第13話 Dear(13)

「あのう、」



帰り仕度をしていると、後ろから声を掛けられた。



少し恥ずかしそうに詩織が立っていた。



「・・これを、」



白い封筒を差し出した。



「私の大学の陶芸の先生の作品展があります。 私も手伝いに行くのでよろしかったら、いかがでしょうか。」




招待券が2枚入っていた。



「あ・・あ、ありがとうございます・・」



何だか信じられなくてものすごく丁寧に受け取ってしまった。



「陶芸がお好きだとおっしゃったので。 2枚ありますからどなたかといらしてください、」



彼女の声を聞くと



背骨のどこかが外れてしまったかのように身体の力が抜ける。




おれ



ヤバい



拓馬はだんだんと『その気持ち』に気付き始めていた。




「おばあちゃま。 クリーニングが上がってきましたよ、」



詩織は祖母の部屋に入っていった。



「ああ、ありがとう。 そこに掛けておいて、」



なにやらイスに腰掛けて繕い物をしているようだった。



「何をしているの?」



覗き込むと、それはお世辞にもキレイとは言えないジャケットだった。



「これは?」



「拓馬くんの。 さっき帰り際に見たらここがほつれていたから、」



「・・拓馬って・・・」



「あの仕事屋さんの、一番若い・・・」



すぐに彼のことだとわかった。



「ああ。 あの人の、」



よく考えたら彼の名前を知らなかった。



「ほんと、口は悪いけど心根の優しい子でねえ。 いつもお休み時間には話し相手になってもらったり、いろいろ直してもらったり。」



「・・そう、」



詩織は少しだけ彼のそんな様子を想像した。




足が悪くなってあまり出歩くことがなくなった祖母が



すごく嬉しそうに笑う。



それだけで何だか心が和んだ。





チケットは2枚あった。



でも。



絶対に誰も誘うもんかと思っていた。



彼女に近づきたい。



その頃から強く思うようになった。




彼女の立場だとか



そんなことも考えずに。




「こんにちわ、」



そう声を掛けられた詩織は資料を揃える手を止めて顔を上げた。



拓馬がニッコリ笑ってそこにいた。



「あ・・こんにちわ。 いらしていただけたんですか、」



「あいにく。 一人だけど。」



というか。



最初から誰も誘ってないし。




「もう作品はご覧になりました? 西崎先生の作品は海外でも評判になっているほどで、」



白いテーブルに置かれた花器たちは



やはり詩織が作ったものと風合いが似ていた。




「派手さはないけど、心に残るね、」



拓馬は正直な感想を口にした。



「そう。 そうなんです、」



詩織は嬉しそうに少し首を傾げるように頷いた。




その作品のあたたかさは


まるで



彼女みたいだ





拓馬は思った。

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