第12話 Dear(12)

拓馬は玄関に飾ってあった花を見た。



華道の家元の家だけあって、庭にも家の中にも花がたくさんあった。



「この花器も・・作ったの?」



拓馬はその花ではなく花器に目がいった。



「え、」



詩織はまた意外なことを言われて少し驚いた。



「・・おばあちゃんが。」



ニヤっと笑うと、詩織も笑ってしまった。



「本当に。 おしゃべりなんだから・・」



初めて普通の女の子のような素顔が見れた。




「妹が趣味で陶芸もやってて。 おれも少しやってたことあったから、」



拓馬は腰をかがめてその花器をジッと見た。



「そうなんですか、」



なんだか意外、という気持ちが言葉に出ていた。



「いい色だな~~~。 味わいがあって。」



「ありがとうございます。 花だけでなく花器とのバランスを考えるのが楽しいですから、」




彼女と交わす他愛もない話が



だんだんと楽しい時間になって。




それでもその頃は



実際彼女と話すよりも、彼女のおばあちゃんと話すことの方が多くて。



詩織の母は昼間大勢やってくるお弟子さんたちと忙しそうだったのだが、少し足の悪いおばあちゃんはいつも日中縁側にイスを出してきて拓馬たちの仕事を見守った。



「ハイ。 できたよ。 ちゃんと閉まるようになったでしょ?」



「ほんとう。 私の力じゃ閉められなくて。 助かったわ、」




閉めるときにいつも引っかかるという桐の箪笥の引き出しも昼休み中に直してあげた。



物静かであったかいその笑顔は



何だか彼女に似ていた。




「お兄さんの、お名前は。」



仕事にここに来始めてから3日目にそう聞かれた。



「白川拓馬です。 『拓く』って字に『馬』。」



「そう。 いい名前ねえ。 あの棟梁がお父さまなの?」



桜の木の下でのんびりと弁当を食べていた父を見た。



「そうそう。 ほんっともう頑固オヤジでさ。 いっつも怒られてる、」



「昨日も怒られている声が聞こえたわねえ、」



「あんなのいい方だよ。 気に入らないとケリが出るし、」



「でも。 息子さんと仕事ができるって嬉しいでしょうねえ。 自分が誇りを持ってやってきたことをやってくれているんですもの、」



そんな風に言われて少し照れた。



「おばあちゃんは。 お花はやらないの?」



「もちろん、師範の免状は持っていますけど。 主人が亡くなった時に、私に家元をと周りから勧められたんだけれど。 将来のことを思えば、若かったけれど娘が継いだ方がいいと思ったの。 私はあまり心臓がよくなかったから。」


「そう・・」



「今じゃ立派なお家元。 これでよかったと思うわ、」



「・・じゃあ。 その後は・・お嬢さんが継ぐことになるわけか、」



拓馬はいろんな考えを巡らせた。



「そうですねえ。 一人娘ですから。 でも詩織も小さい頃から身体が弱くて。 喘息で何度も入院をしたりして。 心配なのだけれど、」



祖母はふっと青空を仰いだ。




ななみに自分も喘息を患っていたけれど大きくなればよくなる、と優しく話してくれたことを思い出した。




「詩織ももう年頃だから。 結婚を、と勧めてくださる方はいるんだけれど。 何しろ世間知らずですから、」



少し胸がちくんと痛んだ。




彼女は誰からも望まれる結婚をして



この家を立派に継ぐんだろう。




ゆるぎない運命を義務付けられた彼女と自分とは



あまりに違う、



といろんなことを想像した自分を少し恥じた。


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