なくなった。





ある日。



拓馬がバイクで自宅に戻ると



詩織がアパートの前で待っていた。



「しーちゃん・・」



思いがけないことに驚いて、駆け寄った。



彼女は笑顔で



「ごめんなさい・・。 電話もなかなかつながらなかったから、」



どのくらい待っていたのか、と気を使わせないように明るく言った。



「ごめん、」



携帯の履歴を見て彼女からの電話があったことはもちろんわかっていた。



しかし



疲れきって家に帰ってきて、電話をする気持ちになれなかった。



「忙しいんですね、」



詩織は拓馬の今の状況を悟った。



「・・オヤジの仕事もやることになったから。 おれのこと知らない人でも『白川のオヤジさんの息子なら』って・・仕事任せてくれて。」



しみじみと言う彼に



「・・お父さまがそれだけ素晴らしいお仕事をされていたということですね、」



詩織は静かに微笑んだ。




「今・・あの家を支えてやんなくちゃいけないのはおれなんだ。 おれがやらないと、」




拓馬の思いが痛いほど伝わる。



「ごめんなさい。 私の方こそ。 拓馬さんに会いたくて自分勝手なことをして。」



詩織は自分の行動を恥じた。



「しーちゃんは悪くない。 おれが・・迷うばかりで、」




拓馬が思わず口にした言葉に



詩織は敏感に反応した。



そして



「・・帰ります。 すみませんでした、」



詩織はゆっくりと頭を下げた。



「いや、とりあえず・・あがって、」



拓馬は彼女を引きとめた。



「いえ。 拓馬さんも明日もお仕事が早いでしょうから。 帰ります。 ・・会えてよかったです、」



詩織は寂しそうに微笑んだ。



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